第34話 童話の王

 しんしんと降り積もる柔らかい雪は人の少ない村を少しずつ覆い始める。これも仕事でなければ楽しめるのに、まさか事件に巻き込まれるだなんて……


「車内で若者二人が銃を……他に異常はなかったのですか?」


「はい、後方車両を見にいきましたが特に異常は見当たりませんでした。尾真田さん曰く、特に火薬の匂いもしないため爆発物もありません。未だ犯人は気絶したままですが、もうじき目を覚ますでしょう」


 訝しげな目をする警察官は私やカプリス、オデットを明らかに嫌っているようだ。まぁ私も嫌いだがな。人を疑うことは結構だが、何年も前からこの地区を守っているのは私。地区長のスノーさんでも、警察でもない、この私。傲慢と言われても別に構いやしない。


「本当は捜査に協力したいところですが、急用があるので失礼します」


「分かりました。ご協力感謝します」


 警官を横切ると、予想通り私の話が耳に入って来る。冷徹、氷の女王……他にも名家の汚点。そういったものも聞こえてくる。確かに、名家がストーリアに所属させるということは厄介払いに等しい。そもそも産まれたのではなく引き取られ、売名として送り出された身だけど。


「チッ、好き勝手言ってんじゃねぇよ。ド三流が」


 私の隣から怒気のこもった呟く声が聞こえた。低く、殺意のある言い方をしたのは……オデットだった。まるで輩だ。驚いてオデットの顔を見ると何事も無かったかのように私に話しかけてきた。


「ここに配属された隊員はどこにいるのですか?」


「え? えぇ、私達がここに来るのは事前に連絡してますから報告ついでに駅にいるはずよ」


 今のは聞き間違いなのだろうかと疑いたくなるような平然とした口調に思わず面食らってしまう。いや、まさか、元はやんちゃしてましたというお嬢様という訳ではないと思いたい。


 確かに、彼女は訳あって同期であるアルマ達の二つ上の二十一歳だが……中学校時代に何かやらかしてるのだろうか。ヘイトリッドは家庭事情というより本人の許可が取れなくて皆より一つ上だ。なんら珍しいことではないが、やはりストーリアとしての顔である私達がやんちゃしてきたというのが事実であれば大きなマイナスポイントだ。


「ようやく来たか。遅いぞ? シルト・セルバンテス」


 駅のホーム入り口の柱に翡翠色の羽織りと茶色に近いくすんだ橙色の髪が目立つあの方だった。


「余のことは知っておるな? ピーター、ピーター・マシューだ」


「マシューって……あのマシューさんですか!?」


 オデットは声を荒らげ、マシューさんから距離をとる。まぁ無理もない。現在は中央区の地区長だが、昔はストーリアの前総裁でありながら最強とも謳われた第五部隊の隊長であったレジェンド。十六年前にあったエピソーダー惨殺事件に巻き込まれ、致命傷を負って引退したが……ストーリア本部が崩壊するよりも前に現れ、たった一人で不死の人形兵を倒していた。


 数々の伝説が語りつがれる彼だが、最も有名なのがこの国の名付け親……数百年も生きた童話の王という噂もある。


「おぉ、そこにいるのは王立区にいた新人か。うん、顔付きが良い。ホワイト区はやはりお主に合っている」


「マシューさん、口説く前に何故ここに来たのか教えて欲しいにゃ」


 ジロジロと見るマシューからオデットを庇うように前に出たカプリス。あのマシューさんに堂々といられるカプリスの精神力は計り知れないな。


「王立区にいる第四部隊ウィル・フランメという男を知っておるか? 四十になる守銭奴ジジィだが、あいつのエピソードは役に立つ。中央区の襲撃も高い金を払ってなんとかあそこまでの被害で終わったが……うん? カプリス君、何だその顔は」


「これだからジジィは話が長くて困るんだよ……! 僕はどうしてここに来たのかを聞いてるのに、そんな世間話から始めてどうする……んだにゃ」


 カプリスの奴め、最後の最後にキャラを思い出したな? 分かりやすく動揺したカプリスは灰色の尻尾をゆらゆらと揺らし始める。私とオデットがカプリスをみつめるが当の本人は気づいていないフリをし続けた。


「すまんすまん、若い子と話すのは楽しいからなぁ。まぁ、今回はエピソーダー傷害事件の謎が解明されるかもしれんからな」


 マシューさんはそう言い、私達の後をついてくる。オデットは何度か話しかけようとするが、彼独特のオーラに気圧されて結局話せずじまいのようだ。

 オデットの実力を確かめに来たというのに何故こうも面倒なことになるのやら。


 その後、この村に配属した隊員と部署にて合流し、軽い報告をする。やはり今の所異常はなく、国境であるコンクリート製の壁も目立った異常も見当たらないとの事だった。カプリスの能力が今までに外れたことない為、警戒はすべきだ。


