56 ところかまわなくなってしまいそう

「うーん……」

「よかった、大丈夫?」

「あれ、みんなは?」

「羽田と原さんなら二人でカラオケ行ったよ」


 見るとショッピングモールのベンチで泉君に膝枕をされていた。

 慌てて体を起こすと、どうやら鼻血も出ていたようで乾いた血が鼻についていた。


「わ、私……」

「びっくりしたよ。いきなり倒れるんだから」

「あの、その、恥ずかしくて……」

「あんなこと言ったらね。でも、おかげで原さんとかにはしつこくされずにすんでよかったよ」


 少し体がぐったりしている。

 私、どれくらい鼻血をだしたんだろう。


 キョロキョロしながら周りを見ると人も少なくなっている。

 時間はもう夜の九時だ。


「えっ、私ずっと寝てたの?」

「結構ぐっすりだったよ。でも、寝言も言ってたし大丈夫かなって」

「……変な顔してなかった?」

「うん。寝顔も可愛いよ」

「ひゃっ!」


 可愛いと言われるのはやはりなれない。

 また倒れそうになるのを踏ん張りながら私は、彼に手を握ってもらって一緒に暗くなった夜道を帰ることにした。


「でも、羽田と原さんはどこ行ったんだろな」

「二人でお出かけってことは、仲いいの?」

「いや、羽田は人類皆友達みたいなやつだから。チャラいよなあ」


 私なんて人類に友達がいないまであるというのに、そういう規模の話は想像もつかない。

 でも、人の目を気にしすぎたり、それで混乱したり卒倒したりするのはいい加減にどうかしないと。

 じゃないとこうやっていつも泉君に迷惑をかけてしまう。


「泉君……私、みんなと普通に喋れるようになりたいな」

「そうだね。でも氷南さんなら大丈夫だよ。明日、またクラスにお菓子持っていく?夏休みに入るとなかなか時間無くなるし」

「うん!」


 彼との一歩は勇気を出して踏み出せた私だ。

 だからきっとクラスのみんなと仲良くなるための一歩もちゃんと踏み出せるはず。


 頑張れ私!



 昨日の決意が盛大なフリだったのかと思わせるほど、朝から一歩目を思いっきり踏み外した。


「どうしよう、お菓子忘れちゃった……」

「ま、まあ他にもやり方はあるだろうから。俺がフォローするし」


 電車に乗って泉君の顔を見て今日もかっこいいなあとうっとりしていたところで昨日せっかく買ったお土産を冷蔵庫に忘れてきたことを思いだした。


 慰められながらゆっくり学校に向かっていると、正門前で原さんたちの姿が見える。


「あっ、泉君おはよー」

「お、おはよう」

「昨日は大変だったよねー。誰かさんがぶっ倒れちゃうしさ。変な妄言言ってたしびっくりだわー」


 誰かさんとは私のことだろう。

 それに妄言とは……あっ、エッチしたって話かな?


 で、でも嘘じゃないし。

 昨日だってお別れのチューとかしたし。

 原さんは信じてないみたいだけどすんごいことしたし!


「原さん。ちょっと彼女と一緒だからこれで」

「ねえ泉君、そんなめんどくさい子のどこがいいのよー。顔だけで選ぶタイプなの泉君って」


 めんどくさい女、ですって?

 

 ……うん、反論できない。

 自分でも死ぬほどめんどくさい女だってことくらいは自覚あるもん。

 でもでも原さんに言われる筋合いはないし、泉君が誰を好きになったって勝手じゃん。


「あの、彼女のことを悪く言うなら怒るよ」

「そ、そんなマジにならないでよー」

「今日だって氷南さんは原さんたちとも仲良くなりたいって悩んでたんだよ?そんな子を捕まえて顔だけだなんて、自分の方がどうかしてるよ」

「わ、私と?なんで仲良くなんか」

「みんなと友達になりたいんだよ。ね、氷南さん」


 え、私?

 う、うん友達になりたいとは思うけど、でも原さんこわいよう……


「どうなのよ氷南さんは……えっ?」

「じーっ」

「な、なんで睨んでんのよあんた?」

「に、睨んでない」

「もしかしてそれで睨んでないつもりなの?」

「に、睨んでないもん」


 私は緊張気味に原さんを見ていただけなのにすごく不快な顔をされた。

 もしかして、私って緊張で怖い顔してるのかな。


 そう思って、無理やりニッコリ笑ってみた。


「にまあ」

「ひっ!あ、あんたそれで笑ってるつもりなの?」

「え?」

「ほ、ほんとに真面目にやってんの?うそ、そんな奴いるの?」

「え、え?」


 今度はドン引きされた。

 私は愛想笑いしただけなのに。


 でも、その後で原さんはこらえきれないようにプッと噴き出した。


「あはは、なにそれあんた、めっちゃ面白いんだけど」

「え、なに、が?」

「だって、あれでわらったつもりとか、くっ、ぷぷっ、あー、もうダメおかしいわ」

「え、え、え?」


 なぜか場が和んだ。

 見ると泉君も笑っていた。


 私だけがきょとんとしていると、原さんが「もういいわ。なんかごめんね」といって校舎に入っていった。


「……どゆこと?」

「氷南さん、よかったね。原さんの誤解も解けたみたいだし」

「誤解……うん、まあ」

「あの感じなら今日こそ羽田に行って四人で遊びに行く?友達になれそうだから」

「う、うん」


 なぜか今日の放課後にまたしても原さんたちと遊びに行く展開に。

 でも、教室に入ってからも彼女は私に対して普通に対応してくれるようになったし泉君には「ごめんね」と謝っていたし、いい雰囲気になった。


 意図せずそうなったので意味がよくわからないまま。

 それでもいい状況に変わりないのはわかるので、気分が軽いまま授業を受けた。


 昼休みになると、もうすぐ夏休みということもあって教室の空気が浮足立っているのがよくわかるほどざわざわ。


 そっか、もう夏休みかあと自分もテンションをあげていると、泉君のところに男子が群がっている。

 みんなからお誘いでもされてるのかなと、お弁当を持って少し近づくと会話が聞こえる。


「おい、お前氷南さんとやったんだって?」

「どうだった?なあ、やばかったか?」

「どんな感じだったんだよ、言えよー」

「え、いや、それはだな……」


 泉君が質問攻めされている。

 お題は……私とのえっち!?


 恥ずかしくなって廊下に出ようとすると、私に気づいて男子の視線が一気にこちらへ集中するのがわかった。


「あ、氷南さん……氷南さん!?」

「あぶぶ……」


 私はやっぱり視線に耐え切れず、羞恥心で目を回してしまった。


 そのあと泉君に介抱されながら保健室で目を覚ます。

 

「ごめんなさい、私また……」

「あいつらが変なこときいてくるからいけないんだよ。でも、そのうち忘れるからほっとこ」

「うん。あれ、保険の先生は?」

「昼休みは出てるよ。何か用事?」

「……」


 でも、二人っきりのこの状況を見逃さないようになったのは私が変態した証拠だろう。


 保健室だというのに、私は彼を求めて少しスリスリと近づいてみた。


 

 

 

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