ハッピーハロウィーン!③
外道丸と名乗る男は暴れる様子も見せず、ただただ天まで覆いそうなクスノキを見始める。灰色の着物には何も描かれておらず、唯一帯だけが青色であった。
「もうあれから数千年……ついに約束が果たされたかと思えばおとぎを背負うお前達に出逢うとはなぁ。我を狙いに来たということは、また時を繰り返すつもりか?」
「君の言ってることはよくわからないけど、とりあえず警察署まで来てほしいね。おすすめの精神科医も教えてくれるかもよ」
僕がそう言うと外道丸はふんっと鼻を鳴らし、裾から赤い紐が付いたひょうたんを取りだし、ぐいっと勢いよく飲み始める。
「今は酒も変わって飲みやすくなったなぁ。苦味がない。この国のように物足りない。さて、どうせやるなら広い場所へ向かうとしよう」
突如、体が岩でものしかかったかのように重くなり、頭に何かがぶつかるような鈍い感覚が襲う。痛覚は鈍いけど、頭が大きく揺れる感覚は気持ちが悪い。
「"エピソード──────けちんぼジャックとあくま"」
そう言って服がキョンシーから元の黒い服とちゃんとしたとんがり帽子に変わり、横には大きなパンプキンを作り出す。
「……気に食わんな。おとぎならば南瓜ではなく、
「あいにく、僕は今風な人形なんだ。現代のニーズにあわせてパンプキンにしてるんだよ」
その時気づいた。周りの景色が公園から季節外れの桜が咲き乱れる夜の庭園へと変わっていることに。
「言っただろ? 広い場所に出ようと」
外道丸は桜の根本に座り、ひょうたんに入った何かを飲み始める。パンプキンを火の玉に変え、とりあえず外道丸にぶつけようとするが外道丸は大きく手を横に振った。たちまち風が巻き起こり、火の玉は火が消えてただよ炭へと変わる。やっぱり無理か。それより、外道丸……この訳の分からない場所に移動してから体が大きくなっているような……
「仕掛けたのはそっち。正当防衛、だ」
隣にいたワイアットはヘッドフォンを外す。
「"エピソード─────白へび"」
ワイアットの舌には白蛇が描かれた白い紋章が描かれており、足元からは黒い狼が三匹現れた。狼はワイアットを見つめて何かを訴えかけているが、なにせ狼であるため何を訴えているのか分からない。
「分からなくて当然。聴こえるの、オレだけ。"やれ"」
狼の目を見ながらそう言うと、狼は尖った歯をむき出しにし、風を切りながら外道丸に襲いかかる。
「やはり、生き物の声が聴こえるのか。また珍妙なおとぎだな。だが、たかが犬っころでは我を止めることなどできんわ」
「犬、じゃない。地獄の番犬────"ケルベロス"」
三匹の狼は外道丸に噛み付く寸前でどろりと溶け、二メートル……いや、三メートルはありそうな黒い塊となる。やがて塊は息をするたびに動く筋肉がついた胴体、幹のように太いの四本の足、そしてヨダレを垂らして低く唸る三つの頭の化物へと姿となった。
ケルベロスと言っていたその化物は外道丸を踏み潰そうと、巨大な前足を上げて勢いよく振り下ろす。足場が崩れる岩の音、舞う砂塵。少しの間の静寂は倒したのかと錯覚してしまいそうなものだ。だが、外道丸は狂気的な笑みを浮かべて片手で化物の足を支えている。
規格外だ。
「下がってワイアット!」
宙に浮かばせていたかぼちゃを火の玉に変えて外道丸の周りに浮かばせて火の檻を作る。これもいつまで保つかわからないけど、距離は離しておかないと──────
「今度は鬼ごっこか?」
ワイアットと共に走り出したその瞬間、僕の横には捕まえていたはずの外道丸が横に立っていた。一秒も保たないとか……! 本当にこいつは規格外だ!
拳がこちらへ向かってくるのがスローとなって見える。最悪、ハロウィーンでこんな目に遭うなんて。僕は人形だから修復は可能だけど、ワイアットは生身だ。共倒れも駄目、僕が死にワイアットが生き残るのはまだいいとして、その逆は駄目だ。ただでさえ信用されていない僕がいくら説明しても信じてくれないだろう。なにせ、この外道丸は毎年現れるくせに今まで捕まってすらないのだから。
「あー! くそっ!」
かぼちゃを沢山積んだ壁を一時的に作り、外道丸の死角となる。奴が透視でもできるような目でも持たない限り、一撃は喰らわせるはずだ。外道丸は予想通り壁を壊すが、壊した瞬間に崩れたかぼちゃごと青い火となり体を覆っていく。
壁が壊されるよりも先にかぼちゃに乗って宙を浮かんでいた僕は、背中に隠していた大鎌を大きく振りかぶって外道丸の首を狙う。どうせこちらには気付いてる。そんな事は分かりきってるからこそできる行動だ。
「ほぉ? 人形の割にやるではないか」
「くっ、そりゃどうも!」
鎌は素手の彼によって受け止められ、無残にも砕け散る。どんな皮膚の持ち主だよ。だけど、こっちは二人いるだ。ワイアットの能力はよくわからないけど、その獣の声も聴こえる彼なら人形の声も聴こえて当然だろう。
「"ケルベロス"!」
ワイアットはそう叫んだ。ケルベロスのうちの真ん中の首が外道丸の体を捕えた。鋭利な歯がミシミシという音を立てて外道丸の体に食い込んでいく───────はずだった。
「だが、我を倒せるほどではない」
ミシミシと音を立てていたのはケルベロスの顎の方だった。外道丸は片手で上顎を、もう一方の手で下顎を持って無理やりこじ開けると同時にケルベロスはどろりとした黒い液体となって蒸発していく。
「弱い、弱いな貴様ら。それでも
「みな……誰だよそれ」
「知らんのか? かつて我がちゃんとした鬼でいた頃、騙し討ちを仕掛けた張本人……まさか本当に知らんのか?」
外道丸の問に対して僕達が頷くと、外道丸は深くため息をつき、頭を下げる。
「すまぬ。我の誤解だったようだ、よく見れば我とは少し違うおとぎの匂いだ。これはエピソーダーか……いやはや、本当にすまなかったな」
そう言うと体が浮くような感覚となり、気付けば桜や庭園は崩れて元の公園に戻っていた。クスノキが風に揺られ、ヒトとは呼べないほどの巨体であった外道丸も通常のサイズへともどっていた。
「我は幾千年ともこの『酒呑童子』としての記憶と力を受け継いで来た者だ。貴様らのエピソードとは違い、我のように実在した者から受け継ぐ
外道丸は地面に伏せた僕とワイアットの手を引いて起き上がらせる。色々と変わりすぎて理解できないでいると、タイミング良くヘイトリッドの声が小型マイクから聞こえた。
「"テュラン、朗報だ。あの鬼と呼ばれていたハロウィーン時に現れる誘拐犯を拘束した。どうも攫おうとしていたのが第一部隊隊長であり地区長でもある人の娘だったようでな。まぁ、コテンパンにされて今は警察病院だそうだ。そういうことであとはハロウィーンを楽しみながら見回りをしてくれ"」
ぶつりと切られたマイク。それを聞いていたワイアットと僕は青くなり、外道丸の顔には多くのシワを作り始める。
「鬼、それだけの情報でそんな不埒者と見間違えたのか? そんなに犯罪者顔をしているか?」
「いや、あの……言いにくいけど傷だらけかつ鋭い目つきなんで否定はできないかなぁ?」
なぜ馬鹿正直に答えてしまったのかはわからないけど、過去一番の失言をしてしまったことだけは分かる。ワイアットはさらに顔を青くし、わかりやすく動揺し始める。
そんな僕らを見て外道丸はふっと笑う。
「よいよい、今回は許そう。今年も約束は果たされぬままだったが、良い運動にはなった」
「なんとか殺されずに済んだ……ねぇ、なんで僕達がエピソーダーだとわかったの?」
「急に馴れ馴れしいな人形の少年。そうだな、長年の経験もあるがエピソーダーのような特異な存在は、なんというか古書のような匂いがする」
そんな悲しい事があるだろうか。こんなにも可愛らしいボディーとフェイスであるぼくの体は古書の匂いだなんて……
「傷つく、地味に」
ワイアットは年頃の男。かなり気にしているようだ。そういえば、アルマさんの言っていた乙峰姫花すぐにエピソーダーである事に気づいたと言っていた。
「ヒトにもいるだろ? 妙に勘が鋭い奴。それと同じだ。皆もってるが、我はたまたまそれがヒトより優れているだけだ。あとは家系の問題だな、たまにその勘が優れている奴がいるぞ。質問は以上か?」
「……約束とは?」
ワイアットがそう尋ねると外道丸は悲しげに眉を下げる。
「待っている。待っているのだよ、かつての右腕をな」
それ以上はなにも言わなかった。何千年とこの場所で待っているのか。外道丸に待たれている人はかなりの幸せ者で阿呆者だな。
「……会える。今年は特別だから」
ワイアットはそう言って僕の手を引く。おそらく早く仕事場に戻るぞという意志なんだろうけど、あまりにも急すぎない? 外道丸は鼻で笑ってクスノキを眺めていた。
───────……
「面白い童子だった。今後が楽しみだ」
外道丸はそんなことを呟きながら目を伏せる。整った彼の顔にクスノキの葉が一枚撫でるようにして落ちていった。
「もう、我のように記憶はないのか? 茨木童子よ」
涙も声も押し殺した外道丸がクスノキにもたれかかる。ひょうたんに入った酒を飲むが残りは少なく一口飲んで空となる。なにが特別なのだと愚痴を溢していると、外道丸の着物を引っ張る焦げ茶色の髪をした女性がいた。目を丸くした外道丸が固まっていると女はゆっくり口を動かす。
「随分と待たせてしまったようですね。酒呑童子様」
「まさか……! お主、茨木童子か?」
「はい、ずっと会いたかったです」
涙ながらにそう女がそう言い、外道丸は涙をこらえながらも壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめる。
それを見ていた雀は何度か鳴いたあと、地面から飛び立った。
───────……
個性豊かな仮装集団と同じように徘徊しながら、僕達は本来の任務を全うしていた。ワイアットは肩に乗ってきた雀と戯れたり、道端にいたトカゲなどの生き物とも何かを話しているようだった。流石にこの蚊帳の外である空気は耐えられない。
「……ねぇ白髪くん、なんで特別なんて言ったの? まさかあの場をやり過ごすためのうそ?」
「違う。俺、生き物の声が聞こえる。それは心の声も同じ。あの時、近くで外道丸を探す声、聞こえた。二人、昔からの恋人。俺ら邪魔者」
ワイアットはヘッドフォンをして少しだけ減った仮装集団の群れを見ながら答えた。あぁ、だから足早にあの場を去った訳か。確かに邪魔者だし、そんな海外ドラマのような瞬間は見てたらこっちが照れてしまうよね。なんだろ、僕も待ってた気がするとだれかが待っててくれた気がするんだよね……いや、これはテュランとなる前の僕の記憶かな。
「テュラン君、手出して」
「ん? いいけど?」
とりあえず両手を出すと、ワイアットはポケットから三角の目にギザギザの歯になるようにかたどられた小さなかぼちゃのキーホルダーが手渡された。
「お菓子の代わり。今はこれしかない」
ワイアットは照れているのかこちらとは目を合わせようとせず、ヘッドフォンを強く耳に押し当てていた。こんなことで機嫌が良くなるなんて現金だとは思うけど、やっぱり人から貰う物は嬉しいもんだ。
「へへっ、ありがとう! 初めてのハロウィーンに良いものが貰えたよ!」
そう言うとワイアットは満足そうに笑っていた。
その後、特に目立つ事件もなくアルマさんの為に事前に買っていた甘いお菓子とキーホルダーを持って部署へと帰った。実は今でもそのキーホルダーは宝物だったり……
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