第1.5章 番外編
番外編 桃と花
命に別条はないものの……精神の傷が腹よりもとてもとても深いのです。私は怨毒を弔うどころか、人を殺してしまった。罪には問われないようだが、実際それが一番辛い。
「いっその事、あの女と死んだ方がよかったのでしょうか」
「む! 顔が暗いぞ花神さん!」
大量の桃と花を持ってやって来たのは第二部隊副隊長の桃瀬鬼平さんでした。あの人もかなりの傷を負ったと聞きましたが、ものの数日で治すなんて……やはりおとぎ話の桃太郎そのものなんでしょうか。
「今日も来てくださったのですか? ありがとうございます。ですが、私はあと数日もすれば退院するので心配ご無用です」
「確かに身体的には回復しているが、問題は精神面だ。花神さんは自分がやった事を悪だと思うか?」
「いえ、私は怨毒化の解けた一般人を殺しました。しかも私怨のためだけに……私は桃瀬さんのように穢れ無き正義を歩く事はできないのですよ。刀を握ると思い出すのは両親や孤児院にいた子を、刀を振るうと怨毒となった彼女の顔と孤児院にいた職員の怯えた瞳……今更、真っ当な道は歩けません」
「俺も、今やっていることが善だとは思わないぞ」
桃瀬さんは持ってきた花束を花瓶に生ける。正しき白をゆく彼が善でないとなぜ言えるのだろうか。
「第二部隊に所属して初任務のとき、鬼の姿をした怨毒でな。苦しくないよう弔ってやろうとしたんだ。だがな? その怨毒は暴れることもせず、ただ赤の他人である赤ん坊を守っていたんだ。傷だらけの体で赤ん坊を俺達から守る怨毒の側には空の哺乳瓶が転がっていた」
「まさか……途中で人間性を取り戻したのですか?」
「あの怨毒は最初から暴れることもなく、スーパーで哺乳瓶と粉ミルクを買いに来ただけだった。三メートルもある巨体で店は壊れていたが、負傷者もおらず、レジの側には金に見立てた木の葉が数枚置かれていたらしい。山に住んでいたその怨毒は俺達に危害を加えることもなく、赤ん坊の待つ山小屋へと走った」
桃瀬さんは鉄の拳を強く握り、眉を下げる。
「ただ、目の前にある命を救いたがっていた怨毒を寄ってたかって攻撃し、最後は赤ん坊を俺に預け、笑みを浮かべて消えていった。怨毒の全てが悪いのではない。そうは思っていても、やはりどこかで悪だと思っている自分がいたんだ。でも、今の世界を変えるには怨毒は倒さなくてはならない。善を望んでもやっていることは限りなく黒に近い正義なんだ」
桃瀬さんはそう語る。そうだ、そうだった……この人は人類最強と言われた第一部隊隊長の次に強い無能力者でした。腕を無くし、エピソードも使えず、ここまで這い上がってくるのには多くの怨毒を倒さなくてはならない。第二部隊の副隊長となった彼の足元には多くの弔われた怨毒がいる。
「残念ながら俺には皆を救える力も頭脳も持ち合わせていない。そんな俺ができるのは今を生きる人達を救うことと、復讐だけでこのストーリアに来るのを止めるためだ。純粋な子供が私怨で顔を歪ませ、幾つもある将来の道を閉していくのは辛い……復讐心だけでは長くは続けられない仕事だからな」
「子供達のため……ですか」
「あぁ、恨みや憎しみを減らすことも俺達の仕事だからな。それに! 未来ある若者から青春を取り上げるなんて駄目だろ? こんな血なまぐさい道を歩いてほしくはないからな! そこは花神さんも同じなんじゃないのか? 戦いのさなか、市民を思いやれる君こそ穢れのない正義の持ち主なんじゃないのか?」
屈託のない笑みを向ける桃瀬さんは優しく頭を撫でる。
「刀、まだ持てないんだろう? 最初は誰だってそうだ。俺も、ヘイトリッドもあのアルマだって竹刀を持つだけでも吐いていたからな! 今も刀を握ると俺も記憶が蘇る。だが、俺が死ねば何百人と怨毒に巻き込まれあるいは怨毒となって苦しむ人が現れる。だから……俺は刀を握る」
「……とんでもない自信ですね。でも、確かにそうかもしれません。こんな私でもあなたのようなヒーローになれるでしょうか」
「ヒーローには色んな奴がいるだろ? 強くて頼れるヒーローというのは色んな奴がいるから強いんだ。一つに絞る必要はない! それに、君はもう誰かを救えるヒーローだぞ」
渡されたのは覚えたての言葉で書かれた手紙だった。中身は幼稚園児の少女からお礼の言葉だった。途中で何度も書き直したのか鉛筆の跡が見え、何度も字を間違えている。それでも、『ありがとう』という感謝の言葉は丁寧に書かれていた。
「君がいなければ死んでいた命だ。前を向け、とまでは言わないが自分の事もう少し高く評価してもいいんじゃないか?」
たった一通の手紙、ただの先輩の言葉、それなのに勝手に救われている気分となるものなんですね……どうせ、いつかは死ぬ運命です。しかし、それは今じゃない。どちらにせよ地獄行きには変わりのないことなんですから、手の届く範囲で今ある命を救いたい。 悔いの無い人生を歩まないといけません。
「もう少し、頑張ってみたいと思います。冥土の土産としてストーリアでの話もしたいですし」
「む! それはいいことだ! いいじゃないか、青い目に炎が宿ったようだな。また、いつでも俺を頼ってくれ! 同郷のよしみだ! 特性の桃をやろう!」
「え!? ちょ、だから桃はもう大丈夫ですよ! あ、あと近いですし」
整った顔が近くまでやってきて、食べやすいサイズに切られた桃が口元までやってくる。本当に同じブルー地区出身なのでしょうか。こんなに優しく、お節介な人は初めてです。逆にこっちが恥ずかしくなります。
「ひ、
「ひとたらし? どういうことだ? 俺はただ花神さんを心配して────」
「そういうところです!」
枕を桃瀬さんに押し当て顔を見られないようにし、私の口元まで運ばれていた桃を食べる。人から食べさせてもらうのも恥ずかしいですが、これもなかなかに恥ずかしいものですね。
桃瀬さんは驚きながらも笑い声をあげ、桃を食べる私を心底嬉しそうな顔で見ていた。
少しだけ、輝いて見えたのは秘密です。
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