第18話 赤の狼、孤独な王様

 今から四年前の訓練学校時代──────


 怨毒を倒す為に国から招集されたエピソーダーや希望者の訓練学校。皆が皆、同じ顔並べて体術や勉学に励んでいる様子は実に滑稽だった。


「ヘイトリッド! お前はまたそんなつまんなそうな顔して……成績優秀なおぼっちゃまくんには物足りなかったか?」


 背中を押された勢いで、味の薄い肉が皿から飛び出し、無様に机の上に転がる。犯人はわかっている。振り返ると、センター分けの黒い髪に赤に近い濃い桃色のでかい目の男がいた。


桃瀬鬼平ももせきっぺいくーん? 大事なタンパク源が飛んでいってしまったんだが?」


「む? タンパク源は飛ばないぞ? それに……三秒ルールがあるから大丈夫だぞ!」


 桃瀬は机の上に落ちた肉をつまんで口の中に放り込む。三秒以上経ってるし、箸ぐらい使えよ。そんな事を言うのも面倒になり、隣の椅子を引く。桃瀬は相変わらずのハキハキとした声で礼を言う。食堂のおばちゃんと同等に声のでかいやつは桃瀬ぐらいだろうな。


「そう言えば、今回の筆記テストは珍しくお前は二位だったな!」


「は?」


 桃瀬にそう言われ、思わず素の声が出てしまう。この訓練学校に来てから三回目のテスト……これまでずっとトップを取り続けていたから今回も結果は見ていなかった。そこまで気にもとめていなかったが、俺を超えた奴が気になる。


「今回のトップは誰なんだ?」


「む? 知らないのか? 入学当時から有名な狼獣人の大神アルマだ」


 大神アルマ……雑に切った銀髪に銀の耳と尻尾が目立つ女だ。それ以上に、あの黄色の瞳はどの奴らよりも黒く濁っていて悪役同然の狼だった。怨毒を恨み殺す勢いだったのは大神とかいうやつだけだ。


「あいつか……自分が正しいんだという恐ろしい正義感の権化みたいな狼。仕事に恨み、怒り、復讐心を持ち込むなっての」


「ハンスさん、あなたの目には私はそう映っていたのですね」


 向かいの席にオムライスをおぼんに乗せてやってきたのはあの狼だった。氷のように冷たい顔、獲物を捕らえんとするギラついた瞳。何度も見てきた。あの類の目は復讐者という名の殺人者だ。


「……ふーん、俺、お前嫌いだわ」


「第一声がそれですか。なんです? トップを奪われた僻みですか?」


「いや? 俺は別に筆記だろうか技術だろうが興味はねぇ。だが、お前みたいな自分中心で回ってるような奴は嫌いなんだ」


 大神はグルルと低く威嚇するものの、向かいの席に座って大きな口でオムライスを食べ始めた。おお、怖い怖い。批判されると正義の刃を振りかざしたくなるのが復讐者。俺はそんなやつを嫌というほど見てきた。


「お、おい、女性に対してその言い方はまずかったんじゃないのか?」


「あ? あんな獣とヒトを比べるな。しかし、ストーリアに来る奴はあの狼と同じ奴しかいねぇ。お前みたいに人を守りたいという純粋な正義感を持つ奴は稀なんだよ」


「確かに……ヘイトリッドは──────いや、何でもないぞ!」


 桃瀬はカツ丼を美味そうに頬張り、花が飛び出そうなほどの笑みを浮かべる。あいつの言葉の続きはこうだろうな。


『怨毒よりも家族を憎んでる』


 事実だから否定もしない。自分の息子を機械人形にして地区長にし、その弟はエピソーダーとして人々を助ける有能な人材に……そうすることで自分達の株は上がって金は転がり込むように入ってくる。金の亡者は扱いやすく、人間から離れた化物だ。そのうち同情が欲しいからと俺の左腕でもふっ飛ばしそうだ。


「……一つ、聞いてもいいでしょうか」


 オムライスをいつの間にか全て食べ終わった大神が俺の顔を睨む。あれだけ言われたのに話しかけてくる鋼のメンタルは一体なんだ。


「あなたがこの訓練学校に来た理由はなんですか?」


「……それ聞いてどうすんの?」


「いえ、身辺調査とも言いましょうか。あなたとその隣の方からは嫌な雰囲気は感じられませんので。それと、様々な事があってやさぐれている人は思春期限定の人格なので調べてみたかったんです」


 大神は相変わらずの濁った目だが、尻尾だけは振っている。耳も大きく立てて俺達の話を聞こうと必死だ。狼って警戒心が強いんじゃねぇのかよ……気を張ってた俺が馬鹿みたいじゃねぇか。あと、地味に仕返しとしてチクチク刺さる言葉を返しやがるし、黙り込んだ俺の顔を見て良い営業スマイルを向けてくる。心臓に毛でも生えてるのか?


「親の推薦だよ。俺はお前みたいに怨毒に対しての私怨はないからな」


「俺は桃瀬鬼平だ! 桃太郎のように皆を守る仕事をしたいからだ! 桃太郎は鬼を成敗してしまったが、俺は怨毒化する謎を解き、平和な国に変えるのが夢だ!」


 桃瀬は聞いてもないのに意気揚々と答え、大神は酷く驚いている。なんだろうな、この絶妙に空気が読めない男は……

 大神はもとの仏頂面に戻り、口を開いた。


「なるほど、桃瀬さんはそのような夢を持っているのですね。私は……あなたの夢は真逆で、怨毒を殺して私の義両親を殺した怨毒に一矢報いる為にここに来ました。怨毒と共生するつもりなんて───────さらさらありません」


「むぅ……人の夢はそれぞれだからな! まずはストーリアに入れるように頑張ろうな!」


 桃瀬は笑いながらカツ丼を食う。脳天気なやつはいいものだ。気づかなかったのだろうか、あの私怨に燃える瞳を……

 それにしても、大神アルマ。どこかであった気がするな。顔があのエピソーダー一家のシャルル家に似ているんだよな、あの銀の尾と耳を持つ狼獣人なんてなかなかいない。


「今後、あなた達と行動してもいいでしょうか? お二人の事、とても気になりますので」


「別にいいが、ハンス家に媚びてもいい事はないぞ」


「いえ、先程も言ったようにお二人の人格が気になるのです。それとライバルという存在ができると燃えるタイプなので。良ければ勉強面を教えてあげましょうか?」


 大神は馬鹿にしたように笑い、尻尾を揺らしながら返却口へと去っていく。こいつ、それを言うために話しかけやがったのか。本当に嫌な奴だな。


「なんだ? ヘイトリッドと大神はもう仲良くなったのか! 良いことだ!」


「いや、どう考えても違うだろ……まぁ、これであいつがおとぎ話同様に嫌な狼だって事がわかったよ」


 俺はため息をつきながら硬い肉を口の中に放り込む。

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