第56話 女王への謁見

 大型怨毒が現れ、無人の街となったゴーストタウン。空からでも多くの怨毒と黒ローブが確認され、その中にはジェスターが操っていたはずの改造人間達がいる事も分かる。


「洗脳を解く条件がわかっていたか、それともアダムが何らの方法で解いたか……どちらにせよ厄介ね。どうする? デリットちゃん」


 私がそう尋ねるとデリットは息を一つ吐き、悲しげな目をする。罪を償いたい彼女はまた罪を重ねることになる……だけど、身を引けば救えるはずだった命は亡くなり、また違った罪を背負うことになる。本当にこの組織には面倒で同情したくなる人しかいない。


「……やろう、先に武装して入り口を守っている連中から倒す」


「それが一番ね。私達、大雑把にしかできないものね」


 他の部隊は改造人間達と睨み合っている。さて、先に手を上げさせてもらおうか。


「"エピソード─────かちかち山"」


「"エピソード─────雪の女王"」


 一方は炎を身に纏った兎が、一方は氷像のトナカイが現れ空中を走る。もちろん夜であるため誰もが上を見上げ、指差しながらなにか叫んでいた。


 一瞬、赤の閃光と白銀の閃光が空中で弾けると半分は赤々と燃え盛る炎の海に、半分は冷気漂う氷壁へと姿を変える。巻き込まれた英雄ヴォートルは灰となり、氷像となる。

 こんな地獄は瞬きをしている間に出来上がり、予期して動けなかったものが待つのは痛みのない死であった。


「はぁ、最初から最大出力は中々にきついわね」


 私の腕は霜が覆い、指先は凍傷を起こして青くなり始めていた。ちらりと横を見るとデリットの腕も熱湯にでも当てられたかと思えるほど赤くなっていた。まぁ、これぐらいは放っておけばそのうち引くものだし、今は内部に入って日記を奪うことが優先すべきね。

 ゴーストタウンの一望を見渡せる廃ビルから飛び降りようと身を乗り出したとき、濃い霧が立ち込めてきた。


 この霧は、この殺気は……!!


「シルト──────」


「デリット行け!」


 デリットの背中を突き飛ばし、廃ビルから逃がす。これは、私との一騎打ちをご所望だな。霧の中に囚われ、デリットの声も聞こえなかった。右も左も、上も下もわからないような濃い霧の中、不気味な笑い声だけが響く。

 背中をなぞる冷たい殺気と、歪む足元に思わず倒れかけるが、それに背中を支えられた。


「あらあら、社交ダンスのつもりかしら?」


 霧が晴れて、眼界に広がるのは廃ビル……ではなく、コンクリートで固められた広くて殺風景な場所であった。しかし、妙に生臭くて鼻が曲がりそうだ。地面を見てみると、赤い液体が飛び散っていた。白いブーツが汚れていくことに不快感を覚えながらも鎧を着た氷像の騎士を二人作り出す。


「おや、シルト・セルバンテスだけですか……まぁ、いいでしょう。どちらにせよあなたは厄介な方ですから」


「ジャック・ザ・リッパー……あなたの能力かしら、今まで顔も名前も忘れていたわ」


「その通り。私の存在を知る者は誰一人としていないのですよ。顔も声も性別も知らず、覚えているのはその名前だけ。殺人鬼に相応しいとは思いませんか?」


 眼帯をしたジャックは綺麗な笑みを浮かべる。こんな所で時間を食っている場合じゃないというのに……舌打ちしそうになったがなんとか抑え、作った笑顔を見せる。


「時間稼ぎなら結構よ。ほら、怨毒も隠してるんでしょ? さっさと出しなさい。私は暇じゃないの」


 ジャックは眼帯をしていない目を大きく開け、挑発的に顔を歪ませる。笑顔というにはあまりにも不気味で気持ちの悪いものであった。人を煽ることは上手いようだ。

 ジャックの周りには白く濃ゆい霧が立ち込め、その奥からは人の姿をしていない黒い巨体がぬっと現れる。


 大小様々な怨毒がご丁寧にも一列に並び、無数の紫色の瞳で私を捉える。地面が溶けるほどの酸性の涎を垂らすもの、言葉とはおおよそ呼べない喘鳴を出すもの、四足歩行となって長い舌をデロリと出しては不気味に笑うもの……不愉快だ。


