第48話 断頭台にて微笑む女王
あれから何日か経ったが、相変わらず報道されるのはストーリアの批判ばかり。そんな中、アルマとジェスターが敵地に向かう事が正式に決定した。 一週間、彼らは敵地で過ごす事となり連絡は毎日のように暗号文が届く。第一部隊にいるワイアットという奇妙なエピソードを持つ少年を通して文は私とスノーさん、そしてシェヘラザードに届く。
「それにしても、伝書鳩なのかと思えばネズミだったり、犬だったり、この間はインコだったわね。生き物と会話できるって意外と使えるわね」
「彼は口下手でオブラートに包むことも知らないから目立ちもしなかったらしいにゃ。エピソードの力もフル活用する前に、自身の身体能力でなんとかするタイプだから敵側にも情報はない。だから安全に届けられるんだにゃ」
カプリスは大量の書類を眺めるだけで何もせず、ただ私の話し相手となるだけ。この私は部署内で謹慎処分を見事にくらって暗号文と書類、そしてラブレターならぬ批判レターを見る毎日。いくら傷つかないといえど、あまりにも酷すぎないか?
「ホワイト地区に"死ね"とだけデカデカと書く、教養のない醜い人は一体何人いるのかしら!? あと暗号文は私にばかり回してこないで欲しいわよスノーさん! そして書類より批判レターが多いってどういうことよっ! ストレスフルでハゲ散らかすぞゴラァっ!」
「セルバンテスさん!? 今日は童話語りがあるのですから落ち着いてくださいよ!」
任務帰りのオデットが両手を忙しなく動かしながら慌て始める。あぁ、そういえば今日は私の当番だったか。私もついてないものだ、こんな時に童話語りなんて……アルマ達が帰ってくるのは12月24日。今は20日でまだまだ仕事はあるし、備えも必要。本来なら童話語りなんてやってられない時期だが、私は妥協してどちらかを疎かにはしたくない。
「童話語りは午後五時、そろそろ用意するわよ」
「……いいのかにゃ? 今外に出ればバッシングの嵐で、広場に行っても誰も来ないかもしれないにゃ」
「広場には行かないわ。更地になったあの場所で童話語りをするわ。強制的に連れられて首をはねられるより、自分から首をはねてもらいに行くわ」
「首って……演技でもないこと言わないで欲しいにゃ」
苦笑するカプリスの側で、オデットもまた苦笑していた。童話語りを私達エピソーダーは決して怠らない。先祖から預かったものだから、シェヘラザードの命令によって行われる、国民からの支持を得るため……どれも当てはまるが、どれも当てはまらない。
純粋に自分が好きなものを知ってもらいたいだけなんだ。物語の素晴らしさを。その日はいつも以上に濃いメイクをしてもらった。まるで戦に行く者のように。
─────────……
更地と化した街には慰霊碑が建っていた。被害を最小に抑えたといえど、こうして何十人の命が消えている。
「なんの為に来やがった! お前が遅れたせいで俺の嫁さんは死んだ! まだ名前もつけてやれてねぇ赤ん坊まで見殺しやがって!」
「そうよ! あんたのせいで私は職も家も失ったわ! どうやって生きていけばいいの!」
「お前のせいで父さんも、母さんも死んだ! 妹も重症なんだぞ! どう落とし前つけるつもりだ!」
若い男、中年の女、幼い子ども。その全てのヘイトがこの私だ。カプリスもオデットも横で睨みつけているのが見なくともわかる。十六年前を思い出すな……隊長が死に、副隊長である私に色々と物を飛ばしてきたものだ。
「セルバンテス隊長! この街は巨大怨毒によって破壊されました。そのせいで私も多くの友人を亡くしました! 一体どうやって償っていただけるのでしょうか!」
隈の目立つ女記者が私に詰め寄る。といっても、カラーコーンの先にいる私には近づこうとせず、マイクを持つ腕だけを伸ばしている状態だ。私はゆっくりと息を吸う。
「ならば、皆さんは私にどう償って頂きたいのでしょうか? 泣いて喚いて、憔悴しきった顔を見せ、か細い声で訴えればよろしいのでしょうか?」
「は? あなたは何を言っているのですか!? 心は痛まないのですか? 責任はないのですか? そもそもあなた達の仕事は怨毒の討伐で─────」
「その通り、私達は怨毒から皆様を守る為に日々働いております。今回のことで、我が部隊の者も、この慰霊碑に刻まれております。私達が償えるのは怨毒を倒すことのみです。ですが……今回私はこの場所で童話語りを行いたいと思っています。言わば、選手宣誓というやつです」
私はマイクを取る。女記者は豆鉄砲を食らった鳩のようで、何度も瞬きをしていた。それはここにいる住民も同じか。
「我々は二度と同じ轍は踏まぬ! ここは我らが土地だ! 私がこの命に変えても、二度とこの惨劇を繰り返させない! 今一度信じては頂けないだろうか! 私を……見ていてくれ」
心からの叫びだ。その場は静まり返り、無音であった。時が止まったかのように静止する住民達は口を開けたまま立ち止まり、ようやく動き出した時にはもうなにも私に言ってはこなかった。
「シルト、どうやら上手くいったようだにゃ」
「あら? 私は本心を述べたまでよ? この土地に私は骨を埋める覚悟をしているのに、その土地がないだなんてあり得ないでしょ?」
カプリスはため息をついたかと思えば、困りながらも笑っていた。
私は一歩前に出ると、更地となった土地に氷でできた家々が建ち並ぶ。氷でできた村には氷でできた村人もいる。多くの村人と家畜が家から出てきては住民達に近づく。住民達は氷でできた村人に触れようとはしなかったが、興味は持っているようにも見えた。
「ここは冬の厳しい村。そんな村であった雪の物語をしましょう」
細かい雪の結晶はキラキラと輝き、靄がかかっているようになる。住民達は呆気にとられながらも、村人に近づいたりその村の中へと入っていく。
「"ストーリー───────雪の女王"」
紋章のある右目に軽く触れ、そう言うとパキンという氷の音が鳴って氷の村や人に色がついた。
──────────……
「シルトはんら……上手いこと行っとるやろか」
どこにでもいる男の顔をしたジェスターがぼやく。隣に立つ、女もまたどこにでもある顔であった。
「大丈夫ですよ。あの人の力は凄まじいものですから。ホワイト地区に冷やかしに来た奴らは一掃されますよ」
「童話語りで住民の気引ぃてから残っとる奴らを叩く。あんたらも中々に脳筋やで」
「この混乱の最中に怨毒化されたら溜まったもんじゃありません。ホワイト地区に奴らが残っていることに私は驚きですがね」
「どの地区にも奴らはおるけどな、ホワイト地区は特別に多くおるねん。もしかしたら……神がおる可能性はあるな」
ジェスターは眉間にしわを寄せては不敵な笑顔を浮かべていた。アルマは何も喋らず、赤く染められた床の掃除を続けた。白いモップは赤くなり、繊維の中には何かの赤黒い組織が入り込んでいた。
「それにしても、何がどうなればこうなるんやろなぁ」
「……知っているくせになにを他人事のように」
「そんな目でみやんといてや。ま、あんたらの報告書をほんのちょびっと拝見したとおり、あんたらがレッド地区でみたサイボーグを製造しとんかもしれんなあ。出血しまくって体を機械に変えるなんて鬼の所業やで。しかも、成功確率も低くてぎょうさん死体も出とる」
部屋の隅には三袋の黒いゴミ袋が置かれていた。
「……手を動かして下さい。でないと、私達がそのターゲットになりますよ」
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