第20話 怒れる狼、復讐の狼煙
あれから二週間が経ち、桃瀬の剣術も大神の射術も教官のスパルタ教育のおかげでなんとかなった。俺は体術も大神に教わりながら実地訓練に向けて励んできた。正直、体術は強すぎて一度も勝てなかったがな。
なにもかもが順調に進み、当日を迎えた。校庭に訓練生が集まり、実地訓練のスタートを待っている。あとはベストを尽くすのみだとやる気に満ち満ちていると、配られた小型マイクにとんでもないチーム名が書かれていた。
「おい、桃瀬……なんで俺達のチーム名が桃太郎軍団なんだ?」
「む! アルファベットだけのチームなんて嫌だろうと思い、あの有名な桃太郎にしたんだ!」
善意しかない笑顔で押し負けそうだ。実地訓練の当日になって分かるなんて……表彰式の時に名前が呼ばれるのは勘弁だ。
「桃太郎は有名じゃねぇよ。まだ俺達に対してのみ童話語りしただけだろうが。国民は桃太郎なんて知らねぇよ。それに桃太郎は犬、猿、雉を連れて歩くんだろ? イヌ科のやつはいるが、俺に至って人間だぞ」
「信頼できる仲間という点ではあってるだろう?」
「またお前はそうやって恥ずかしい事をう……まぁ、もう手遅れだしやるだけやるぞ」
そう言うと武器と防具、各チームの色を持ってきた大神が浮かない顔でやってくる。その手元には桃色のハチマキが握られていた。絶対仕組んだだろ。
「残念な事にチームカラーは仕組まれたかのように桃色です……あと、初期位置は旧訓練施設です。山の中にあり、今は撤去されて跡地となっている場所です」
「桃太郎軍団にふさわしい色だなっ! 旧訓練施設となると……山の中過ぎて下らないと人はいないな!」
桃瀬の言うとおり、旧訓練施設は山の中にあるため近くに他チームが潜む施設はない。
「まぁ、跡地が初期位置にされるぐらいだ。山の中にも誰かいるだろう。三十分後に開始だからさっさといくぞ」
─────────……
旧訓練施設。今じゃ僅かに土台の跡だけが残っており、雑草や木の根に覆われて見る影もない。大神は桃瀬と俺を見て木刀を銃に買え、そこら辺に合った木の棒も鞘のついた刀に変える。桃瀬はそれを本物だと信じきってやまない。
「大神の能力は最強だな!」
「そうでもないですよ。私の能力は"騙す"事ができなければないに等しいです。それに比べて桃瀬さんの能力は無条件ですからね、怨毒相手にも強いですよ」
「確かにそうだな! だが、怨毒を倒すときも無駄に俺は切ったりしないぞ! 倒す時は一撃で弔い、創造神様が導いてくれるようにするんだ!」
訓練生として模範的な回答をする桃瀬に対し、大神は少し顔を歪めてそうかと頷く。桃瀬といるうちに、僅かに考え方が変わってきているというのだろうか。
そうしているうちに、始まりのサイレンが鳴り響く。小型マイクから教官の声が一斉に聞こえ始める。
「これより!! 実地訓練を開始する!」
ついに始まったか。俺は大神の方を見て、近くに他チームがいるかどうか確認をとる。大神は目を閉じ、立派な耳を動かす。
「……上から音が? ここから少し上った先から枯れ葉を踏む音がします。こちらに向かってきているようではなさそうです」
「俺らより上にいたのか。上か……いや、ここは下るぞ。上の奴らもどうせ下りてくるだろうし、下のほうが敵は多くいる」
「同感です。しかし……いえ、なんでもありません」
大神は意味深な事を言い残し、先頭を歩き始めた。一体何だったのだろうか、桃瀬と同じように首を傾げ、枯れ葉を踏み分けながら歩く。
しばらく下りると大神が立ち止まり、鼻をひくひくさせる。そして険しい顔をして口を開く。
「近くにいます。こちらを見ていますね……相手は銃を持っていないでしょうからおそらく突っ込んでくるで────────」
そう言った瞬間、焦った様子の大神は俺と桃瀬の腕をぐっと引っ張る。枯れ葉に向かってダイブする直前、目の前に矢のような水が通り近くにあった木を貫く。あんなのが当たったら死ぬぞ!? 誰だこんなふざけた威力の矢を飛ばした阿呆は!
