03 触れてみたいお年頃


 私は走った。


 放課後、彼の方から声をかけに来てくれたのが嬉しすぎて顔に出ちゃいそうで走って逃げてしまった。


 恥ずかしい。彼に見られるのがたまらなく恥ずかしくて照れてしまう。


 私はすぐに顔に出ちゃう。耳まで真っ赤になって照れているのがすぐにわかる。


 他の人へは人見知りだけど、泉君に関しては円センサーが勝手に作動して無理矢理避けようとしてしまう。


 おかしいよねこんな女子なんて……

 あうぅ……嫌われたかなぁ。


 そんなことを考えていたら彼が走って来てくれた。

 めちゃくちゃに嬉しい。こうやって追いかけて来てくれる彼はほんとに優しくて泣きそうになる。


 でも、やっぱり素直になれない……

 


「なんか歩き疲れたね」

「そう、だね」


 買い物を終えたあと、二人でいつものように電車に乗る。

 しかし今日は時間がズレたこともあり、帰宅ラッシュに当たってしまい席がない。


「氷南さん。壁際にいた方がいいよ。また痴漢出たらいけないし」

「……うん」


 俺が彼女を庇うようにして立ち、二人でつり革を持つ。


「やっぱり狭いね」

「ちょっと近い」

「あ、ごめん」

「……」


 彼女に触れないように、でもあまり離れすぎないように力を入れながら立っていると、電車ががたんと揺れる。


「うわっ」

「きゃっ」


 一瞬だったが、向かい合わせになっていた彼女が俺にトサッともたれた。

 その時ほんの少しだけ、柔らかいものが当たった気がした。


「あ、ごめん」

「……胸、当たった?」

「え、まぁ……」

「エッチ」


 また。彼女が頬をぷくっと膨らませて怒ったような目つきをする。

 ただ、本当にこの姿がかわいいのだけど、褒めたら怒られそうなので沈黙する。


 やがてプシュッと音がして開いた扉から大勢の人が流れるように出て行く。

 その流れに乗るように、彼女も駅を降りるのだが。


「あっ」


 と気づいた時には彼女に引っ張られて、俺まで駅のホームに降りてしまった。


「あ、あれ」

「送って……」

「え?」

「家まで……送って」


 彼女はまた頬をぷっくり。

 でも、怒っているというよりは拗ねている感じだ。


「う、うん」

「胸、触った罰」

「さ、触ってはないよ!」

「触った。エッチ」


 最後はプイッと顔を背けてから先に改札口へと歩いて行ってしまったので慌てて後を追いかける。


「ごめん、わざとじゃないから」

「うん、知ってる」

「でも、氷南さんの家ってここから近いの?」

「十分くらい」


 今日はいつもより彼女の機嫌がよくないご様子。

 胸が当たってしまったことがいけなかったようだ。


 それでもなんとか機嫌を取り戻すために、彼女を見ながら話そうとすると急に顔が朱くなる。


「み、見ないで!」

「あ、ごめん……」


 やっぱり怒られた。


 まずいなぁと思い目を逸らすと、隣を歩く氷南さんが足を止めた。


「ど、どうしたの?」

「歩くの、疲れた……」

「え、まぁ立ちっぱなしだったもんね」

「……」


 彼女はそっと。俺の左手の袖をキュッと掴む。


「え?」

「こうしてて、いい?」

「う、うん」

「ゆっくり、歩いてね」


 かすれるような声で、燃えるように真っ赤な顔で、うつむいたままぽそぽそと話しながら彼女は俺の袖をつかんで離さない。


 俺の方まで緊張してしまい、ぎこちなく足を前に出すと俺の袖を握る彼女の手の力が少し強くなる。


「……急に歩かないで」

「ご、ごめんなさい」

「すぐ謝るなバカ……」

「う、うん」


 こうして二人でしばらく歩いている間、ずっと無言だったが俺は幸せな気分だった。


 うん。今日は氷南さんに頼られたわけだし、バカバカ言われるけど怒ってる様子もないし。


 でも、ちょっと気まずい。彼女はずっと下を向いたままだ。


「あ、あの」

「な、なに……?」

「な、なんでも。そろそろ着くころかな」

「うん、残念だけど」

「残念?」

「ち、違う残念じゃない!」


 パッと俺の袖から手を離し、すぐそこの角まで駆けていった氷南さんは角を曲がる前にこっちを見て


「ばいばい、また明日」


 と言って手を振ってから帰っていった。


 静かな夕暮れ時の道で、一人残された俺は彼女が掴んでいた袖のしわを見ながらトボトボと帰宅する。


 案外俺の家までは近いもので、十五分くらい歩けば家についた。


 すぐに部屋に戻り、今日の氷南さんとの帰り道の余韻に浸る。

 

 連絡先も知らない友達未満な氷南さん。

 でも、やっぱり可愛いよなぁ。


 ……明日の目標は彼女に怒られないようにすること、としようか。



 あー、ヤバいヤバいヤバい!

 泉君の服に触れちゃった!


 どうしよう……今日、手洗いたくない!

 でも、ちょっと攻めすぎたかな?

 い、いやあれくらい普通だよね?普通疲れたからって手を引いてもらうくらいするよね、よね?


 じゃあ、今度は手を繋いでみたり……むりー!

 あれ以上は私がもたない。死んじゃう。


 でも、もうちょっとだけアピールしたいなぁ。

 何か、電車で男子がドキドキするシチュエーションを携帯で探してみよっか


 …………こ、これだ!



 翌朝の電車でのこと。


 彼女は携帯にイヤホンを繋いで音楽を聴きながら乗車してきた。


「おはよう」

「あ、うんおはよう」

「……」


 俺に挨拶こそしてくれたが、音楽を聴いているせいかその後は無反応。

 今日はいつにも増して不愛想な様子で俺の隣に座る。


「あの、氷南さん」

「……」


 やっぱり聴こえていない。

 朝からご機嫌ななめだ。


 静かに彼女と並んで電車に揺られていると、がたんと電車が揺れた。


「あっ」

 

 と思った時彼女が俺にトスっともたれかかる。


「ひ、氷南さん?」

「……」


 俺の肩に乗る彼女はとても軽い。

 でも、次の揺れが来てもそのまま動かない。


「……」


 振り払うわけにもいかないし、俺は気づかないふりをしてずっと前を向いていた。

 心配なのはこの後、彼女にまた「エッチ」とか言われて怒られないか、だ。


 緊張状態のまま電車はどんどんと進んでいき、あっという間に学校前の駅へ。

 それを見て降りようとすると、目を覚ましたように彼女が立ち上がり、イヤホンを外しながらこっちを見る。


「……」

「あ、あの。もしかして寝てた?」

「((死にそう~~ッ!!))」

「大丈夫?」

「な、なんでもない……それより降りないと電車行っちゃう」


 と言われて慌てて立とうとした俺の手を、なぜか彼女が握って引っ張ってくれた。

 わずか数秒の出来事ではあったが、彼女の小さく柔らかい手は俺の手にすっぽりとおさまっていた。


「あ、危なかった。乗り過ごすところだったよ」

「……」

「あ、ごめん!手、握っちゃって」

「おっきいね。手……」

「う、うん。氷南さんは小さいね」

「(やばい、泉君の手にぎっちゃった……)」

「え?」

「……プイッ」


 今日はずっとこんな感じだった。

 機嫌の悪い氷南さんはそれでいて、昨日と同じように俺の袖をつまむ。


 だから俺も速度を落としてゆっくりと歩いてみると、隣でうんうんと頷いてくれた。


 

 

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