27 勢いがあまりすぎて


「おはよう氷南さん。疲れてたのにごめんね」


 私はいつの間にか寝ていたようで、目が覚めると泉君が向かいの席で待っていてくれたのに気づき、慌てて立ち上がる。


「ご、ごめんなさい私……」

「いや、疲れてたのに付き合ってくれてたんだから氷南さんは悪くないよ。それより、帰ろっか」

「う、うん」


 大失態だ。

 ファミレスの椅子で爆睡する女子なんて聞いたこともない。


 それに、なぜかわからないけど、私はとんでもなく大事なことを逃してしまったような気がするのだ。

 眠ってる間に、何かあったのかな?


「あの、泉君」

「な、なに?」

「え、いや別に……」


 どうしたんだろう。

 泉君がいつもよりよそよそしい気がするけど。


「帰ろっか」

「そ、そうだね」


 起きてすぐに私たちはファミレスを出る。

 そしていつもなら泉君が色々と話を振ってくれるのだけど、今日はそれもない。


 ……もしかして、心底愛想を尽かされてしまった?


 いや、あり得る。ご飯に誘っておいて爆睡こく女子なんて普通に考えて嫌に決まってる。


 だから多分、寝てる私を見ながらうんざりしてたに違いないのだ。


 せっかく勇気を出してご飯誘ったのに、嫌われちゃったのかな……


「う、ううっ……」

「氷南さん、どうしたの?」

「な、なんでも……」


 泣きそうだ。

 せっかく楽しい一日になるはずだったのに、香月さんはくるしボウリングは下手くそだしご飯デートしたのに寝ちゃってドン引きされるなんて、もう私はこれからどうやって泉君にアピールすればいいのだろうか。


 叶うかもと思った恋を自らの手で潰してしまうあたりは自分らしいと言えるけど、こんな時にらしさを発揮したくはなかった。


 そして気がつけば私の家の前についてしまう。


「あっ、ここ、うち……」

「そ、そうなんだ。うん、今日はゆっくり休んで」

「うん……」


 ダメだ。このまま家に帰ってしまったら、もう泉君と距離があいちゃうような気がしてならない。


 ……なにか、何か言わないと。


「あの……?」

「どうしたの?」

「え、えと……」

「?」


 言葉が出ない。

 そりゃそうだ。今まで言いたいことを何一つ言えてこなかった私が、好きな人に向かって何か言うなんてできるはずもない。


 でも、でも……


 せめて好きですって気持ちだけでも、どうにかして伝えたい。



 氷南さんが何か言いたそうだ。

 でも、何を言おうとしてるんだろう。


 ……ていうより、家の前ではあるけど今って結構チャンスなんじゃないか?

 人もいないし、別に付き合ってほしいとかじゃなくてもいいから、好きだって気持ちだけでも伝えないと。


 いや、でももしフラれたら……いやいや、そんなことは二の次だ。

 こうしていつも俺に付き合ってくれる彼女が好きなんだから、やっぱり言わないと。


「氷南さん」

「は、はい……」

「……俺、氷南さんのことが」

「好き……」

「え?」

「泉君、好き!ご、ごめんなさい失礼しますさようなら!」

「あっ、待って!」


 俺の制止も聞かず、氷南さんはすごいスピードで家に飛び込んでいった。


 ……今、告白されたのか、俺?




「ちょっと円、早くお風呂に入りなさい。まどかー、聞いてるの?」


 やってしまった。

 勢い余って泉君に告白してしまった。


 しかも告白して逃げてしまった。

 こ、こういうのをヤリ逃げっていうのかなあ……


 部屋で布団に丸まって現実逃避アルマジロさん状態を決め込んでいるけど、やがてお母さんに布団を引っぺがされる。


「あんた、早くしなさいって言ってるでしょ」

「あうう……今日は一人にしてくだしゃい」

「どうしたのあんた。もしかしてフラれた?」

「ち、ちがうもん!ほっといてよ」

「はいはい。でも、お風呂の窓、開けといてよ」


 全く娘の気持ちなんて度外視な母だと、少し怒っているのも八つ当たりというもの。

 家に帰ってから何もしない私が悪いのだけど、でも、告白してしまったという事実だけでもう一歩も動けそうにないのだ。


 怖いけど、携帯をチラッと見てみる。

 連絡は来ていない。


 いっそのことこっちから何か送ってみようかと思ったけど、そんな勇気はなくてそっと画面を伏せる。


 そして眠気が。

 昨日の寝不足がまだ回復しきっていなかったようだ。


 私は眠気に抗うことなく、そのまま気持ちよく夢の中へといざなわれていく。



 ……大失態だ。

 やっぱり氷南さんも、俺のことを好きでいてくれたというのに、向こうから告白させてしまった。


 聞き間違うわけもないくらいはっきりと、俺が好きだと彼女は言った。


 多分俺がはっきりしなくて彼女は痺れを切らしたのだろう。

 そして言うだけ言って、呆れて家に帰ってしまったという感じだ。


 ……男として最低だ。

 いや、でもまだ付き合ってくれとかそういう話になったわけではないし、今度こそ俺の方から彼女に正式に交際を申し込むべきだ。


 よし……ってあれ? 氷南さん、俺のこと好きなの?


 ……いやいや、マジで?え、マジで?


 告白する前にされてしまったという後悔が先にきてしまい、肝心なことがごっそり頭から抜けていた。


 あの氷南さんが、俺のことを好き、だと!?


 うおーっ!やったやったやったー!


 両想いってことだよね?っしゃー!

 急にテンションが上がった俺はベッドで飛び跳ねた。

 そして彼女にライムをしようと携帯を手に取ったが、すぐに考え直す。


 やっぱりこういうことは直接会って話すべきだ。

 明日、朝一番で俺も彼女に好きだと伝える!



 そう思った時に限って肩透かしを喰らう。

 今日も電車には氷南さんがいない。


 駅を降りて、また誰かに絡まれたりしてないか確認したけどやっぱりいない。

 連絡をしてみたけど返事もない。


 そして学校に行くとどういうわけかすぐにわかった。


「えー、今日は氷南さんは体調不良で欠席です」


 体調不良?風邪でも引いたのだろうか?


 もしかしたら昨日のボウリングとかで疲れすぎて……だとしたら本当に悪いことをした。


「おい、氷南さん大丈夫なのか?」

「わからん。連絡もないし」

「ちゃんと送ったのか?」

「もちろん。それに……いや、なんでない」


 送った時に告白されたなんて話は、まだしないでおこう。

 寝て起きて冷静になって考えてみると、やっぱり何かの間違いの可能性だってあるとすら思えてきたからだ。


 でも、あれがどうであったとしても俺はやっぱり彼女にきちんと告白するべきだ。


 だから今日、電車の中ででも通学路でも学校でもどこでもいいから彼女にこの思いを伝えたかったのだけど、またしても焦らされてしまう。


 もちろん昨日言えなかった俺の責任ではあるが。


「そういえば泉、お前告白はできたのかよ」

「え、いや……今日、頑張ろうかなって」

「おいおいそりゃないぞ。俺なんてあの後香に散々連れまわされたんだからさ、結果はどうあれ告白はしろよな」

「わかってるよ」


 そうだ、いい加減俺も解消なしが過ぎるというもの。

 空気を読もうとしたり、相手の事を考えてるふりをしたりしても、結局は俺がビビってることの言い訳をしているに過ぎない。


 ……今日の放課後、彼女の家に行ってみよう。

 あまりに体調が悪そうなら諦めるけど、でも、看病とまではいかなくてもお見舞いくらいはいいだろう。


 もしかして今日彼女が倒れたのも、俺の為に勇気を振り絞りすぎた結果……いや、さすがにそんなことはないのだろうけど。



「円、冷蔵庫にゼリー入れてあるから動けるようになったら食べなさい」


 私は完全にのびていた。

 昨日、布団も被らずに窓全開で眠ったことで風邪を引いた。

 それに徹夜明けでガス欠寸前だった私が、泉君に告白なんてしたから完全にエネルギーがきれてしまったのだろう。


 ……しんどいよう。何もする気がおきないよう。


 ボーっとして、ずっと天井を見上げては泉君の事を考えていた。


 でも、なぜかうまくいく気がしなくて一人で泣きそうになる。


 ……どうして告白なんかしちゃったんだろう。

 そうしなければもしかしたら気まずくならなかったかもなのに。


 昨日別れてから彼の顔を見ていないので、勝手に不安におしつぶされそうになる。


 でも、体調不良が幸いして、こんな状況でも眠気はしっかりくる。


 だから眠る。せめて夢の中でくらい、泉君とゆっくり話したいなあ……。




 

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