第19話 愚者の楔
あれからというもの、桃瀬はすっかり大神に懐いてしまった。大神は努力家なのか隙間時間には勉強に剣術、体術の復習をしている。剣を振るときは必ず酷い顔をしているがな。あれは絶対、狩る相手を想像してやってるな。廊下の窓越しに見える大神を見ながらため息をつく。
「ヘイトリッドー! 剣術を教えてくれ!」
「桃瀬、廊下は小走りに走ればいいってもんじゃないぞ」
狭い歩幅を維持したまま早歩きをする桃瀬が満面の笑みでやってくる。相変わらずの能天気っぷりだ。
「む! 確かにそうだな! 剣術を教えてほしいんだが……一体何を見ていたんだ?」
「大神だよ。意外にも真面目ちゃんなんだなって思ってたんだよ。まぁ、筆記はいい勝負だが剣術では俺の方が上だな」
「確かに、ヘイトリッドは幼少期から教わってたから得意だが、体術だと大神に負けてるぞ!」
悪意の無い笑顔の桃瀬に痛いところをつかれてしまった。剣術こそ得意だが、体術は確かにあいつの方が上だ。やはり獣人族というだけあって体力も力も人間じゃ敵わない。生まれ持った才能をまさか仇討ちの為に使うなんて……悲しいなぁ。
「ヘイトリッドは天才で大神は秀才だよな!」
「天才だったら普通の高校に通って就職してたよ。あ? そういえば……もう少しで実地訓練じゃねぇか」
「実地訓練?」
桃瀬が首を傾げると、いつの間にか後ろに立っていた大神が答える。
「実地訓練は一年生で最もメインと呼ばれてもいいイベントみたいなものです。三人のチーム戦で屋外や屋内での戦闘を行います。その際、エピソードでの戦闘も許可されています。相手の胸には特殊な防弾チョッキがあるので、それに一定のダメージを与えると勝利となります。チームワーク、戦闘能力、監視能力が問われます。場所はこの学校内にあ模擬戦闘施設と近くの山です」
「この学校は山を買ったくらい土地が広いからな。かなり危険なサバイバルゲームになるだろうよ。無能力者もいるが、やはり厄介なのはエピソーダーだ。一年生の時はまだお互いの能力もわかっていないから下手な動きはできない」
桃瀬は何度も頷いているが、急にピタリと止まり何か思い出そうとしているのか頭を抱え始める。なぜこうも動きもうるさいのだろうか。
「むむむ、そういえば三人班を作るのは各自自由だったよな! だったら三人でやろうじゃないか!」
「嫌だ」
「ハンスさんと同じです」
185というデカブツは俺と大神の肩を掴んで笑うが、声を揃えて俺達は断る。しかしその後、桃瀬は捨てられた犬のような顔になって悲しげな声を出す。
「そうか……俺は、良い提案だと思ったんだがなぁ」
俺よりもデカくゴツゴツしてるやつが悲しげに笑う姿は実に気持ちが悪い……はずだったが、なんだろうなこの罪悪感。小さい子のお願いを聞かなかった時のように罪悪感が重くのしかかる。
チラリと大神の方を見ると、耳と尾が下がって心配する犬のようになっている。そして、目が合った。これで最初で最後かもしれないが、大神と意思疎通が出来た気がした。
「桃瀬、お前が言うなら組もうか」
「わ、私も良いですよ」
すると桃瀬は花が飛び散りそうなほど笑顔になり、何度も俺達の肩を叩く。今日は紅葉型に背中は晴れ、翌日には紅葉型の青い痣が出来ているに違いない。
「だったら、まずは能力について互いに把握することが良い」
「む! だったら俺のエピソードは桃太郎だ! 切れ味のある刀を手から出せるぞ!
"エピソード─────桃太郎"」
桃瀬は手から桃色の鞘を取り出し、歯を見せながら笑う。その刀身には桃がうっすらと描かれていた。エピソーダーでありながら刀を出すという能力しかないため、桃瀬は体力と剣術は磨いておきたいと語っていた。刀をだすだけ……俺はそれだけだとは思わないが、それはいずれ本人が気付くだろう。
「俺のエピソードは裸の王様。相手が俺に一瞬でも恐怖した瞬間、俺の言うことを何でも聞くようになる。言わば、王と下僕ってことだな」
「私のエピソードは赤ずきん。能力は……物体を言葉に出したものに変えることができます。例えば、この花を試しに石に変えましょうか。"エピソード──────赤ずきん"」
そう言い、手の中にあった花を握りしめ、開いた時にはそこら辺に落ちている小石とすり替わっていた。桃瀬は石に触れて興奮しているようだが、そんな子供騙しは俺には通用しない。ジャージの裾から僅かに花弁が見えているんだ。こいつ、なんか隠してやがるな?