「あらあら、猟犬の鼻と耳は立派なようね。獲物は赤い頭巾の狼に拗らせ王様に……あぁ、脳筋な桃の英雄モドキね」
ポニーテールの白い髪に白に近い薄い青色の瞳、そしてあの自信満々の顔。あれはイル・オデットだ。ホワイト区出身のお嬢様で、筆記テストでは永久の四位。他事は凡々の勘違いお嬢様ってとこだな。エピソードはたしか、『白鳥の湖』だ。水を操る事ができるため水で弓矢を生成したのか。
「誰かと思ったら凡々のお嬢様じゃねぇか。なんだ? 俺達学力トップスリーに一矢報いる為にやったのか? 残念ながら外したがな」
「よく喋る口ですわね! ハンスさんと大神さんに負けるのは百歩譲りましょう。しかし! そこの桃の英雄モドキに負けるのはわたくしのプライドがズタボロですわ!」
水で生成した剣を幾つも飛ばす。
「"エピソード──────桃太郎"!!」
体力馬鹿の桃瀬が手のひらから、桃色の鞘の刀をだし、鞘ごと刀を大きく振るとすべての剣はただの水となる。水飛沫はきれいな直線を描きながら俺と大神の髪を僅かに濡らす。お嬢様は顔を歪ませながらも猛攻撃を仕掛ける。
「所詮はただの水だな!」
桃瀬は怯むことなく豪腕で弾き返す。あのお嬢様は囮だな、こんなにも考えなしに馬鹿みたいな攻撃を仕掛けるはずがない。おおよそ、横の茂みから残りの二人が攻めてくるんだろうな。大神もそれに気付いたのか、近いと口パクで言うと両サイドの茂みから木刀を持った出てきた。
「やっぱりな! それにしても、そんなに振りかぶってどうするんだ? 胴体を守れてないぞ」
俺は木刀で胸を突き刺すようにすると、相手は白目を向いて後ろに少し飛んで倒れる。大神は……ゴム銃で胸を撃って俺と同じようにポイントを稼ぐ。
「おお! もう二ポイントも稼いだのか!流石だな!」
「なんですって!? いくら剣術に長けているからといってあの至近距離じゃ反応できないんじゃ……」
焦るお嬢様に対し、大神は銃を構えながら前へ前へと進んで行く。あいつ、後方担当じゃなかったのかよ……
ここは山の中、木や草で隠れる場所が多いから奇襲をかけやすい。向こうもそれを使ってきたが、そんなに俺達は馬鹿じゃなかった訳だ。目には目を、歯には歯を、奇襲には奇襲をだ。桃瀬と大神が気を引いてる間、お嬢様の背後を取るために茂みの多い場所を歩く。あいつも詰めが甘いな。なんで隠れる場所が多い所に来るんだろうな。あいつなら水の壁くらい作れるだろうからとりあえずの攻撃はしのげるだろうに。
「"エピソード──────赤ずきん"」
お嬢様は龍の形をした水を生成し、赤い頭巾を被った大神に向かってそれは飛んでいく。大きな口を開け、今にも食わんとしている龍に対し、お嬢様に向かって宣言する。
「私の能力は物体を別の物体にします。試しに、この龍をただの花びらに変えましょう!」
「あ、あなた! そんな最強の能力を!?」
哀れなお嬢様はそれを信じてしまい、龍はたちまち色とりどりの花びらへと姿を変える。花びらは大神の髪や尻尾に付き、不快な顔をしている。
「"エピソード─────裸の王様"」
そうお嬢様の後ろで言う。その瞳には小さな王冠と赤いマントを着た俺が映っている。あぁ、これはもう勝ちだな。
「な、なんで……後ろから来られてもいいように水糸は張ってたはず……」
「あ? んなもん当たらなければいいんだよ。張るなら木の上にも張るんだな……それよりもお前は俺に恐怖心を抱いた。よく言うだろ? "王様の言うことは"────」
「……"絶対"です。国王陛下」
お嬢様は片膝をつき、忠誠を示す。俺は木刀でお嬢様の胸の防具を軽く突くと赤く光り、三ポイント目をゲットした。
「うっし、こっからは下に降りるぞ」
「待ってくだいヘイトリッド! 血の匂いがします……!!」
大神が唸りながら旧訓練施設のあった方を見る。つられて同じ方向を見ると、枯れ葉が舞っていることに気づく。そこからおりてきたのは血だらけになった訓練生だった。
「逃げ、ろ……怨毒が、きたぞ!」
訓練生は赤く濡れた体で足を引きずりながらも斜面を下りるが転んで桃瀬の所まで落ちてきた。血の匂いに吐き気をもよおしながらも近寄る。訓練生の頭からは血だけではなく、なにか違う液体も流れており、腕は一本無い。これは酷いな。
「しっかりしろ! これは……助からんぞ」
「腹にでかい風穴が……おい! 教官に連絡してここから離れるぞ! もし、本当に怨毒だったら今の俺達じゃ太刀打ちできねぇ! おい、聞いてんのか大神!」
既に息のない訓練生を横目に大神は徐々に毛深く、獣人の本来の姿へと戻り始める。ビースト化だ……
「グルルル……必ず、私が仕留める!」
刀を鞘から抜いた大神は獣のように山を駆け上がる。もはや俺達の声は聞こえていない。
「大神!! いや、アルマ!!」
「追いかけるぞヘイトリッド! 大神が危ない!」
「んなこと分かってる! おい、オデット! 教官に緊急事態だと伝え、そこに転がっている三人を連れて山から降りろ!」
未だに能力にかかっているお嬢様は小型マイクで緊急事態であることを伝え、能力で血濡れの訓練生と残りの二人を運ぶ。
なんで、なんでこの山に怨毒がいるんだよ……!! 早まるなよ、アルマ。
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