第33話 蠢く悪意

 季節はまだ秋頃だが、このホワイト地区の北西はもう雪が降っていた。夢の国ネバーランドは小国と言われるが、他の国が大きすぎるだけで小さくはない。ホワイト地区の外れなんて遠すぎる為、何度も電車を乗り越えなければならない。無論、新幹線もなければ特急もない。無人駅に止まるのは鈍行しかないのだ。


「うぅ、早朝から何度も乗り換えて……もうお昼すぎ。乗りっぱなしでお尻がどうにかなりそうだわ」


 オデットが伸びをしながらぼやく。確かに、ここまで来るのは少し辛いが、書類の山に追われてるよりかはマシだ。隣にいるカプリスは睡っているのかと思えば、耳を何度が動かし何かを聞いているようだ。

 そして目を開け、ため息をつく。


「はぁ……最近の検査はティーンエイジャーできるレベルにゃ。簡潔に言う、敵にゃ」


 カプリスは獲物を捉える猫のような目をし、後ろのドアを見つめる。オデットはわかりやすく慌て始める────かと思いきや、以外にも冷静だったのか手元で小さな水のリングを作る。エピソード名を言ってないところをみると、この子も私と同じように童話に魅入られし者か……全く厄介なものだ。


 後ろにある連結部分を通ってやってきたのは白い仮面をつけた男二人組だった。手には拳銃が握られていた。


「動くなっ!!」


 男の一人が人質も取らず、震えた声で銃を構えるが、どうやらド素人のようだ。生まれたての子鹿以上にみっともない姿だ。私はすっと立ち上がり、焦ることなく男の元へと歩く。


「おい動くなっ!!」


「喚くな。私はただお前たちに忠告しに来ただけだ」


「お、おい! 本当に撃つぞ!」


 二人の男は私に銃口を向けるが、ただのおもちゃにしか見えない。後ろでは待機したカプリスとオデットがいるが、ここは私一人で十分だ。後ろを振り返り、しっしっと手で来るなという合図を送る。カプリスは察したのか近くの乗客を前に避難させた後、ため息をついていた。


「撃てるものなら撃ってみなさい────安全装置も外れていないただのおもちゃでね」


「なにっ!?」


 男二人は私から視線を外し、急いで手元の銃を見た。こういう所が三流なのよね。私はエピソード名を唱えることなく、銃に触れて凍らせていく。


「嘘よ」


 銃が凍ったことに気づいた男は冷たい銃を床に落として、後ろへと逃げようとする。しかし、踏み出した足は何故か動かず、私に背を向けたまま凍っていく。


「こ、凍っていく!? あ、あぁ、お前……思い出したぞ。白い軍服に冷えきったその目、第三部隊隊長のシルト・セルバンテスだな!?」


「あら、知ってたの? ありがたいわね。さて、本当ならここで氷像にして窓から投げたい所だけど、子供にそんなの見せちゃいけないでしょ? 少しの間だけ気絶してもらうわ。話は後で……いや、聞く時間もなかったわね」


 男二人のみぞおちを狙い、拳を入れると二人はしばらく痛みに喘いでいると力尽きたのか白目を剥いて倒れた。その時には氷は溶け、辺りには肌寒い程度の冷気が漂っていた。オデットが私を心配して寄ってきた。


「セルバンテス隊長!」


「大丈夫よ、エピソード名を言わなから少し手に霜があるだけ。そうそうオデット、あなた水で檻を作れる?」


「え、出来ますが維持するのは……」


「いいのよ。凍らせればいいだけなんだから」


 オデットは指示通り簡易的な水の檻を作る。私はそれに触れ、ゆっくりと凍らせていく。やがて水の檻は氷の檻へと姿を変えた。腕は縛っておいたし、起きてもなにもしないだろうけど、まだ後方車両で待ち構えている仲間もいるかもしれない。


「オデット、カプリス。私は他に異常がないか調べてくるわ。運転者に事情を話して最寄りの駅で止めてもらうように指示を、そして警察も呼んで頂戴」


 私達の専門はあくまでも怨毒。乙峰姫花の件は例外として、今回の件はヒトによるハイジャックならば首を突っ込むことはできない。ただ、あまりにも不自然だ。あまりにも無計画な案、ハイジャックするのに何故この電車を選んだのか……嫌な予感がする。


 しかし、後方車両は特に目立った異常はなかった。


「お嬢さん、何か?」


 静かな車内の中で突如現れた私に、眼帯を身に着けた性別の分からない人が声をかけてきた。おかしい。武器を手にした男二人組がいたのにこんなにも静かであるはずがない。


「いえ、ここに友人がいると思ったのですが、どうやら記憶違いだったようです。すみません」


 男にも女にも見えるその人はそうですかと言い、他の乗客同様に何事もなかった素振りをする。何がおかしいとは言えないが、この空間はとても気持ちが悪い。空気が重いだけでなく、まとわりつくような粘着性のある空気が漂っている。

 だが、ここに居座っても何も分からないわね。とりあえず戻らないと。


 背を向け、先頭車両へと戻る。


「ねぇ、ジャック。彼気づいたかしら」


 栗色の髪を団子に纏めた女性が眼帯をした人物に声をかける。その時、乗客の首が直角に降り曲がり、糸が切れた人形のようにだらしなく椅子にもたれかかる。


「さぁ? 気づいたとしてもなんの影響もありません。だって────────もとからこの車両は人形とリアン、そして僕しかいないのですから」


 リアンと呼ばれた女性は不敵な笑みをこぼし、指を動かす。すると人形となった乗客はぎこちない歩き方でリアンの元へ小さめなジュラルミン製のケースを手渡す。中には小さな針がついた特殊な玉と、黒い小銃が入っていた。


「今回は二人でいいのね?」


「あぁ、いくら三人といえど二人相手は辛いでしょう。その間に私は貴方達の信頼を得るために仕事をこなしますよ」


「シルト・セルバンテス、尾真田カプリス、イル・オデット……シルトは最強と呼ばれる火山デリットと同等の勝負をするほどの実力者、カプリスはメイジー・シャルルこと大神アルマよりも運動神経に優れてるわ。もちろん、頭も回る」


 リアンはクルクルと人差し指を回すと、ケースを運んできた男の関節があらぬ方向に曲げられ、ついには首が直角に折れてしまった。骨の折れる鈍く大きい音にジャックは顔をしかめる。


「全く、芸のない殺し方です。おや? ではイル・オデットという女性は殺しても?」


「んー……アダムは特に何も言ってなかったわ。いいんじゃない? それに、ジャックはああいったお嬢様は嫌いよね。死体を持ち帰ればエピソードが手に入り、その血を使った人形がまた作れるわ。あのテュランよりも忠誠心のある人形が作れるかもしれない」


「では、あの村に住むエピソーダー二人の血とイル・オデットの死体を持ち帰ることにしましょう」


 こと切れた男は通路側に倒れるが、残りの人形となった客達が無言で窓の外へと放り出した。血は車窓に飛び散り、横へ横へと伸びていく。


「頑張ってね? 私はあくまでもジャックの監視役。非常時は助け船を出すけどそれ以外の金にならない仕事はしないからね?」


「おや? 僕を誰と思っているのです? 最も有名な未解決事件であり、劇場型殺人の元祖とも呼ばれた悪名高き殺人鬼──────ジャック・ザ・リッパーと呼ばれた者の回想録メモワールを受継いだ者です。主役はこの僕なんですからスタンディングオベーションの準備をしておくことです」

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