「おい、大神。嘘は──────」
「狼は、騙してか弱いお婆さんと少女を食った……安心してください。仲間内で争うつもりません。タネを知ればすべてが分かって興ざめになります。時には狼に騙されてください」
大神はそう尖った歯を見せながら悪い顔をする。表情筋が動くというより捕食段階に入ったという感じだな。まぁ、確かに。エピソードの中には使い方の難しい能力はいくつかあるだろう。桃瀬なんて知られたところで何ともないし、俺も知られた所で恐怖心は自然と起こるものだ。大神のは知られたらやりづらい力なんだろう。
「本番では木刀のみが渡されるようです。刀や剣は収めた状態ならば許可はされています。しかし、銃がいけないというルールもありませんしエピソードの使用許可もあるので木刀をゴム銃に変えることは可能です。つまり……あなた達二人は前線で戦い、私は後方で乱れた相手を撃つ事が可能です」
「大神……お前意外とえげつないな。だが、その方法はありだな。小型マイクは配られるようだから状況の確認もできる。鼻が効く猟犬という名の狼がいるしな。桃瀬と俺が突っ込んで怯みでもすれば……俺の能力で勝ちだ」
この実地訓練は今後の評定に大きく響く為、他の者も手段は選ばないだろう。シェヘラザードというストーリアの新しい総裁もやってくるという話もある。一年前に突然、十九歳の青年がストーリアの総裁となって世間は騒いでいた。今年で二十歳になり、信頼度は低いが怨毒による被害は減っていてストーリアの隊員がいない中央区を少人数で守っているらしい。実力もエピソーダーとして力もあいつは格上だ。
そんな奴が来るんだ。こっちもちゃんと作戦を練らないとな。
「よし、お前と組むのは……そこまで気乗りしないが実地訓練では最下位なんて嫌だからな。剣術と射術を磨いて、協力してくぞ」
「おう! それでこそ桃太郎軍団だ!」
桃瀬は豪快に笑ったせいで近くにいた教官に注意されていた。その隙に大神が近くに寄り、小さな声で話し始めた。
「意外です。あなたは協力してくれないと思っていました」
「俺は利用できるなら何でも利用する。例え復讐心だけで生きている狼だとしてもな。だがな、相手を撃つとき……そんな恨みに満ちた顔はするなよ」
「……わかっていますよ」
大神はそう言い、教室へと戻っていった。一回自分の顔を見ろよな、あんな顔で撃つなんて怨毒に呪い殺されるぞ。耳はピンとたち、目はギラつき、尖った歯が見え、威嚇の声がする。あれを無意識でやっているなら……このストーリアには向いていない。
「いくぞ、桃瀬。注意されたからと言っていつまでもしょげてんじゃねぇよ。あと、桃太郎軍団は無しな」
「む! 俺は良いと思ったんだがなぁ」
桃瀬は置いて行かれるのが嫌らしく、俺の後を追い始めた。
─────────……
「はい……はい。あ、約束通り、薬は飲みました。だ、大丈夫なんですよね?」
スマホを片手に男は息を切らしながらそう尋ねる。草木が生い茂る山の中、その場を何度も行ったり来たりとしており、落ち着きがない。
「はい、それで、二百万は……え? 全部飲み終わってから、ですか。あと……二週間飲んで、この山にいればいいんですね!? わ、かりました。ありがとうございました」
男は皮脂でぬらぬらとした髪を何度も掻き、噛みすぎてガタガタになった白い爪を噛む。目は右へ左へと忙しなく動く。震える手で注射器を左上腕に突き刺す。中に入った透明な液体がゆっくりと流れ込んでいき、男は徐々に落ち着きを取り戻し始めた。そしてリュックサックいっぱいに入った注射器と白い液体の入った茶色の瓶を恍惚そうな目で見つめる。
「楽しい、楽しい楽しい……これを入れるだけで二百万! ふひっ、ひひひひひひははははははは!!!」
狂ったように笑う男の声は暗い暗い山の中に響き渡る。瓶には『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます