第47話 先祖の意思を受け継ぐ者

機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナについては何一つ分かっていませんでしたが、わたくしの小人達が見つけてくださったのです」


 スクリーンに写されたのは黄ばみが目立つ乱雑に書かれたメモ用紙だった。さらに、文字は古代言語で専門家でなければ読めないようなものだ。学生時代に触れはしたけど、今となっちゃもう覚えていない。


「"機械仕掛けの神から『力』を得るには童話の後継者が必要となる。この世界にアレは存在してはいけない。悪しき者が創り出した異物だ。神は滅びた"」


 そう言い終えると、マシューさんが眉間にしわを寄せる。


「神は滅びた……いかにも神をみたかのような言い方、気に食わぬのう」


「ピーターさんも創造神を信じているからね。僕も創造神の事は信じている……というより、いるという確信があるよ。ただこの話を聞くに、機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナと創造神は違うみたいだね」


 シェヘラザード様がそう言うとスノーさんは頷く。次に口を開いたのは王立区の地区長であるニック・ハンスさんだった。機械人形とは思えないほどの流暢に喋って見せた。


英雄ヴォートルはその神を欲していて、死んだと思われていた鈴宮ヘレナさんのエピソードを使って死体に魂を定着させ、怨毒化させています。では、彼らの真の目的は何でしょうか」


「ざっとまとめるとニック君の話した通りです。本当は駄目ですが、シルト・セルバンテスさんに小人をつけていたの。グランピー、報告してください」


 スノーさんが言うと、赤いトンガリ帽子を被った手のひらサイズの男が現れる。白く長い無精髭を触るグランピーという小人は常に怒っているようだ。その証拠に眉間にはいくつものしわが折り重なっている。


「全く、人使いが荒いったらありゃしない! 大体、俺はあんな男か女か分からねぇ奴のケツ追っかけるなんて真似─────」


「グランピー、私は報告をしてくださいといったのですよ?」


「はいはい分かったよ! あー、シルトはストーリア内部でもほとんど知られていねぇ鈴宮ヘレナの事を知っていた。そしてどこから得た情報か知らねぇが、鈴宮家に仕えていた機械人形の朝陽夢とバイトの浅田快斗に接触した。朝陽夢は鈴宮ヘレナが創り出した感情のある人形だ。それに関してはそこのニック・ハンスと同じだな。始祖のエピソーダーとこの国に残された神話が語られていた」


 グランピーは小さな体で自身のメモを読み上げる。


「この国はかつて荒れていた。それを正す為に白き衣を纏った創造神が五つの書を渡した。海の書、不思議の書、白の書、銀の書、そして自由の書。それらを貰った者は始祖のエピソーダーと言われ国を正した。だが、地に眠りし像が終焉を告げ、童話の後継者と英雄の後継者が再び血を赤く染めた。そして創造神の手に童話を渡らせないために焼いたんだとよ」


「ふむ、それだと創造神と機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナが同一視されているみたいですね。ジェスターくん、何か知りませんか?」


 ハンスさんの突然の言葉にジェスターは唇を尖らせて腕を組む。なにか知っているのだろうか。


「俺はただ雇われただけで詳しいことは知らへん。もちろん、創造神と機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナがどんなもんかも知らへん。ただな、今大事なのは歴史のお勉強やない。そのどちらかの神が持つ力を欲しとるのは事実やろ? 神が持つ力やぞ? そんなもんやばいもんに決まっとるやないか。対処すべきなのはそっちじゃないんか?」


 この場にいる誰もが確かに、と頷いた。僕達はこの国の歴史を世界の歴史をあまりにも知らなさすぎた。伝えるヒトがいないからというのもあるが、焚書されたときに歴史もその炎に巻かれたという話もある。

 それほどまでに過去は黒すぎたのかもしれない。


「彼らの目的がその力を得ることならば、僕達は何とかしてそれを阻止しなくてはならない。ただでさえ、現在のストーリアの支持率は下降傾向にある。地に眠りし像っていうのが気になるね。探れそうかいスノーくん」


「もちろんです。あと、その力を得るには童話の後継者が必要ともいわれていますのでその件についても調べておきます。ジェスター、あなたが敵本部に潜り込んでください」


 ジェスターもそうだが、僕も水瀬さんも思わず飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。いやいや、確かに彼は元はあちら側だけど、顔もバレてるし無理なんじゃ……


「あら? 不安なら第五部隊の隊長、大神アルマさんを連れていけばいいじゃないですか。彼女、能力で変装できますしジェスターの監視役にもいいでしょう。まぁ、わたくしの小人もあなた方の後をつけますけど」


