ハッピーハロウィーン!②
あの後、ヘイトリッドは既に衣装を買っていたのか何着か僕と花神さんに強制的に着替えるよう指示された。花神さんは悩むこともなく一番楽で動きやすい吸血鬼のコスプレをする。タキシードに襟を立てた黒いマント着て、付け歯をしているだけかと思えば赤いカラーコンタクトで瞳を赤くしていた。
意外にもノリノリだ……!
「僕は普通に死神とかでも良かったんだけどなぁ……鎌あるし」
「似合ってるぞ! テュラン少年!」
百瀬さんはそう言うが、鏡に映る自分はちっとも怖くない。三角なのか丸なのかよく分からない帽子に、目の前は邪魔だからと移動させた赤文字の札は右の視界にちらちらと映る。黒をメインとした袖の長い服には赤いラインが入っている。
「なんだろ、皮肉なの? 確かに僕は一回死んでるけどさー、キョンシーと同じ部類にされるのは嫌なんだけど」
あくまでも死人ではなく、球体人形なんだから納得はいかない。
「まぁ、似合う似合わないよりも本人かどうか分からないようにするのが目的の仮装だからな。そこは勘弁してくれ」
「前から思ってたけどさ、僕達の顔ってよく知れ渡ってるの? こういうのもなんだけど、ストーリア自体は有名だけどシルトさんのようにモデルでもやってないと顔は覚えられないんじゃない? ほら、強豪校の野球部は知ってるけどその野球部員は知らないみたいな」
僕がそう尋ねると、ヘイトリッドは何かを思い出したのか嫌そうな顔をする。横にいる桃瀬さんでさえも少し苦い顔をしている。
「実は、毎年ストーリアを知ってもらう為にカレンダーの製作、グッズなんかも売られてるんだよ。第二部隊の隊長、火山さんとアルマは諸事情により一切のグッズもないからコアなファンからは幻あつかいされてる」
「カレンダーは何かと決めポーズをしなきゃいけないから小っ恥ずかしくて俺は見たこともないぞ! 有名になるのはありがたいが、中には困った人もいてやたらとついて回るんだ。危ないから離れてほしいが聞き入れてくれない……ちくわの耳のようだ!」
ヘイトリッドは身震いをして、顔を青ざめ始める。桃瀬さんも面白おかしく終わらせようとするが、かなり迷惑しているのかめずらしく真顔だ。ヘイトリッドは性格はともかく、顔は整ってるからなぁ、酒飲みの何がいいのか。桃瀬さんが人気なのは納得。
「とりあえず、俺達だとバレればろくなことがない。どうにかこうにかしてバレないように動け。テュランは……この場所をよろしく頼む、他部隊の連中が途中で合流するはずだ。あと、角の生えた男は要注意人物だ。毎年現れては人が消えてる。本音を言うと街の警備よりも俺達としてはそちらを優先したい。エピソーダーの可能性もあるからな」
話題を変えたいヘイトリッドは地図を取り出し、場所を指定する。僕の場所は人通りの多い交差点だ。人はたくさんだけど、酔っぱらいと絡むよりはマシかな。花神さんは飲食店街だったらしく、顔をしかめていた。それにしても角の生えた男か……仮装集団に紛れてるから見つけづらくて情報が少ないのか。
「いいか、何かあればすぐに呼べよ。緊急時である怨毒以外でのエピソードの使用は禁止だ。後から警察の奴らに文句つけられるからな。質問はあるか?」
僕達は質問はなく、静かに首をふる。ヘイトリッドはじゃあ行くぞと言って車の鍵を持った。
────────……
夕日がビルの海に沈む頃、人は群れるように街を歩いてる。ただ何かを買うわけでも無く仮装した姿を見せながらまたは見ながら歩いている。ハロウィーンも昔とは違って楽しくなったよね。研究室に山ほど隠されていた古代の書物によるとハロウィーンはただの収穫祭が始まりだったらしい。
「平和ボケしたんだろうなぁ。まぁ、でも楽しそうでなによりだよ」
そんな事を呟いても全く返事はない。僕がどんなに話しかけても彼は何も聞いていない。聞こえていないというのが正しいのだろう。なにせ、ヘッドフォンをして外界の音を遮断しているから! しかも妙に揺れてるのが腹立たしい。
「ちょっと! 聞いてる?」
「……迷子?」
「ちがう! 第五部隊のテュランだよ! 球体人形の! 君は……誰なの?」
