第16話 牡丹と髑髏

 昔、メイジーという狼娘がいた。裕福とは言えないが、幸せだと思える家族がいた。しかし、十六年前のエピソーダー惨殺事件に巻き込まれて家が燃えた。あたりで暴れ狂う怨毒に理性を失った獣人で溢れかえっていた。

 その時、メイジーの目の前にはボロボロの母と暴れ狂う巨大な狼。メイジーは恨みと憎しみ、そして悔しさで銃を拾って狼に銃口を向けたが……狼は何かに悲しむかのように大粒の涙を流し、月に向かって遠吠えをした。その声は仲間を探す遠吠えだった。


 とうとう、メイジーは引き金を引けず、炎の中に飲まれていく狼と母をただただ見ていた。炎に襲われる苦痛に喘ぎながら燃えていく彼らを。



「で? 乙峰が黒であることは確定なのに、警察が動かないのか?」


「えぇ、我々は怨毒を倒し弔うのが仕事です。警察のように捜査や取り調べなんて出来ないんですよ。警察曰く、麻薬犬でもない私の鼻は当てにならないみたいですよ」


 大きなため息をつき、机に置かれた自分の拳銃を見る。私はまた、あの時のように誰かを苦しませてしまった。額を撃っておけば痛み無く死ねたのかもしれない、あの炎にまかれて死ぬのは苦しかっただろう。それに、私のせいでシルトが危険に晒してしまった。もし、シルトが心のどこかで私に不信感を少しでも抱いていたらあのまま力を使い、氷像と化していてだろう。


「狼さん、顔怖いよ?」


「すみません。そういえば、今日は新入隊員がやってくる予定ですが……まだ来ていませんね」


 テュランの頭を撫で、新入隊員の顔写真付きの経歴書を見る。バッサリと切った黒髪に澄んだ空のような薄い青色の瞳。私と同様に仏頂面で、写真からでも近寄りがたい雰囲気を持つ女性。花神露かしんつゆ、十八歳。エピソードは『牡丹灯籠ぼたんどうろう』……確か怪談話だったな。


 その時、サイレンが部署中に響き渡る。怨毒が現れたか。


「ヘイトリッド、テュラン、行きますよ!」


 黒の軍服を着て、赤いずきんを持って部署から出た。


 ─────────……


 怨毒が現れたという通報があった広場にたどり着く。そこには黒い肌に白い短髪、男性であろう怨毒がケタケタと笑いながら水の玉をいくつも作り出す。それは紐のような細い形状となって一般人を捕縛したり、巨大な斧にも姿を変えて少女に向かって振り下ろす。


 テュランはかぼちゃを作り出して少女の盾となる。少女は驚いた顔をし、そのまま私の元にやってきた。あれ、この顔……


「助けて頂きありがとうございます。私、本日から第五部隊に配属された花神露です」


 黒のバッサリと切った髪に、薄い青色の瞳。そして私と同様に威圧感のある顔……この人が新入隊員か。


「第五部隊隊長、大神アルマです。見たところ、怪我はなさそうですね。十分な装備も揃っていないのであなたも避難していてください」


「えっ!? あの、私も戦えます!」


 その時、怨毒が私目掛けて水で作り出した斧が飛ばされる。私は背負っていた剣で斧を切り裂き、斧は水飛沫となって私達に降りかかる。おかげ様で耳も尻尾もぐっしょりで、赤いずきんは濃く変色している。私が前に立ったからか、花神には水はかかっていないようだ。


「さあ、お前たちをつかまえたぞ。さあ、お前たちは私のために一生懸命働くのだ!」


 怨毒は巨大な水の玉を頭上に掲げる。それは小さな玉に分裂してあらゆる武器に形を変えていった。


「ヘイトリッド! その怨毒をお願いします! 私とテュランは市民の避難誘導をしたのち、そちらに向かいます!」


「分かった!」


 ヘイトリッドはそう言い、怨毒と対峙する。怨毒は水をうまく操り、壁を作って攻撃を防ぎ、水の剣で攻撃をするなど器用に使いこなしている。しかし広場にある水辺からは怨毒は動かない。妙だな。とにかく、この花神も避難させなければならないが……避難する気はなさそうだ。


「花神、あなたに何を言っても聞かないのでしょうね。わかりました、水の玉から出来る武器が逃げる市民に当たらないようにしてください。エピソードの使用許可を出します」


「あ、ありがとうございます!」


 花神は髪につけていた牡丹の髪飾りを外し、一息ついた。


「"エピソード──────牡丹燈籠"」


 桃色の花弁が風に舞い、花弁が多く集まったところから小さな山が盛り上がる。それは少しずつ、少しずつ大きくなっていき三メートル程の花弁の山となる。花弁は牡丹模様の灯籠に変わり、多くの灯籠の中から三メートルの髑髏しゃれこうべが骨を震わせながら現れる。


 花神は髪飾りをつけると髑髏は市民を襲う水の玉を容赦なく破壊し続け、花神は花弁から桃色の鞘をした刀を作り出して怨毒の腕を斬り落とす。


「へ?」


「こんの、化物めっ……!」


 驚く怨毒に対し彼女は容赦なく怨毒に斬りかかり、ただならぬ私怨が漏れていた。その感情のこもった刀はヘイトリッドも察したのか、ヘイトリッドはため息をつく。この仕事に復讐、憎しみ、恨み、怒り……何らかの感情を持つなんて……言語道断だ。


 ヘイトリッドが背後をとり、後ろから剣をつきさす。怨毒の体から血の代わりとして水が剣を伝って地面に模様を作っていく。頭上にあった水の玉もグラグラと形が揺れ、風船が割れるかのように水は弾け飛んだ。


「ガハッ……うう、あう」


 怨毒は剣が抜かれてもなお、何かを訴えるが喋れない程に我を忘れつつある。しかし、両手を合わせて祈り、涙を流す。

 それを見たヘイトリッドは剣を直し、私の方を見る。あぁ、撃てということだ。そうだ、これは弔いなのだ。これ以上、苦しむ姿なんて見たくはない。せめて、一瞬で弔おう。


 私はあの時と同じ拳銃を構え、優しく強く怨毒の手を握る。怨毒は顔を上げ、涙を流しながら微笑む。死の間際で生前の自分を思い出し、記憶が戻るケースは何ら不思議なことではない。走馬灯を、彼らは眺めているのだろう。


「痛みなき死を……創造神のお導きがありますように」


 引き金を引くと怨毒の額を弾が貫く。怨毒はビクンと手が動くと、つま先から順に蒸発していく。

 ふと、花神を見ると憎悪に溢れた顔をしていた。昔の私を見ているかのようだ。


「花神露、不服そうですね」


「え、そんな事は……」


 私は悲しげに笑う。怨毒だってもとはヒトであることには変わりはない。悲しいかな、恨むのは怨毒ではなく『怨毒化』という病気なのにヒトはヒトを恨んでしまう。

 蒸発してしまった怨毒がいた場所には、指輪の入った紺のケースが落ちていた。

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