「はぁ!? 嫌ですよ! いくらスノーさんの命令といえどこればかりは聞けません。彼は私の地区を襲った首謀者の一派で、しかも私を殺しかけた男ですよ? 私や仲間を殺しかけた奴と仲良しこよしで手をつなぐ気なんてありません。そうするなら地獄の釜で煮られたほうがマシです」


 大神さんは勢いよく立ち上がり、普段の彼女なら考えられないほどに棘のある言葉を並べる。挙げ句の果てには指まで指して拒絶し始めてる。彼女が嫌うのは分かるんだけど……見てるだけだと、クラスでカエルの飼育係を任された子供のようだ。


「うーん、確かにそれが一番の作戦かもね。下っ端の格好をすればなんとか潜り込める可能性はある。統率できるのは約150人と言われているだろう? 英雄ヴォートルはその人数を優に超えているだろうから、下っ端まで把握は出来ていないはずだよ。大神くん、ジェスターくん、頼めるかな?」


 シェヘラザード様はニコリと笑ってみせるが、一度痛い目を見たジェスターはげっという声を漏らしていた。結果として大神さんもジェスターさんも渋々承諾することとなった。


 多くの謎を残したままではあるが、第一の目標として神が持つと言われる謎の力を探り、英雄ヴォートルの動きを把握することとなった。未だにジェスターの事は信用ならないけど、大神さんは実力もある。酷く優しすぎるところはあるけど、あれでも狼の遺伝子が入っているから一度敵と見た相手に手を抜く事はないだろう。


「尾真田さん、ジェスターを連れて第三部署に戻ってくれますか?」


「え? スノーさんは……あぁ、地区長会議ですね。わかりました」


 僕は拗ねるジェスターの首根っこを掴んで会議室から出る。こういった会議では必ず地区長だけで集まるのがいつもの流れとなっている。何を話し合っているのか、何を企てているのか、副隊長の僕には分からない。


 ただ、あの重苦しい空気は常人には耐えられない事だけは分かる。地区長と書いて僕のような隊員は『規格外』と呼んでいる。


 ──────────……


「さて、地区長と僕だけになったね。僕から言えるのはただ一つ。味方こそ真の敵だ。今、君達に死んでもらっては困るんだ」


 シェヘラザードはそう言い、自身の首に触れる。すると鎖のような薄緑色の紋章が現れる。


「まぁ、だろうな。俺はエピソードは持っちゃいないが、死んでも娘は守るつもりだ」


 水瀬は刀に手をおいて意思を証明する。


「水瀬さん、それは僕も妻も同じことですよ。無力ながらも、あの子の隠れ蓑として役に立つつもりですよ」


「あの子、一時期エピソードが使えない事があったみたいだけど、今では成績はトップなのよ! こんな重荷、本当ならあたしらが変わってあげたかったけどねぇ」


 キャロル夫妻は少し悲しげな顔をしたが、すぐに決意に満ちた顔となる。


わたくしはすでにバックアップはありますの。十六年前、死んだ姉から受け継いだ、といっても姉はほとんど使っていませんでしたが……わたくしの代で終わらせたかったものです。まぁ、安心してください」


 スノーは腕につけた金の腕輪を懐かしそうに触れる。水を飲む際に見えた舌には、血よりも赤い林檎が浮き出た紋章が淡く光っていた。


「僕も出来る事なら何でもするつもりですよ。多少の無理も通じるでしょう。なにせ、この身体は鈴宮ヘレナさんが造った機械の身体ですから、恐怖を感じませんしこの記憶を移行させすれば、例のやつは守り抜けますよ」


 ニックは機械人形らしからぬ笑顔を向ける。額には銀色に淡く光るブリキの木こりが目立つ紋章が浮き出ていた。


「余は……もう長くはない。だが、ティンカー・ベルやウィンディの為にもまだ死ねないんでな。それと、童話の王と呼ばれた余も若者に追い越されてばかりじゃつまらんしな!」


 ピーターはそう大きく笑い、シェヘラザードの背中を叩く。ピーターの影はなぜか自由自在に動き、胸には緑色に淡く光るピーターパンハットの紋章が目立つ。シェヘラザードは眉を少し下げてから、真剣な表情となる。


「僕を例外とした君達には、確かに代わりは確かにいるのかもしれない。だが、大前提として……どうか死なないでほしい。先祖代々守ってきたこの土地、この国を護る。それが君達────いや、始祖のエピソーダーの役目だ。今一度手を貸してほしい。この国を護るために」


 シェヘラザードがそう尋ねるが、誰も頷きはしなかった。頷く必要がなかった。

 その場にいた始祖のエピソーダーの意思を受け継ぐ者たちの瞳には炎が宿っていた。


 時は刻まれる。この地が赤く染められる日が、終焉が近づく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る