29 初日から


「ひゃっほー!」


 帰ってすぐ、自分のベッドに飛び込みながら大はしゃぎしているのは俺、泉秀一。


 そりゃそうだ。だって好きだった女の子と両想いで、付き合うなんてことになったのだから変なテンションになるのも無理はない。


 彼女を家まで送る時は緊張もあったし、氷南さんが気絶したりひっくり返ったりするもんだから正直体調の方が心配で仕方なかったけど、家に入る時に遠慮気味に手を振ってくれながら「明日からよろしく」と照れる彼女を見て俺の中の何かが弾けていた。


 可愛い。めっちゃ可愛い。本当に可愛い。

 多分氷南さんってツンデレラとか言われてるけど、全然そんなことはないんだと思う。

 

 人見知りで不器用で、結構だらしないところもあったりするけど、その天然さがまた可愛いのだ。


 そしてその可愛い女の子が……俺の彼女なんだ。

 まだ実感わかないなあ。だけど明日から手を繋いでデートしたりとか、もしかしたらその先まで……


 うおー!なんかヤバい。めっちゃヤバい。

 

 と、とにかく彼氏としての初仕事だ。

 明日から休みだし、どこかにデートでも誘ってみよう。



 はにゅー!もうヤバいヤバいヤバい!


 泉君に告白されちゃったよー!

 え、私ってもしかして人妻? キャー、もう死ぬ―!


「死ぬ―!」

「うるさいわよ円、何時だと思ってんの!」

「は、はひ……」


 思わず声が漏れてお母さんに怒られてしまった。

 でも、普段の私なら拗ねて寝るところだけど今日だけは違います。

 

 今の私はそう、スーパー円さまなのだ。

 なんでもできそう。うん、空も飛べる勢いとはこんな気分なんだ。


 よーし、勢いそのままに泉君を明日デートに誘っちゃうぞー!


 ええと、ライム打つの苦手なんだけど……ピッピッピッと。


『明日お会いできますか』

 

 ……なんかの商談でもするのかな?

 自分で入力しておいてなんだけど、どうして絵文字とか使えないんだろう。


 いや、もう一度チャレンジだ。今度こそ……


『会えるよね?』


 ……こっわー!ヤバいヤバい、私メンヘラになっちゃった!


 ええと、どうしよう。どうやって誘ったらいいんだろう?


 うーん……あっ、泉君からメッセージだ♪


『明日なんだけど、もしよかったらご飯でも行かない?』


 ひゃうーっ!行く行く行く!絶対行く!死んでも行く!


 よかった、泉君の方から誘ってくれて助かったあ。

 とりあえず返事する前にお母さんに明日お出かけするからっていっておかないと。


「お母さん、明日私出かけるからー」

「何言ってんの、明日は親戚がくるから家にいなさいって前から言ってたでしょ」

「え……嘘だよね?」

「そんな嘘つく意味がどこにあるのよ。私はあんたのその記憶力こそ嘘だろと言いたわね」


 ……え、マヂで?

 せっかく泉君と付き合って初デートの予定が……


「お母さん、親戚の人がくるのって来週にならないの!?」

「なるわけないでしょ。バカなこと言ってないでさっさと寝なさい」


 ろくに話も聞いてもらえず、お母さんは部屋に戻っていった。


 そして家の廊下で絶望する私は、携帯の画面を見つめながらしくしくと泣く。

 

『明日なんだけど、もしよかったらご飯でも行かない?』


 行きたい。行きたいのに行けない。

 でも、断ったりしたら泉君に「付き合ってすぐ誘い断るとかノリ悪すぎ」って思われちゃうかも……そ、それが原因で別れ話に!?


 だ、だめだめ、それだけは阻止しないと。

 うーん、どうやって返事したらいいかなあ。親戚の人って何時くらいに帰るのかなあ。


 ふあーっ、なんか眠たくなってきた……

 今日は泉君に告白されて心臓がバクバクだったから体力消耗が激しかったもんなあ。


 うーん。むにゃむにゃ。



 まさかの付き合って初日から既読スルーとは……


 やっぱり氷南さんはツンデレラ姫なのか?


 い、いや何かの間違いだとそう思いたい。

 あんなに喜んでいたじゃないか。


 うーん、でも付き合ってからの初デートは今日は無理そうだな。

 あーあ、早く氷南さんに会いたいなあ。

 


 やっちゃった。

 早速既読スルーして寝ちゃってた。


「円、早く着替えて降りてきなさい」


 泣きそうな私のメンタルなんて気にもせず、お母さんが私を催促する。

 

 でも、今日の私には考えがあります。

 親戚に挨拶を済ませたら、家を抜け出して泉君のところにいっちゃうもんね。


 私、脱走します!



「円、飲み物の準備できたら出前とって。あと、片付けも早くしなさい。カフェの店員やるんでしょあんた」

「ひーん、忙しいよう……」


 親戚と言っても小さな子供たちが来るわけでもなく、お母さんの兄弟たちがくるだけで、そのわりにおもてなしをしないといけないのだからはっきり言ってめんどくさいだけ。


 バタバタと対応をしていたら結局昼を過ぎてしまい、出前で取った寿司を食べているところで脱走計画のことを思い出した。


 ……もう落ち着いたし、抜けてもいいかな?


「円、ゴミ捨ててきてくれない?」


 チャンスが巡ってきた!

 ゴミを出すふりをして、そのまま抜け出そう!


「はーい、わかったー」


 私は大きなゴミ袋を抱えて意気揚々と外へ。

 そしてすぐにゴミ捨て場に行ってから、泉君のところへ向かう。


 待ってて泉君!



 ……迷子だ。

 自分の方向音痴差を舐めていた。

 ゴミ捨て場を経由したことでいつもと違う道に出てしまい、ここがどこなのかさっぱりわからない。


 ……どうしよう。そうだ、泉君に電話してみよう。


「……もしもし氷南さんどうしたの?」

「あっ、ええと……」


 泉君の声だあ!


 ……じゃなくて!


「あの、今、電信柱の前、いるんだけど、どこかわらなくて」

「電信柱?ええと、どこのかな……」

「え、どこの?う、うーん」


 よく考えたら電信柱なんてその辺に無数にあるわけで。

 他に目印になるものはないか探すけど、マンホールくらいのもの。


「あ、あの……」

「家の近くなんだよね。今行くからそこを動かないでね」

「あっ」


 電話が切れた。

 泉君がきてくれるそうだ。


 でも、どこにいるかもわからない私を探しに来てくれるのは嬉しいけど、どうやって探すんだろう。


 そんなことを思っていると、自転車で駆け付ける彼の姿が見えた。


「氷南さーん」

「い、泉君」

「よかった。また迷子になったのかと思った」

「え、それは、その……」

「でも、家の裏にいるなんてなにかあったの?」

「へ?」


 よく見たら、私の家の裏だった。

 普段まったくそっち側にいかないので、裏からみたら我が家まで他人のうちに見えてしまっていたのだから驚きである。


 ……恥ずかしいから迷子とか言えないなあ。


「でもよかった。今日は会えないかと思ってたから」

「う、うん。私、も」

「よかったらこの後、どこか行く?」

「う、うん行く!」


 やったー!泉君とデートだー!


 心の中でそうはしゃいだ私だったのだけど、鬼電がかかっていることに気づく。


「も、もしもし」

「あんたいつまでゴミ出しにいってんの!さっさと戻ってきなさい」

「はふっ!」


 お母さんに怒られた。

 そして泉君にすぐ謝って、私は家に戻ることになってしまった。


 ……デート行きたかったのに!

 


 

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