第17話 大神アルマという女

 ヒトを治すのも、ヒトを殺すのもまた同じヒトなのだ。裏を返せば我々ストーリアは確かに殺人集団なのだろう。しかし、そう罵られようと私は残された人々に寄り添ってこそ真のストーリアであると思っている。


「は、ははは……なんで、なんで怨毒なんかになっちゃうのよ……」


 無数の擦り傷が目立つ女性が壊れたように笑い、私達を睨みつける。あぁ、あれはやり場の無い怒りと悲しみを誰かにぶつけたいという行動だ。案の定、女は怒りの涙を流しながら私の胸倉を掴んで激しく揺さぶる。


「あんたがっ!! あんたが殺したのよ! あの人は何もしていない……創造神様に祈りを捧げ! 私のような女に愛を囁いてくれた人なのよ? それなのに……何がエピソーダーよ! やってることはただの殺人じゃない!」


「すみません。我々、ストーリアの事はいくらでも恨んでくれて構わないです。しかし、そんなに愛した彼を恨まないでください」


 私は彼女の手を強く握りしめ、そう言う。彼女は酷く驚いた顔をした。


「あなたが今感じているのは怨毒に対する怒りです。しかしその怨毒はあなたの最愛の人です。恨むのヒトではなく、"怨毒"という病気そのものです。どうか、あなたが愛した人を恨まないでください」


「……大ホラ吹きの狼に分かるの? 愛した人が怨毒となって私を突き飛ばし、暴れ狂う。二人で買ったペンダントもことごとく破壊したのよ? 怨毒は恐ろしい……でも、あの怨毒は愛した人なんて……こんな最悪な最期を迎えるだなんて、ただの狼に分かるはずないっ!!」


 半狂乱になりながら私を睨む。おとぎ話の中の狼は意地汚く、悪役であることが多い……そのせいでキツく言われるのは慣れている。

 私は紺色の指輪の入ったケースを手渡す。彼がどうしても渡したかった遺品だろう。


「これ……婚約指輪。いっそのこと、私も死ねば良かったのよ」


 彼女は指輪のケースを握ったままその場に崩れる。


「でも、死んでしまうと二度と彼を思い出せなくなる……!」


 嗚咽混じりの泣き声を上げながらケースを握り締める。怨毒となった遺族やその友人、恋人にのしかかる怒りと悲しみは計り知れない。そしてそれは呪いのように纏わりついて怨毒に対する恨みは消えることはない。現に、十六年経った今でも心の底では腸が煮えくり返る程の憎悪が潜んでいる。

 ただ泣き続ける彼女の背中を擦ることしか出来ない。


「皆さん、先に帰っていてください。少し、用事が出来ましたので」


 そう言うとヘイトリッドはため息をついて頷き、テュランと花神の背中を押していく。


 ─────────……


「あー、隊長が不在という状態だが……改めて、第五部隊にようこそ花神露。俺は副隊長のヘイトリッド・ハンスだ」


「球体人形のテュラン・ジャックだよ! でもね、ジャックって名前は気に入らないから、テュランって呼んでね!」


 第五部署に戻って来るや否や、新入隊員に自己紹介だなんてめんどくさいなぁ。テュランと花神が敬礼する様子は実に初々しく、昔の自分を見ているようだった。

 硬い顔をした花神が敬礼をしながら口を開く。


「か、花神露です!ブルー区の五条にある荻原孤児院の出身です。この国に蔓延る怨毒を殺し、怨毒による被害者を減らすためにきました。その為ならこの命……燃やし尽くすのも本望です」


「あー……通りでアルマが気にかける訳だ。この第五部隊は見ての通り隊員が少ない上に仕事は多い。昔は隊員も多かったがエピソーダー惨殺事件も相まって今はこの人数だ。あと、ここは怨毒に対して"殺す"なんていう言葉は禁止だ」


「なぜですか?」


「知っての通り、怨毒もヒトだ。だが、一般人の中での怨毒は化物に等しい認識をしている。不幸で人から逸脱した彼らは最後まで人扱いされないなんて……それこそ悲劇だろ? それに、彼らは想像を絶する痛みに耐えているんだ。怨毒を治す術が無い今、痛み無く弔うのが俺達の仕事だ。弔う時は、私怨を挟むなよ? 俺達は復讐者でも殺人集団でもないんだ」


 花神は歯を食いしばり、渋々頷く。まぁ、普通はそうだよな。ストーリアに来る奴らの大半は怨毒によって人生を狂わされた奴らばかりだ。孤児院にいたということは両親を失い、怨毒に振り回された人生だったのだろう。奇しくもアルマと同じ境遇者か……俺達がどれだけ弔っても怨毒は増え続け、親なしの子供が増えて、その子供が怨毒を倒す。まるで呪いのようだ。


「まぁ、正直恨みなんてものは早々にはなくならねぇよ。アルマもあんな風に遺族に接しているが、訓練学校時代は凄まじかったからな」


「狼さんが? 表情筋は死んでるけど、怨毒を弔う時、いつも手を握ってるよね?」


 テュランがそう言い首を傾げる。あぁ、そう言えばそうだったな。初任務の時からの癖というかなんというか……


「アルマはな、十六年前のエピソーダー惨殺事件に巻き込まれた被害者だ。その時に両親を失い、大神家に引き取られた。アルマはその時に名前を変えた為、今も本当の名前は思い出せないはずだ。不幸にも引き取られた大神夫妻は怨毒によって殺され、アルマは訓練学校に入った。十八歳という若さで第五隊の隊長にまで上り詰めた努力家だよ」


 遡れば今から四年前か……一年遅れて入って来た俺は、初めてアルマを見たとき正直ゾッとしたよ。だって、あんなにも殺意を剥き出しにした狼は悪役以外で見たことがなかったからな。

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