ハッピーハロウィーン!①

 光も差さない暗い森の中、一つ青白い火の玉が浮かぶ。それはゆらゆらと揺れ、どこかへと向かう。やがて火の玉は紺色の髪をした浅黒い肌の男の周りをくるくると回り始める。


「そうかそうか、もうそんな時期か。よいよい、明日は我らが人の目に映る時期。皆の者、心ゆくまで楽しもうではないか」


 男は盃に入った酒を飲みながら人ならざる者達に向かって話しかけていた。


 ────────……


 10月31日、街は仮装集団が蠢く本来のハロウィーンを忘れたヒト達で賑わっていた。まだ昼だというのにもう仮装してるなんて、気が早いねぇ。


「はぁ、またこの季節が来ましたか。英雄ヴォートルの件で忙しいというのに復興したても相まって今年は多いですね。交通規制に、暴力沙汰、最悪な展開である怨毒の発生の可能性もあるというのに……仮装して歩くよりも家にいて欲しいですよ」


 アルマが大きなため息をつき、書類の山を整理していく。ここ中央区は様々な文化が入り乱れる地区、他の地区は仮装することなく先祖の帰りを待ったり、供物を創造神に捧げたり、月を見ながら団子を食べたりするらしい。王立区は闘技大会を行ない、創造神に強さを見せるらしい。


「中央区の仮装文化はブルー地区とは違って斬新ですよね。まぁ、見る分には楽しいという意味なので私は混ざりたくありませんが」


 アルマの書類を手伝う花神さんが冷めた目で仮装したヒト達を見る。花神さんはああいう行事は好きじゃなさそうだから冷めた態度も納得するよ。


「そういえば、どくろさんはブルー地区出身だったね」


「テュランさん、そのどくろさんというあだ名は……はぁ、もういいです」


 おや? これは訂正するのも諦めたようだ。


「ブルー地区は十五夜といってお月見をする風習があるんです。10月の初め頃の満月を見て、10月31日は自宅に和菓子を供えて子供達に配るのです。本来なら9月頃に行うのですが、中央区を基準とされたので時期が多少ずれています。ですから仮装もしませんので騒がしくなることもありません」


「ブルー地区ってパーティーみたいな行事はないよね。正月頃にある酒飲み大会ぐらいじゃない?」


「まぁ、酒の力は偉大ですからね。どんなに大人しい人が騒いでも、全てが酒のせいに出来ますから……和の育ちは異常なほどに周りと合わせたがるので、一人だけ目立つ行為はしたくないものなんです」


 テレビ中継や窓の外ではたくさんの仮装集団がはしゃいでいる。皆がやってるからやる、これは集団心理に似たようなものなんだろうねぇ。仕事が増えるからやらないで欲しいんだけどなぁ。

 それに、本来のハロウィーンを忘れられてるのはちょっと悲しい。これじゃあの世から来る霊もドン引きだよね。


 カリカリとボールペンが走る音が部屋をまたも覆う。昼は書類、夜は見回り……人形なのになんだか疲れてしまうなぁ。ため息が漏れたその時、二人分の足音と共に扉が開いた。


「トリック・オア・トリック! 菓子はいらないがイタズラするぞ」


「トリート・オア・トリート! お菓子をくれないと一緒にお菓子を買いに行くぞ!」


 なんとしてもイタズラをしたいヘイトリッドと、どうしてもお菓子をたべたい桃瀬さんがやってきた。しかもヘイトリッドは眼帯を付け、赤いコートが目立つ海賊の仮装をしており、桃瀬さんにいたっては包帯がクビまで巻かれた暗い着物を着たなにかの仮装をしている。


「……ヘイトリッド、あなたが海賊の仮装なのは分かりますが鬼平に至ってはなんの仮装かわからないのですが」


「む? これは百々目鬼という目が体中に沢山目がある妖怪の仮装だぞ! 本当なら侍にしたかったのだが、ヘイトリッドがおもしろくないといったのでな。それに、今年は中央区の派遣として来たんだ! 他にも用はあるが……まぁ、話すことでもない! 仮装楽しみだな!」


 屈託のない笑顔で答える桃瀬さんに何も言えないアルマと、普段の格好とは違う桃瀬にときめく花神さん。そして、桃瀬さんにばかり注目されて少しむくれているヘイトリッド。


「有給使ってまでやることかね。第二部隊隊長の火山さんはレッド地区でまたあの訳のわからんパーティーでもしてるのか?」


「いや、今日は死者が帰る日だとも言われているからな。教会で懺悔をし、お墓に行くそ

 うだ」


 それを聞いたヘイトリッドはあぁ、と声をもらしてそれ以上はなにも話さなかった。このストーリアは本当にややこしい事情を持った人が多いなぁ。

 ハロウィーンに関係のあるエピソーダーなんだし、参加してみたいところだ。あと、単純に書類の山から逃げたい。


「アルマさん、僕もハロウィーンに参加したいなぁ」


「いいですよ、と言いたいところですが第五部隊は半端じゃない人員不足です。警察には出動してもらいますが、我々も見回りはしますよ。まぁ、周りの人が仮装をしているので周囲の状態を観察する為に我々も仮装はしますよ」


「ほんと!? やったね!」


 喜ぶ僕を見て親のような笑みを向けるヘイトリッド達。それに対して厳しい目をした仕事モードのアルマは再度忠告する。


「いいですか? 遊びではありませんからね? 毎年中央区には迷惑な人達が溢れかえり、他部隊の者からの手を借りなければならない始末です。そして、厄介な事に今年は地区長と各隊の隊長による定例会議です。本来ならずらしてもらうのですが、上は融通がききません。加えてどの地区長も奇人変人ばかりで……」


 その後もブツブツと文句を呪文のようにアルマは唱えている。上の立場の人はいつだって頭を抱え、胃に穴を開けてそうだ。人形のくせにアルマに同情しているとヘイトリッドが耳打ちをしてきた。


「あいつ、ハロウィーンが好きなんだよ。なにせ甘い物好きだからな。それが会議で潰れるのが嫌で嫌で仕方がないんだ」


「あぁ、だから落ち込んでるんだね。じゃあ副隊長であるヘイトリッドが指示を出すの?」


 そう尋ねるとヘイトリッドはなぜか得意げな顔をする。そういえば、昔はアルマと桃瀬さんのリーダーだったと言っていた。暇さえあれば酒を飲んでるヘイトリッドだけど、意外と真面目なのが何故か腹立たしい。


「俺は優等生だからな。まぁ、そろそろあいつの肩の荷を下ろしてやる時も来たしな……うっし、とりあえず花神とテュランは仮装の準備と警備の予定地を確認するぞ。アルマ、この資料忘れるなよー」


「仕上げてくれたものですか、ありがございます。では、私は先に行きます。皆さん、羽目を外さないように。問題をおこせば書類だらけの机にさらに書類を乗せて白い巨塔にしますよ」


 そう言い残して出ていくアルマの顔は本気だった。これ以上の仕事はしたくない。それに、僕は人一倍そういうのには気をつけないといけない。一瞬にせよ敵側の人形だったから未だに他部隊からの信用はほとんどない。今後回復する見込みすらない。ここで僕が問題を起こせば……いよいよ首が危ない。


「よし、まずは着替えるぞー」

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