プロローグ 氷南円の場合
♥
氷南円、七月七日で十六歳になる私は今、青春真っ只中である。
いつも同じ電車の車両にいる彼に。
今日も一緒に帰っている彼に、私はひそかに恋をしている。
でも、私は死ぬほど人が苦手なので二人きりだと黙り込んでしまう。
そんな彼との再会は、高校に入学した時。
ちょっとその頃のことを思い出す。
同じ電車に彼がいるのを見つけたのは入学式当日。
心臓が止まるかと思った。実際に止まった気がした。
それは言い過ぎでも時間は止まったような感覚だった。
同時に私の足もピタッと止まった。
彼に近づきたくても体が動かない。
だから遠くで彼を見つめていた。
時々彼と目が合うんだけど、見られたらさりげなく目を逸らす。
でも気になる人って見ちゃうよね、よね?
じゃあ向こうも私のことを……って絶対違うなぁ。
だってほとんど話したことないし。
私がジロジロ見すぎて不審がられてるまであるよね……
そんなことを毎日考えながら、ずっと彼を見るだけで毎日が過ぎていった。
とまぁ私はとにかく人が苦手。
人を避けたくて、口に出る言葉はバカとか知らないとかそんなものばかり。
みんなはなぜか私のことをツンデレラ姫とか呼んでるみたいだけどシンデレラ要素も姫成分もゼロだよ私……
自分で言うのもなんだけど、ポンカス女子なんだなぁ。
人見知りがひどくって相手を睨んじゃうし運動とか全然できないし得意なのって家で作るご飯くらいのものだし。
部屋汚いしお菓子大好きだしだらしないし、みんなが思ってるような女子じゃないのに。
でもイメージだけが独り歩きしちゃってて余計にクラスのみんなと話しづらくなっちゃったし。
カーデガンだって、シャツが透けるの嫌だから着てるだけでオシャレのつもりとか一切ないのに勝手にトレードマーク扱いされちゃったから暑くても脱ぎづらくなっちゃった……
でも、そんな私を察してか、泉君は教室で声をかけてもくれた。
初めて彼がお昼誘ってくれた時、すっごく嬉しかったのに一人にしてほしいなんて言って突き放してしまった。
私って二重人格なのかな!?……違う、完全にあれは私の言葉だ。
恥ずかしくて燃えそうになったから突き放しただけ。
本当は死ぬほど一緒にお弁当食べたかったのに!
せっかくの、またとない機会を不意にしてしまった私は、彼と話すきっかけを求めて毎日同じ電車に乗っているけれど、もちろん何もないまま時間だけが過ぎた。
これじゃあ完全にストーカーだよ……
泉君、私の事変だと思ってないかなって、不安ばかりが大きくなっていく。
でもこんな私にも彼と話すきっかけをついに神様が与えてくれました。
て言っても痴漢されただけなんだけど……
すっごく怖かったんだけど!まじで気持ち悪かったんだけど!!
でも泉君が助けてくれて超嬉しかったんだけど!!!
……泉君、やっぱりかっこいいなぁ。
ちょっと弱気な感じだけど爽やかで。私はずっとつんけんした態度なのに変わらず優しくしてくれて。
そんな彼への気持ちが爆発しそうな私は翌日、思い切って彼に声をかけてみた。
挨拶だけだったけど、笑顔で返してくれて嬉しかった。
多分私は死ぬほど不愛想だったと思うけど……
そして帰りの電車。
痴漢に遭った恐怖に比べればと思って(そもそも痴漢と比べるのも失礼なんだけど)、彼の横に座ってみた。
そして会話した。
初めて。彼とまともに喋ったのが嬉しすぎて無茶苦茶なことを言ってたと思う。
行きも帰りも毎日隣に座らせろとか、私やばいやつじゃん!
それにそういうのじゃないって、なに?マジで自意識過剰過ぎ私!
でも、泉君はいいよと言ってくれた。
うん、やっぱり優しい、かっこいい、好き……。
こうしてせっかく一緒に登下校するところまでこぎつけたわけだけど、ここからの進展が全くする気がしない。
一緒にこうして電車に乗れるだけで幸せで、彼の話し声を聞いているだけで心がふわふわしちゃって。
だから余計に何も言えなくて……
「氷南さん、着いたよ」
「……」
一緒に帰っているこの二十分程度の時間が人生で一番幸せな時間。
だけどそんな時間は今日もあっという間だった。
私は彼に言われてそっと立ち上がる。
どうして私と彼の利用駅って隣なの?そもそもこの駅いるかな、いらないと思うんですけど!(嘘ですいります)
でも彼の顔を降りる前にもう一目拝みたかったんだけど、私の顔がシュッシュと煙を吹きそうだったので顔を逸らしたまま車両を降りていった。
はぁ。今日、彼がホームにいなかった時は泣きそうだったな。
でも、待っててよかった。泉君は約束破るような人じゃないもん、絶対。
だけど、あの感じだと覚えてないのかな。
私たち、昔会ったことあるんだよ……
あの時と同じように、困ってる私を助けてくれた彼は。こんな自分に優しくしてくれる彼は、私の初恋の人で、今も初恋は継続中。
そんな人に優しくされて緊張しないとか無理だよ……
目見ただけで死んじゃいそうなのに。
……でも、もっと話したいな。
あーあ、早く明日が来て欲しい。
明日も泉君と一緒に登校するのが楽しみすぎて、寝れない……
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