「これらは童話にもなれなかった正真正銘のバケモノです。まぁ、人であった記憶は持っているみたいですがね。最期に見れて良かったのでは? あなたもいずれこうなります」


 その言葉を合図に無数の怨毒は叫びながら私へと向かってくる。あぁ、実に不愉快だ。


「私、物言わぬ氷像が好きなの」


 叫び声は徐々に薄れ、怨毒の行進も私の目の前で止まる。パキリと音を静かに音を立てた怨毒の黒い体は霜で覆われ、白い体へと変わっていく。ありがたいものだ、寒さが伝わりやすいコンクリートの部屋に呼ばれるだなんて。


 怨毒は骨の髄まで凍った氷像となり、私が軽く触れるだけで派手な音を立てて破片を飛び散らせる。氷の欠片には凍った肉塊が入っていた。しかし、それはすぐに黒い塵となって消えてしまい、尖った氷の欠片だけとなった。

 一瞬にして破片となった怨毒だったものをジャックは唖然と見つめていた。口をパクパクと鯉のように動かすが、声は出ていなかった。


 私が一歩踏みだせば豪華な装飾が施された氷の床に、もう一歩踏みだせば白銀の世界が見える巨大な窓がついた氷の壁に、ジャックの顔に触れれるほどの近さになると、何段もある巨大なシャンデリアのある天井に変わる。

 青白い氷だけで作られた城の内部はなんの面白みもない。光が差し込めば反射して目がくらみそうになる。


「白一色で染められた城も中々いいでしょう? 女王と踊れることを誇りに思いなさい」


 吐息混じりの声を聞いたジャックはみるみるうちに青白くなり、叫び声をあげようと口を大きく開く。しかし、食う気があまりにも冷たいせいか咳をするだけ。


「や、やめ──────」


「やめる? あの怨毒も同じことを言ったはずよ? そう言えば……あなた劇場は好きよね? 優しい私がオーディエンスを用意してあげるわ」


 冷たい息を吐くと、着飾った婦人や紳士が拍手をしながら踊る私達を見て微笑んでいる。


「違う、こんなのは観客じゃ……」


「虚しいものね。顔も声も性別も覚えられないあなたの最後は名前すら覚えられず、あっけなく死ぬ運命だなんてね」


 私は手を取ってジャックと共に踊る。拒否しようにも恐怖と寒さで体が思うように動かない。いい気味だ。

 やがて婦人や紳士はジャックの手によって死亡したエピソーダーやストーリアの者達へと姿を変える。ジャックの表情はさらに絶望へと変わり、逆に私は笑顔へと変わっていた。


「やめ、やめろ! 私は、ただ……安定した人生を歩みたかっただけなのに」


「安定した? 残念ね、この時代に安定なんてないのよ? でも、私はとても優しいからあなたの時間を止めてあげるわ─────永遠に」


 小さな悲鳴が響いたときには立派な氷像が出来上がっていた。オーディエンスも豪華な装飾が施された壁や床も消え去っていた。残ったのは氷像と氷の欠片のみであった。白の隊服を整え、少し血で汚れた白のハイヒールブーツで扉へと向かう。


「覚悟違うんだよ、役にもなりきれん青二才が」


 白い息が口から漏れながらも言い放つと、氷像はガシャンッ! という音を立てて弾けとんだ。


「さて、教会に行こうかしら」


 もはや感覚のない指先を擦りながら私は地下室から出る為に歩く。

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