第57話 相棒
セルバンテスさんと、デリット隊長の派手な奇襲を合図に私達は一斉に乗り込んだ。最初は切り捨て兵ばかりで難なく中には入れたものの……
「なんで迷路みたいになってるのよ。報告と全然違うじゃない!」
地下に出来た空間にしては広すぎる。どこを見ても灰色の壁ばかりでどこを歩いてきたのか忘れてしまう。
「イルー、水糸なんか反応したー?」
「反応があればすぐに報告するわ。反応がないから私達は迷ってるのよ」
赤く長い髪に大きな青い瞳。可愛いというのはこういう子を言うのだろう。水瀬マリーナ、第一部隊で地区長の愛娘……中学時代は刈り上げてピアスも空いてたのに大人しくなったものね。
「まさかこの迷路でイルと出会うなんてびっくりだよ。こんなゆっくり話してる時間じゃないんだろうけど、慌てても仕方ないしねぇ」
「マリーナ、随分と丸くなったのね。エピソードを持って真っ当に生きる道を選んだの?」
「うーん、ご先祖様の話を聞いたからかな。私、死んでもこのブルー地区は守らないといけない。それが私に課された使命であり、歩むべき道だから」
そう言って笑う彼女は昔とは違って大人びていた。羨ましい、自身のエピソードをそこまで誇れるなんて。『白鳥の湖』はオデット家に代々受け継がれてきたものだったけど、オデット夫妻には子宝に恵まれなかった。世間の目を気にする王立区は孤児院から子供を貰い、素質のあるものを家の者として迎えてそうでないものは召使として扱われる。ほんと、クソな地区だ。
「私はブルー地区にある訓練学校に入ったけど、イルは中央区の訓練学校に入ったじゃん。ずっといえなかったんだけど
……翼は戻さないの? あの時とは違って、私は戻す術を持っている」
「マリーナ、私はもう翼を戻そうなんて思ってないのよ。昔は翼があれば家になんて縛られなくて済むと思ってのは事実。でも、今は彼の隣が私の居場所なのよ。飛び立つ理由なんてない。それでも、獣人としての強みを持つ尾真田さんも大神さんも羨ましいとは思っている」
獣人族であるのに選ばれてしまった私は翼をもがれてしまった。これが白鳥のような白ならもがれなかったんだろうけど。
マリーナは肘で軽く小突いてくる。
「幸せそうな顔しないでよイル。妬けちゃうじゃん」
「はいはい。世間話してる場合じゃないのよ。困った事に同じ場所を回ってるだけみたいなのよ。ほら、私の水糸がある」
足元にはキラリと光る糸が地面すれすれを張っている。どうしようか、右に曲がっても左に曲がっても正解の道は見つからない。
「うーん、じゃあ壁壊す?」
「は?」
マリーナは灰色の壁に触れる。さも当然かのような顔をしているから、ぶっとんだ考えだという自覚はないようね。
地下ということもあるから、無闇に壁は壊せない。ため息をつきながら頭をガシガシと掻いていると、張り巡らせていた水糸に何かが当たった。ばっと振り返るも、そこにはただのコンクリートの地面しかない。
「マリーナ、この近くで反応があったわ。でも、姿が見えないっ!」
「近くで? 他にも糸は張り巡らせているのに? とりあえず、逃げるよっ! 見えない敵相手するのはちょっと厳しい!」
マリーナは私の腕を掴んで右に曲がる。二人の靴音だけが響いて、水糸が反応したというのは私の気のせいじゃないかと思い始めていた。
ゴゴゴ……そんな地響きが地面の下から聞こえてきた。巨大で這うような、そんな音だ。その直後、すぐ近くの水糸が触れるのではなく切れた─────
水糸が切れる? あり得ない! あれは鉄線並の強度がある。どんな化物がいるんだ。私は水でできた壁を作って、マリーナの手を掴む。
「マリーナ! 下からだ!」
刹那、私達の体は何故か吹き飛んでいた。灰色の壁に体を打ち付け、痛みが痛覚として反応するのは遅く、頭は混乱していた。分厚い壁を作ったつもりなのに、体は吹き飛んで壁が消えた? 何が起きた? 敵はどこから?
