42 帰したくない


 私は今、勉強そっちのけで夕飯の支度をしています。


 なぜかって?それはもう、言わなくてもいいじゃん。

 まあ言っちゃうけどー。


 そう、泉君がうちで晩御飯を食べることになったのだ。


 私の得意と呼べるものは唯一が料理くらい。

 でも、お弁当だとありきたりでその腕を存分に発揮できないし、こうして温かいご飯を食べてもらうことで彼の胃袋をつかみに行く&今までのドジっ子を挽回する作戦だ。


 我ながらいい作戦だと思うけど、こんなことを言ったら怒られるんだけど、お母さんがいるのがちょっとネック。


 さっきから「男は肉が好きだよー」とか「精力つけるならニンニクもあるよ」とか言って冷やかしてくるのがすっごくイライラ。


「お母さんは黙ってて。私が考えるの」

「あんたって卵料理しかできないじゃん。バリエーション増やさないと飽きられるよ」

「い、いいもんこれから覚えるんだもん!」


 そう、私が得意なのは卵を使った料理。

 卵焼き、目玉焼き、オムレツ、スクランブルエッグとかとか。

 

 それ以外ははっきり言ってやったこともない。

 でも、それでもこの私が奇跡的にうまく扱えるのが卵。


 だから今日は得意なオムライスで勝負します!



 あーびっくりした。

 このまま泊まっていけとか言われるのかと思ったよ。


 でも、氷南さんの食事ってお弁当でしか食べたことないしちょっと楽しみだな。


 ていうか料理得意ならカフェでも厨房担当にしてもらったほうがいいんじゃないか?


 なんて考えながら彼女の部屋で一人待たされていると、机の上に布がかけられた写真たてが。


 勝手に彼女のものを触るのはよくないとわかりつつも、不自然なそれが気になって、こっそりと布をめくってみた。


 すると、そこに写っていたのは遠慮がちに写る少し小太りな子が。

 俺はこの子を知っている。中学の時、河川敷で泣いてたあの子だ。


 どうしてその子の写真がここに?そう思ったのもつかの間、すぐに答えは出た。


 あの子が氷南さんだったのだ。

 よく見れば目元の感じや雰囲気は氷南さんだ。


 でも、髪型も全く違うし体型も今みたいに華奢じゃないし眼鏡だし、言われてみないと繋がっては来ない。


 そんな昔の彼女の写真をみて、俺は嬉しかった。

 あの時助けたあの子の事を、今思えばずっと気になっていた。

 でも、それが恋なのか好奇心なのかなんなのかさっぱりだったけど、こうして振り返ると確かに俺はあの子に淡い気持ちを抱いていた。


 だからその気持ちは、氷南さんを好きだという気持ちがある今なら少し後ろめたいものだとも思っていて伏せようとしていたのだろう。


 でも、そんな必要はなかった。

 あの頃から、俺はずっと氷南さんのことが好きだったのだ。

 そう思うとやっぱり嬉しかった。


「できたよ」


 そんな彼女が部屋の外から声をかけてくれた。

 慌てて出ると、いい匂いが漂ってくる。


「はい、オムライス」


 キッチンには綺麗にくるまれたオムライスが二つ。

 スタンダードな見た目だけどとてもうまそうだ。


「ありがとう。めちゃくちゃ上手だね」

「そ、そうかな。うん、食べてみて」

「いただきます……うまい!いやあこれ美味いよ」


 ずっとどこかに引っ掛かっていた胸のつっかえがとれたような晴れ晴れした気分で食べる氷南さんの料理はいつにも増しておいしかった。


 あの子は誰で、どこで何をしてるのかと気にしないようにしながらも時々思い出すことが、氷南さんと付き合っていて果たしていいことなのかなんて考えていたけど、全部彼女の事だったのだ。


 だから俺は、昔の自分も褒めてやりたいし今もこうして彼女と一緒にいられることがすごく嬉しくて、なんか気が抜けてしまった。


「氷南さん、ずっと氷南さんの手料理食べたいな」


 さらっと変なことを口にしてしまって、彼女も飲んでいたウーロン茶を喉に詰まらせる。


「げほっ……え、ええと泉君?」

「ご、ごめんへんなことを。でも、それくらいおいしくて」

「そ、そうかな。喜んでくれてよかった」

「うん、ご馳走様。洗い物はさせてよ」

「え、いいよそんなの」


 今日は気分がいい。

 だから浮足立つ感じでキッチンの洗い場で自分の食器を洗いながら俺は顔が緩んでいたと思う。


 ふんふんと、気分よく洗い物を終えた後でそろそろ帰ろうと氷南さんを見ると少し浮かない顔をしている。


 どうしたんだろう。



 泉君が洗い物をしてくれている時にふと、リビングのテーブルに置手紙があるのを見つけた。


 そういえばお母さんがいないなあと思っていたけど、まさかこんな気を利かせる人だとは。


『ちょっと出かけてくるからしばらく二人でゆっくりしてなさい』


 今日はお父さんも出張で帰ってこない。

 お母さんは多分お友達とファミレスにでも出かけたのだろう。


 となると、私は今、泉君とこの空間に二人きりということになる。


 むむむ、これは……これは!?


「氷南さんどうしたの?そろそろ帰ろうかと」

「え、あ、あのね」


 ダメダメ、変なこと考えたらダメなの。

 私と泉君は清い交際を続けて、一緒の大学に行って地元で就職しておうち買って一緒に住むのはそれからで……って勝手な青写真を描いているのにそんな破廉恥なこと、できにゃいー!


 で、でも……


「ええと、そろそろ遅いし今日はこの辺で」

「……いこ?」

「へ?」

「……部屋、行こ?」


 


 

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