第30話 弔いの銃声

 本当の赤ずきんはハッピーエンドなんかでは終わらない。お婆さんも赤ずきんも食われておしまい。猟師なんてものは出てこないし、もっと昔の文献では、赤ずきんは辱めを受けて死んだとも書かれていた。

 こんなところでは死ねない。両親にこれ以上重荷を背負わせるわけにはいかない。私が……私達がここで弔うべきだ。


 紋章が光る右手を下ろす。すると乾いた銃声がいくつにも鳴り響き、怨毒の体に鉛が食い込んでいった。しかし、怨毒は気にすることなく猛進する。


「すまない! アルマのご両親!」


 鬼平は私の前に立ち、刀を怨毒の首に刺さるように構える。自分は動かずとも怨毒は突っ込んでくる為、刀の先が怨毒の喉元をプツリと音を立てて食い込んでいく。だが、どうにも変だ。


 血の匂いが背後からする。


『こっちだメイジー』


 遠い遠い記憶の中にいた父が立っている。吊り上がった金の瞳……あぁ、私の瞳は父似だったのか。その隣には母が立っている。朗らかに微笑む母の口元を見て、自分の口元とよく似ていた。

 頭の中では分かっている。二人は死に、今いるのはただの幻影。私の都合の良い夢なのだ。決めたことだ。踏ん切りを付けろ。


「まだ、そちらには行けません。短い人生ではありますが、命が尽きるその日まで……守ると誓いましたので」


 剣で両親を斬る。やはり、幻影だったのかゆらゆらと蜃気楼のように揺れ、視界が白い空間からもとの瓦礫だらけの視界に戻った。横に振った剣は怨毒の右腕を切っていたのか、足元には腕が落ちていた。


「む! また幻影かっ!」


「俺の時は悪夢を見せ、俺のことを操っていた。まぁ、操っている間は弱体化するみたいだけどな」


 ヘイトリッドは牙を向いてきた怨毒に、剣を振る。しかし、それもまた幻影だったらしく、歪んで消えた。その幻影の先には肩で息をし、悲しげな声を上げている。もう、長くはないのだろう。十六年前もたった一日で命が尽きてしまった。今回は死体である上に魂は二つ……動くことすらままならないはずなのに、私の両親はなぜ動けるのだろうか。


「何があってもそれは幻影。槍が降ろうと、地面が割れようと、世界が逆転しようと……それは全て幻影。ただの夢なんです」


 私は剣をその場に落とし、宙に浮かべていた猟銃も元の瓦礫に戻す。ジェスターに囚われ、毒ガスを吸い、さらにビースト化の影響で鉛のように重くなった体を無理に動かしている。左足に力が入りづらく、左足をかばいながら歩く。その時、幾つもの剣が私を殺す為に宙に浮いている。振り下ろされれば、たちまち首は吹き飛ぶだろうな。


「ですが、それも幻影」


 剣は私に当たった瞬間、ぐにゃりと歪んで消えていく。その後も銃や何体もの怨毒、黒フードも現れたがどれも幻影で私に触れると消えてしまう。

 あの能力は私とよく似ている。能力の発動条件は相手が幻影を信じる事、そして相手が心のどこかで恐怖を覚えること。後者は誰にも話していない。手の内は隠しておくもの……ヘイトリッドや鬼平は私のことを絶対的に信頼しているためか、能力は効かない。嬉しいことにね。


「私はここにいます」


 怨毒の元までやってきて、人をも潰しそうな大きな毛むくじゃらの手を握る。涙も流せないのか、ずっと悲しげな声を上げ、天に向かって遠吠えをする。


 アオオーン


 アオオーン


 人の耳にはそう聞こえているのかもしれない。だが、私達獣人族には言葉として聞こえる。あれは……『苦しみ』と『謝罪』の声。おそらく、私の事はどこかで見た気がする程度にしか認知していない。自分が誰なのか、今何をしているのか、そういったことは何一つとして覚えていない。


「その痛み、苦しみ、悲しみ、全てが幻影。この世にたゆたう哀しき魂よ。創造神のお導きがありますように────────」


 あの日、引けなかった拳銃を怨毒の額に当てる。また震え、拳銃がカタカタと音を立てる。怨毒であれど、この人は私の家族だった人……今撃ってしまえば、確実に縁が切れてしまう気がする。


「大丈夫だ。俺達がいる」


「そうだぞ。俺達がついてるからな!」


 ヘイトリッドと鬼平が肩に手を置く。もう立っているのもやっとだろうに……どこまでもお人好しだ。震えが止まり、ようやく引き金に指をかけることができた。その時、怨毒は笑っているようにも見えた。


「メイ、ジー……」


「……えぇ、あなた達のひとり娘メイジーです。今度はちゃんと向き合います。綺麗な花束を持って会いに行きます。また、その時まで───────」


 乾いた銃声音が鳴り響いた。


 怨毒の体はがくんと崩れ、毛皮や目などは全て黒い灰となり消えていく。灰の中には二人分の白い骨が埋まっていた。

 空はどんよりとした黒い雲は無くなり、いつの間にか夕日が瓦礫だらけの町を照らしていた。


 ─────────……


 その頃、シェヘラザードは……


 一瞬にして瓦礫の山となった住宅街をビルの屋上からシェヘラザードは眺めていた。その隣には栗色の髪に若々しい顔が目立つアダムが鼻歌を披露している。


「僕がいない間にとんでも無い事してくれたね。アダム」


「当たり前ですよ。君のエピソード、『千夜一夜物語』は少々厄介ですからね。メモワールを持つ者は実に少なく、数で負けるのがオチです。今回はここを戦争の準備として、生物兵器の試運転場にしました」


「十六年前のエピソーダー惨殺事件で怨毒となる器を作り、親や友人を殺されて怒り狂った子供がストーリアに入るまで待つ。そして今回のエピソーダー傷害事件。ここで十六年前と親族だったエピソーダー達を傷つけ、血を頂く。鈴宮ヘレナの能力使って出来たのがあの怨毒という事か」


 シェヘラザードは金の瞳でアダムを睨む。普段、糸目のシェヘラザードが目を開けた事にアダムは口角を上げていた。


「その通りです。宣戦布告をしにやってきたのですよ。あなたなら覚えているでしょう? 二百五十年前の童話戦争……あれは改変された歴史だと。たかが空想の産物が我々実在した英雄に歯向かうなんて」


「確かに歴史は違う。だけど、君の思想は危険だ。ようやく、周りの国々と良好な関係が結べたんだ。君のような狂信的な輩には手を出されたくないんだ。君はエピソーダーだけでなく、一般人をも巻き込もうとしている」


 シェヘラザードの真剣な言葉に対し、アダムは目を大きく開けた後、盛大に笑い始めた。その声は狂気的で、肌寒さを感じる笑い声であった。そして、何食わぬ顔でこう話す。


「人間なんて男と女、二人いれば勝手に増えるものですよ。どんな世界にするにも間引きは必要です」


 アダムは不敵な笑みを浮かべてビルから飛び降りた。シェヘラザードが下を除くが、そこには何もいなかった。あるのはただ瓦礫と無残にも瓦礫に押しつぶされた死体だけだった。

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