第31話 回る歯車、役者の交代
あれから数週間後、シェヘラザードによって町の復興速度は凄まじいものとなり、七割方の作業は終わっているようだった。死者数は五十人以上、無能力者も含めストーリアに所属していた戦闘員も数人が帰らぬ人となった。これだけで済んだのは奇跡だと報道はされているが、世間はそれを許さない。
全ては第五部隊の落ち度によるものである。
そう世間的には決めつけたいらしい。ヒトというのは白黒はっきりとつけたいもので、曖昧な事実には目をつむりたいものなのだ。いくら言われようと私達の仕事は変わらない。救いようのないヒトはこの世にはいないのだ。救えるのなら救う、それが私達の夢だから。
「アルマ! 今日も良い桃を持ってきたぞ!」
自室の扉を勢い良く開けたのは鬼平だった。彼は傷はあったが、その超人的な治癒力も相まってすぐに退院となった。私は昨日退院、ヘイトリッド、花神は現在も入院中。テュランは技師に直してもらい、私と共に第五部署で勤務に戻っている。
「鬼平、とてもありがたいですが……私達はもう退院したんです。そんなに心配しなくとも大丈夫ですよ」
「僕は球体人形だから食べられないから大丈夫だよ! 桃のお兄さん、仕事は大丈夫なの?」
鬼平は質の良い桃をテーブルに置き、ニカッと歯を見せながら笑う。
「大丈夫だぞ! 火山隊長からの仕事も地区の仕事も全て終えてからやってきているからな! それに、心配しているのは身体的面じゃなくて、精神的面だぞ」
いつになく真剣な表情の鬼平がテュランと私の顔を見る。まだ調査中ではあるが、テュランが球体人形になる前の人物にある程度の目星がついたらしい。しかしそれを調べているのは第三部隊であるため、こちらに情報が届くまで少し時間を要する。
そして、私はビースト化の副作用により……寿命が縮まったそうだ。
この事はまだ誰にも話していない。話せば仕事をやめろと言われかねない。獣人族というのは平均寿命がおよそ五十歳前後、人間だと平均寿命がおよそ六十三歳程度。十年も短いのだ。私の場合、三十歳を迎えれば良い方だと言われてしまった。
獣となるか、血反吐を吐いて死ぬかの二択。獣となれば強制的に害獣認定されて射殺だ。どうせなら一人で死にたいものだ。
「まぁ、色々ありましたが私って意外と薄情な狼なんです。両親が亡くなったということに、悲しみはありましたが泣くほどではなかったのです。なにせ、たった三年の思い出しかないのですから。大神夫妻を亡くした時の方が悲しかったのです」
「人の悲しみも個人によって違うからな。別に変なことじゃないと思うぞ! ただ……向き合う事は大事だと思うぞ。まだ、墓参りに行ってないんだろ?」
墓参りか……和の育ちである桃瀬にはよくある習慣なのだろうが、洋であり獣人の私には墓参りの習慣がない。といっても、私のように一度も行かないのは珍しい事だが。しかし、行かないといけない。弔う最後にそう約束したから。
「墓参り……行かないといけませんね。花神とヘイトリッドのお見舞いにも行かなければ」
「そうだ! ヘイトリッドは酒が飲みたいと顔が死んでいたからしばらくは会わない方がいいぞ! 今会えば確実に酒の話しかしないだろう。あと、花神さんはいつも頬が赤いぞ。それを隠すためにすぐに出ていくように言われる。嫌われているのか?」
「ヘイトリッドは落ち着いた頃に鉄拳を飛ばしますが、花神は……心配しなくても良いですよ。ただ、鬼平は罪な男ですね。しかし、しつこいのは駄目ですよ、適度な距離感をたもってください」
なんのことだか理解していない鬼平は、なんとなくで首を縦に振る。海のような心の広さと岩の如く硬い意志を持つ彼は老若男女問わずに好かれる傾向にある。しかし、鈍感であるがゆえに色恋沙汰となると相手側が諦めてしまう場合が大半。復讐しか頭になさそうな花神だけど、意外と恋には弱いようだ。
テュランが駆け寄り、両手でハートマークを作る。今の話でなんとなく察したのだろう。私が軽く頷くと、テュランはニヤニヤと顔を緩ませる。
「まぁ、結果がどうであれ彼女にいい影響が及ぶと良いですね。私も彼女の相談、育成には力をいれますが鬼平もよろしくお願いします。数少ない新人ですからね……身も心も育って欲しいのです」
私が生きている間に。
鬼平は頷き、何度も私の肩を叩いた。
────────……
レッド地区の町外れ。幾つもの十字架が突き刺さった丘に、それはあった。寄り添うかのように並んだ墓石には私の両親であるシャルル夫妻の名前があった。花も無く、手入れをした形跡もない。大神家の墓には頻繁に通っていたが、実の親の墓参りになんて来たことがなかった。
「知らなかった、というより知らないふりをしていたからでしょうね……怨毒となったあなた達を前にして、私は悲しみなんて感じられなかった。感じられなかったはずなのに……」
生暖かい水が頬を一筋伝う。
「いないという現実を突きつけられると心にくるものがありますね」
『それでも君は涙一つで終わってしまう』
聞き覚えのない高い声がした。墓石を見るのをやめ、十字架の方を見ると赤い頭巾の女性がいた。まるで、童話の『赤ずきん』のような子だ。
『君は童話に選ばれた』
少女はそう言い残して消えてしまった。今起こった事について整理しようと腕を組んだその時、右手の甲がチリッと焼けるような痛みに襲われる。
右手の甲の紋章が大きくなっていた。痣のようになった紋章は右手の平まで及び、猟銃のようなものが刻まれていた。童話に飲み込まれる……そんな気さえした。
ジジッというゲームのバグのような映像が脳裏で流れ始める。赤いずきんを被った黒髪に赤い目をした女性がなにか叫んでいる。血だらけで今にも倒れそうな女性は年季の入った猟銃片手に人の群れに飛び込んでいく。
何かを叫んだ瞬間、それはプツリと途切れ、目の前には白い十字架が立つ両親の墓があった。いったい、なんだったのだろうか。
色とりどりの花束を献花し、ハート夫妻に挨拶をしようと墓を後にした。振り返りもせず、ただ歩いているとふわりと風が横を通り過ぎた。それはどこかぬくもりのある、秋らしくもない風だった。
「背中を押されては後戻りはできませんね。いいですよ、もとから引くつもりはありませんでしたから。あなた達が誇れるような娘になりますよ」
咳を一つする。口を覆っていた手の平には鮮血が少し付いていた。
───────────……
「
紺色の長髪をした女性のように見える男性が、整った顔を歪ませる。その隣には灰色の髪にピコピコと動く猫耳の男性が、左右で色の違う瞳で整った男性を見つめる。
「シルト、シワがすごいよ。まるで波だニャ」
「カプリス、波までいってないわよ。あなたも少しは手伝ってちょうだい。スノーさんに怒られてしまうわよ。あと、その語尾なんとかしなさい」
シルトは軽くカプリスの額にデコピンをする。カプリスは明らかに不機嫌となり、尻尾を床に何度か打ち付ける。
「さて、そろそろ私達も動くとするわよ。まずは乙峰姫花をなんとかしないといけないわね」
シルトはホワイトボードに貼られた黒髪の乙女、乙峰姫花の写真に触れ、凍らせていく。その瞳は冷たく、優しさの欠片ももたない雪の女王のようだった。
「ここはホワイト地区。汚れたものはすぐに排除しないと……」
第一章 第五部隊 完
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