「特に動きはないにしろ、カプリス副隊長が見たものは嘘だと言う事はありえないのよねぇ。もしかしたら私達が電車に乗ってからもう事件は始まっていたりして……」


 オデットは大きな独り言を呟き、村のシンボルである二メートル程度の白のローブを来た創造神の銅像を見つめ始める。顔のない創造神はどこか私は不気味にも思えた。

 控えめに言って、信仰の対象とはならない。


 この世に童話というものを人々に与え、異能とも呼べる力を授けた。それだけだというのに、この国の信仰対象は彼女か彼かも分からない創造神のみ。いや、信仰していないわけではないが、探れば探るほど謎に包まれていて裏になにかあるようにしか思えないのだ。顔が無い、白のローブ、性別不明、出生不明、名前もなし。だから昔から好ましい対象ではないのだ。


「シルト、お主は昔から難しく考えすぎだ。お主が疑問に思っている事は余が教えずとも見えてくるだろう。まぁ、その時はティンクの元にいるだろうがな」


 マシューさんはふよふよと宙に浮きながら笑う。通行人の目に止まるからやめて頂きたいし、私の顔を見ただけで思考を読んでくるその洞察力をここで使わないでほしい。


「それにほれ、そろそろお主の部下が来るぞ」


 マシューが厳しい目をしたその刹那、青い顔をして汗を流した隊員と警察官が走って来る。


「隊長! 隊長! 電車内に、電車内に!」


「報告は簡潔に! ホワイト地区を護る私達が慌ててどうするんだ!」


 私がそう叫ぶと、隊員どころか警官まで背筋が伸びる。隊員は震える声で話始める。


「拘束していた犯人二人が怨毒にっ! それと、隊員の中でもエピソードを持った者だけが怪我を負っています! しかも、犯人の姿を見えません!」


「二体!? しかもあの電車だとすれば……国境の壁に近いですね。皆さん、捕まってて

 ください。すぐに向かいます」


 報告に来た隊員と警官を起き、カプリスやオデットを抱き寄せる。


「"エピソード──────雪の女王"」


 右手の平に息を吹きかけると氷像でできた鷲となり、鷲は私達三人を背に乗せられる程に大きくなる。


『行け』


 そう言うと大鷲は一鳴きしたあと、一度の羽ばたきで空を飛ぶ。大鷲に乗らせなかったマシューは不機嫌そうな顔をしながらも同じ速度で飛んでいる。だから乗せなかったんだ。


「マシューさん、もっとスピード出ますよね? さっさと壁に行け! 怨毒だけでなく人間とやり合うなんてまっぴらゴメンだ!」


「シルト! 素に戻ってるにゃ!」


 カプリスにそう言われ、今更ながらに気づいたがもう遅い。オデットの驚愕した顔が嫌でも目に入るが、無視し続ける。私だってれっきとした男で怒りの沸点ぐらいあるさ。



 現場は想像絶する半壊ぶりだった。駅のホームは崩れ、屋根には大きな穴が空いていた。そしてその半壊した屋根には五メートルは優に超えているであろう黒い体に紫の目をした怨毒が天に向かって咆哮する。見た目は人ではあったが、毒に耐えられないのか髪は残っておらず皮膚はドロドロと溶け始めていた。かろうじて骨は残っており、屋根の上を這いずっている。


 もう一体は黒い体に紫色の目をしていたが赤い角のような物が生えており、着物を着ている。しかも、赤い鬼の面を被って棍棒を振り回していた。この個体も知能はないのようだ、闇雲に目の前にある物体を破壊し続けているように見える。しかし、肝心のエピソーダーばかりを狙う犯人は見つかりそうにない。


「ふむ、とりあえず余はあのデカブツを相手するとしようかの。シルト、カプリス、オデットは降りてあの鬼人型の怨毒の相手と車内にいる者を避難させてくれ」


 マシューは私達の意見はなにも聞かず、大型の怨毒に向かって指を指す。すると指先から金色に輝く閃光が一筋伸びたかと思えば、それはすぐに途切れ、何事もなかったかのように怨毒は動き始める。


「こっちは終わったぞ? お主らも早くしたほうがよい」


 そう言った刹那、怨毒の体には金色のひし形が大きく刻まれ、その部分から青い炎が現れて怨毒を燃やし始めた。怨毒は金切り声を上げる間もなく数秒でただの塵と化す。

 規格外。最強と呼ばれる火山デリットを軽く凌駕するその実力と才能は童話の王であることが嫌でもわかってしまう。


「相変わらずどっちがバケモノかわからないにゃ……」


「良かったわ、マシューさんに引いていたのは私だけじゃなくて」


 カプリスとオデットは引きつりながらマシューさんを見つめる。


「引いてる場合じゃないわよ。私とオデットは怨毒の相手を、カプリスは避難を指示してちょうだい。いい? オデット、あなたの実力はあの怨毒で計らせてもらう。私の目に止まるように頑張りなさい」


「っ、はい!」


 その水色の瞳に火が映ったように私は見えた。若い子のやる気だけは見習わなければならない部分ね。

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