疑問符しか浮かばない頭を持ち上げ、視覚から情報を得ようとした。
そこにあったのは巨大で太い緑色の植物の茎であった。すぐにそれは消えてしまったが、あれが水の壁を壊したのだと理解した。
「ジャックくん、手加減してください。私まで死ぬところでした」
「大丈夫っしょ。あんた強いし」
黒フードを身に着け、雄鹿の頭蓋骨を被った者と穢れなんてないように見える少年が立って私達を見つめる。頭蓋骨の方は表情がわからないけど少年の淀んだ翡翠色の瞳が明らかな殺意を物語っていた。
「エピソードとは奇妙なものですね。同じエピソードを所有できないなんてことはなく、登場人物と共鳴することによって力を得られるそうなんです」
「あなた誰かしら? 獣くさそうね」
「申し遅れました。私、イル・オデットの血からできた怨毒……『白鳥の湖』に登場するロットバルトです」
ヒュッと喉が鳴った。心臓が口から出たんじゃないかと思うほど、鼓動はうるさく、冷や汗は背中をツゥーっとなぞる。
同じエピソードを持つ怨毒? そんなことがありえるの? でも、ロットバルトは確かに童話の中に登場する悪魔で悪役─────
あ、そうか。
抱いていた恐怖も疑問も全て消え去った。やるべき事が見つかった。
「ロットバルト……怨毒化してる風にはみえないけど、てめぇはここで倒す。死ぬまで踊り続けようじゃねぇか」
「望むところですオデット!!」
作り出した無数の水の矢が放たれるが、巨大な植物が壁となって当たらない。ロットバルトと私は剣が重なり、腕が震えた。力差では向こうの方が上で、どれだけ力を入れようとロットバルトが下がることはなかった。
力を抜けば、隣の少年に気を取られたら、間違いなく私は死ぬ。だけど、私は目の前の敵から絶対に目を離さない!
馬鹿げた被り物の先にある瞳を睨みつける。紫色の淡い光を放つ瞳が僅かにほくそ笑んでいるようにも見えた。
「その首取ってやらぁっ!」
見えてはいないけど、足元に何かが蠢く地響きが伝わってきた。
「ちょっと、私の事忘れてんじゃねぇよ。か弱い乙女にでも見えたんかよ」
下卑た声をしたマリーナがすぐ近くまでやってきていた植物の茎を短剣で断ち切った。それに驚いたロットバルトは私との距離を置いては剣を構える。
「イルはあの頭蓋骨を私はあの陰気そうな少年をやる。
「足引っ張んなよ
中学以来の共闘に胸が踊ったのはわたしだけじゃないはずだ。
「ぶっ飛ばされる覚悟はできてんだろうなぁ。三下共!!!」
二人して昔よく言い回していた言葉が思わず重なった。最期に、マリーナと共闘出来て良かった。
───────────……
「巨大迷路はうまくいってるみたいですね。即席の童話なので長持ちはしませんが、敵の戦力は減りますね。あと……二十分程は効果は続きそうですが、厄介な事になりましたね」
アダムは血で濡れた神像を睨みつける。隣には黒く巨大な狼が立っており、唸り声を上げていた。
「やはり弟の神像だけあって、心を開くのも弟のみですか……メルヘンズの血なんて必要なかったのですね」
ため息をつくアダムは神像に背を向け、不敵な笑みを浮かべる。視線の先には返り血を浴びたヘイトリッドが立っていた。
「金の王冠、赤いマント……君がヘイトリッドですね?」
「てめぇがアダムか。アルマを返せ」
「えぇ、もちろんですよ。もうそこの狼は用済みです。ですが、いただけませんね。この神聖なる場所に君が来るなんて……お引き取り願おう」
一瞬にしてアダムはヘイトリッドのまえに現れて肩に触れる。するとヘイトリッドはどこかへ消え、その場には巨大な狼とアダムだけが残っていた。
「さて、メイジー・シャルル。君はあの王様を相手してあげてください」
そう言うと巨大な狼は高く飛び上がり、どこかへと走り去っていく。
「この悲鳴も懐かしい……この犠牲は未来の為、全ては真の世界のため」
アダムは両手を広げて狂気的な笑みを神像に向けた。
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