第二章 第三部隊

第32話 白き街の守護者

 シミ一つない白い壁、天井には青白い氷のような透明度のシャンデリア。床は規則性のない模様を持つ大理石に、外国から輸入されてきた暗褐色の絨毯。どれもこれもインテリアとしては一級品で、薄っぺらい品物ばかり。


「はぁ、本当に美しいって罪だと思うわ」


 嫌味を込めていったわけではない。ただの事実。仕事に命を捧げて生きたいと願う私には、いつも私の家柄と地位を目当てにやってくる者ばかり。好きでストーリアに所属し、努力をしたからこそ第三部隊の隊長まで上り詰めた。モデル業なんてただ美しく着飾る事が好きでやっているだけ。


「お家柄良いといっても、たまたま本家に引き取られた義理の息子。それを目当てによってたかるハエ共は嫌いだわ」


「シルト、まーた徹夜してるにゃ? その話をするときは必ず三徹してる時に話しているにゃ。いい加減寝たほうがいいにゃ」


 灰色の細長い尻尾をゆらゆらと揺らし、大量の資料を持ってきたのは副隊長の尾真田カプリスだった。右目が黄色で左目が紫という珍しいオッドアイの彼は私を見て大きなため息をつく。それにしても、また奇妙な語尾がついてる……懐かない野良猫を育てるのは大変ね。


「中央区の襲撃による奇妙な怨毒、ウラシマを打って狂った英雄ヴォートルの下っ端。そして、花神露が殺したとされる怨毒の症状が一瞬にして消えた名前不明の女性の遺体。怨毒の研究が主体である第三部隊にまさか、こんな大仕事が来るなんて……地区長のスノーさんも今頃死んでるんじゃないかしら」


「怨毒の遺体はありがたいけど、こんなにいっぺんに来ると困るにゃ。ましてや乙峰家についても調べ、エピソーダー傷害事件の犯人も早く捕まえないといけないときたにゃ。警察も英雄ヴォートル絡みの事件には首を突っ込みたくないみたいだにゃ。異能力は異能力同士で解決してくれってことにゃね」


 カプリスはいやみったらしく少し大きめな声で愚痴を話す。いくら警察といえど勝てない相手に突っ込んで死人の山を作りたくはないのだろう。まぁ、それが一番の最適解ではあるけど、最後には自分達のお手柄であると威張り散らすのだろう。


 どの職業も世間様からのイメージが大事。結局はそんなものだ。


「はぁ、息苦しい世の中……いえ、それは今も昔も変わってなかったわね。それにしても、あの第四部隊から転属してきたというイル・オデットさんはいつ来るのかしら。さっきからずっとこの執務室に篭っているんだけど、いっこうに来ないわね」


「ありゃ? まだそのオデット家のご令嬢はまだ来てないのかにゃ? おかしいにゃー、すぐ来るように話した──────」


 その時、執務室の金の装飾が施された扉が勢いよく開かれる。しかもノックもなしに。


「す、すみません! イル・オデット、ただいま到着しました!」


 滝のように汗を書いたポニーテールがよく似合う白髪の女性は新人さながらの敬礼をする。澄み切った水色の瞳は私の顔をじっと捉え、熱い視線を向けてくる。嫌な予感がするのは私だけかしら。


「あー……オデットさん。失礼だけど、なぜ遅れたのか教えてくれるかしら」


「そ、それは……セルバンテスさんに会う為です!」


 いきなり私の名前を叫び、とんでもない理由を暴露する彼女の目は本気だった。隣にいたカプリスは笑いをこらえるのに必死なのか肩をずっと震わせている。


「五回の入浴、十分な保湿、二時間以上のセット、許婚からの誘惑にも打ち勝ち、時間通りここに来る予定でしたの。しかし、美しい町並みに見惚れているとこんな時間に……本当にすみません」


「王立区のご令嬢が来るって聞いたからかなりの堅物、もしくは高飛車な態度を取る面倒な人が来るかと思えば……想像の斜め上を行く子がくるなんて」


 アルマやヘイトリッド、鬼平の世代は出来がいい割にどこか変わってる人ばかりなのかしら。カプリスは笑いを耐えきれないのか、私の後ろに隠れて未だにプルプルと震えている。


「まぁ、いいわ。それで? 王立区のあなたがなぜこのホワイト地区に?」


「王立区は確かに私の故郷ですが、あそこに美はありません。強い者が美しいとされるあの地区は私にとって息苦しい場所でしたの。ですから、真の美であるホワイト地区に私の許婚と一緒に越して来ましたの! それと、あの有名モデルのシルト・セルバンテスさんの元で働けるのなら本望ですの!」


「興奮しすぎてお嬢様言葉になってるわよ。まぁでも、着飾った私が美しくない訳ないもの。その目だけは確かなようね」


 そう少しからかってみると、オデットはわかりやすく硬直する。久しぶりに見るわね、私目的の新人は……まぁ、でもこの子の実力は見ておきたいところね。希望した先で働けると思ったら大間違い。第三部隊に似合わない者は容赦なく出てってもらう。


「カプリス、怨毒が現れやすそうな場所はどこかしら」


「えぇー、またエピソードを使わせる気かにゃ?」


「あら? あなたに住処とその立派なブーツを上げたのは誰かしら」


「……シルトのそういう所がずるいにゃ。まぁ、余り物の僕を拾ってくれた恩は忘れないのが僕だからねぇ」


 カプリスは黒革のブーツを見たあと、大きくため息をつく。


「"エピソード──────長靴をはいた猫"」


 彼の目が猫の瞳のように細くなり、灰色の尻尾がゆらゆらと揺れる。数秒経った後に、私の顔を見てごまをするかのような笑みを向ける。エピソードという名の助言をもらうとき、いつもより給料は弾ませているからだろう。


「ホワイト地区の外れ。隣国、サントゥ帝国との壁を隔てた小さな村に怨毒は現れる。しかも明日。行くべきなのは……シルト、僕、オデットだにゃ」


「セルバンテス隊長だけでなく、尾真田副隊長も? そんなに強敵なんですか?」


「いや、強敵ではなさそうだにゃ。問題はその後……はっきりとしたビジョンは見えなかったけど、もしかしたら英雄ヴォートル絡みの可能性があるにゃ」


 カプリスのエピソードは一部の未来を先読みすること。莫大なデータと優れた頭脳があるおかげで曖昧なビジョンをあそこまで引き出せるのは褒めるべきところだろう。実際に彼が見えているのはただの静止画だそうだ。


「隣国との関係者は現時点ではなくお世辞にもいいとはいえないわ。壁なんかに穴をあけられたら……たまったもんじゃないわ。だけど、ちょうどいいわ。オデット、私が直々にあなたの実力を見てあげる」


「え?」


「第一部隊は不屈の心、第二部隊は闘志の心、第四部隊は正義の心、第五部隊は慈悲の心……そしてこの第三部隊は清明の心。私もこの地区も清く美しく、そして明るくありたいと願っている。あなたは、水よりも空よりも澄んだ者かどうか見定めてあげる」


 私は少し圧をかけて話す。これぐらいで怖気づかれては話にならない。贔屓はしない。どんなに金持ちだろうと、権力者であろうと私の部隊合わない奴は問答無用で追い出す。

 さて、この子はどこまで耐えられるかしら。オデットの顔は緊張しているのか固まっていたが、目だけはやる気と自信で満ち溢れていた。


「さて……カプリス、オデット明日の準備をしておきなさい。早朝からその村に向かうわよ」

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