気だるげな白髪の青年は薄い灰色の目を大きく開け、僕と目線が合うようにしゃがむ。しかしその間もヘッドフォンはしたままで話を聞いているようには見えない。
「俺、第一部隊のワイアット。花神露と同期」
「やっと名前が聞けたよ……僕はわざわざ仮装したのに白髪君は仮装しないの?」
「別にいい。皆が仮装してる、わけじゃない。できればここにも来たくなかった……ここ、うるさい」
ヘッドフォンを外すことなく僕と会話をし続けるワイアット。しかも口下手なのか知らないけど言葉をオブラートに包むわけでもなく、裸のまま投げつけてくる。そんな話し方だ。
「うるさいもなにも、ヘッドフォンをしてるじゃないか」
「したくてしてるわけじゃない。それよりも角の男探す、優先。テュランくんのみたいな子供、注意しても意味ない」
しゃがんだまま整った顔で微笑みかけてくる。なにこれ。僕、馬鹿にされてるの? でも悲しいことに子供が注意してもかわいいねで済まされるか、うるさいガキだとしか思われないのが現実。だとしても言い方が気に食わない。
「もうちょっと包んだ言い方しなよー、別にいいけどさ。警備はどうするの、いくら警察でもこれだけの人数は相手に出来ない。怨 毒相手なんて僕ら以外に誰ができるのさ」
「たぶん、ここにいなくていい。ここ、結構な部隊が来てる。俺とテュラン君、鬼探しに任命された。本当は副隊長が行く予定だった……組長、心配性」
「組長?」
「こっちの話。とりあえず、鬼探す。毎年、ここに来る」
ワイアットはそう言って僕の許可も無しに持ち上げて肩車の状態にされる。端から見れば仲の良い兄弟かもしれないが、こっちとしてはたまったもんじゃない。いくら子供の見た目でも中身はそこまで子供ではない。子供扱いされるのはとても楽だけど、こんな子供扱いはプライドがズタズタにされる。
かと言って、今ここで苦言を吐いたとしてと彼はこの肩車をやめないだろう。高いところから僕は見え、迷子にもならない。
「ねぇ、あてもなく探しても意味なくない?」
「……トモダチ教えてくれた。鬼、毎年大きなクスノキにいる。捕まえるのダメ。あくまでも調査」
「わかってるよ。疑わしきは罰せずでしょ? せっかくのハロウィーンなのに仕事とかありえない! この雰囲気をまだ楽しみたいのにー」
ワイアットの頭上で愚痴をこぼすが、ワイアットは歩みを止めない。それどころか話そうともしない。返事ぐらいしてほしいものだよ、これだと駄々をこねる子供じゃないか。
─────────……
人の波に逆らって向かうのは樹齢何百年だと言われている中心街からはなれた公園。仮装集団は少ないものの、休憩にやってきた人や子供だけが仮装した家族連れも見える。まぁ、確かにあんな所に子供を連れていくわけには行かないよね。だからこそみーんな静かな公園を選んだわけだ。
「……ねぇ、もう降ろしてくれない? 人もそんなにいないよ?」
「ごめん、忘れてた」
ワイアットは不機嫌な僕を降ろし、目線を合わせる為に再びしゃがむ。気配りは花神さんよりできるんだけど、何かあれば頭を撫でるのはやめていただきたい。悪意がないから本当に面倒だ。
「そんなしきりに撫でなくていいよ。僕、犬じゃなくて人形だから」
そう言うとピタリと手は止まり、ワイアットは恥ずかしそうに目をそらす。
「……癖で」
やっぱり犬感覚だったのか!
本当に合わせづらい人だなぁ。全然読めないし、話さないし、不思議なオーラを纏ってるから何に興味があるのかも探れない。こんなので鬼なんて見つけられるのだろうか。
ため息をつき、少しズレた帽子をもとの位置戻していると頭上から知らない声が降ってきた。
「ほぅ、特殊な耳を持つ少年と冥土から戻ってきた人形の少年か……どちらもおとぎの匂いがする」
後ろを振り返るよりも先に、ワイアットが僕を男から引き離す為に腕を引っ張る。一瞬、何が起こったのか理解できず、目をパチパチとさせているとワイアットが僕を庇うようにして立っていた。
ワイアットと対峙しているのは……浅黒い肌に紺色の結った髪をした男。しかも至る所に白い傷が目立ち、額には黒い一本角が見えていた。
「我の名は
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