第49話 雪の女王

「この小さな村に、カイという少年とゲルダという少女がいました。二人はとても仲が良く、二人はいつも遊んでいました」


 雪原の中にある茶色の家々が建ち並ぶ中、栗色の髪をした二人の少年と少女が手を繋ぎながらやってくる。触れるまでは氷像であることにも気付かない程に精巧に作られた色のある氷像二人は歌いながら踊る。ただし、歌は聞こえない、彼らは声帯を持たない。私が続きを話すまでは……


「そんな二人が遊ぶ中、空では悪魔が鏡を作っていました。悪魔が作っていたのは美しいものが醜く見えるものでした。それを悪魔は誤って割ってしまい、その欠片が空から降ってきました」


 二人が遊んでいると、私達の頭上からキラキラと輝く二つの欠片が降ってきて、それは少年の瞳と心臓に突き刺さる。


「鏡の欠片はカイの目と心臓に刺さり、それから人が変わってしまいました。カイは隣にいるゲルダを睨みつけてこう言いました」


『お前なんか大嫌いだ! この村も大嫌いだ!』


 少年は少女を突き飛ばしてソリへと乗り込んだ。少女は追いかけようとするが、吹雪のせいで少年を見失う。

 村や村人達が消え、林が現れる。林の中にはソリに乗った彼が一人冬の月を見つめていた。


「カイは一人でソリに乗って遊んでいると、白一色で染められた服装を着た冷たい雪の女王がカイを見つめていました」


『おいで、お前を待っていたんだよ』


 雪の女王の声はなんの暖かさもなかった。


「カイは雪の女王に魅入られてしまったのです。雪の女王がカイの額に口付けをするとカイは何もかもを忘れてしまい、そのまま雪の女王が乗っていた白いソリに乗ってどこかに消えてしまいました」


 雪の女王は冷たい笑みを浮かべて、吹雪と共に少年を連れて見えなくなってしまう。そうして景色は一度消え、今度は春のように花々の咲く景色へと変わっていた。ただ、結局のところ氷像である為、気温は低いままだ。


「春になり、ゲルダは消えたカイを見つけに村を出ました。ゲルダは手当り次第に色々な人にカイについて尋ねてました」


 栗色の少女は眉を下げたまま道行く人に尋ねていく。


『カイはどこに行きましたか?』


『カイ? さぁ、どこにいったかなぁ?』


 中年の男性は頼りにならなかった。


『カイはどこにいますか?』


『あたしゃ知らないよ。あたしのようなおばあさんは外になんて出やしないからね』


 お婆さんも頼りにはならなかった。


『カイは今どこにいるか知っていますか?』


『カイ? あぁ、噂によれば雪の女王と一緒に行ったらしいよ』


 若い男性がそう答えた。少女は氷像であるにも関わらず、嬉しそうな顔をする。

 さて、どうしたものか。この童話語り、少し早く切り上げようか。カプリスが隣で警戒しているが、何人かの英雄ヴォートルが住民を狙っているのがなんとなくわかる。安易に私の領域に入ってくるなんて……馬鹿な奴らだ。


「ゲルダは雪の女王がいるという北の国へと歩いていきました。やがて、雪の女王が住んでいるというお城にたどり着きました」


 目の前に現れたのは白い立派なお城であった。少女が白い息を吐く。


『カイはどこにいるんだろう』


「ゲルダが城の周りをウロウロしていると、一羽のカラスが降りてきてこう言いました」


『その子なら王女様と結婚して王子様になっているよ。仕方ないなぁ、僕が連れて行ってあげるよ』


 少女はカラスと共に白い城に入っていく。中はとても冷たく、全てが凍っていた。


「お城の中はとても冷たく、何もかもが凍っていました。その奥には王子様が倒れていました。ゲルダは急いで王子様の元へと急ぎました」


『あぁ、カイ。起きてちょうだい』


「ゲルダの声で王子様は目を開けましたが、よく似てはいるけれど、目をあけた王子はカイではありません。ゲルダの話を聞いた王子は、馬車を用意してくれました」


 茶色の馬車を模した氷像が現れて、ゲルダを乗せて走っていく。住民達はただ静かにそれを見ていた。まるで読み聞かせをしてもらっている子供のように。


「そして、馬車で進んでいくゲルダをつかまえたのは、山賊です」


 馬車の前に出たのは、無精髭の生えた数人の氷像が出てきてナイフを突き出す。


「ゲルダの乗っていた馬車は綺麗な装飾が施されていた為、山賊達はゲルダを縛り上げました。金品を漁ろうとしたその時、山賊の娘が現れたのです」


 勝ち気そうな顔をした娘はゲルダの縄を切った。少女が頭を下げる。


「ゲルダは山賊の娘にカイの話をすると、こういいました」


『北の女の家にいるはずだよ。あたしのトナカイに乗るといい』


 娘は少女をトナ力イに乗せて、北の女の家へと向かう。トナカイの背に乗った少女はどこまでも続く雪原を走り続ける。

 すると、ようやく小さな掘っ立て小屋にたどり着いた。


「小さく粗末な小屋をゲルダはノックすると、綺麗な女の人が出てきました。女は小屋の中にゲルダを入れました」


 部屋の中には暖炉があり、橙色の炎は暖かく感じさせた。女は紅茶を少女のもとへ運び、体を温めた。


「ゲルダが北の家の女に事情を話したところ、北の家の女はこう答えました」


『雪の女王の御殿には、男の子がひとりいる。でも、その子は、なにもかもを忘れてしまっているのだ。だからその子がカイだとしても、あんたがだれかわからないだろうよ。それでもいくのかい?』


「北の家の女の言葉に、ゲルダはきっぱりと答えます」


『いきます。大好きな力イちゃんに会いにいくわ』


 少女の熱い想いを聞いた女は安心したように笑った。そして場面は変わり、雪の女王のいる御殿となる。半透明な氷の御殿の奥に、少年はいた。


「カイは、雪の女王のご殿にいました。カイはだんだんと冷たくなる体を擦りながらこう呟きました」


『ぼくはどうしたのだろう。仲良しの友だちがいたはずなのに、その子の名前も思い出せない』


「つぶやくカイに、女王がいいました」


『おまえの心は凍ったのだ。ずっと、雪のご殿にいるほかないのさ』


 なんとも甘い声で少年を包み、氷と風だけの御殿に少年だけを残した。雪の女王はもう既にそばにはいなかった。


「ゲルダは、やっとのことで雪の御殿に着いて、カイを見つけました」


 少女は少年に抱きついた。


『あぁ、カイ、とうとう見つけたわ。会いたかった』


『……きみは、だれなの? 雪の女王様はどこなんだい?』


「カイは雪の女王に口付けをされていた為、なにもかもを忘れてしまっています。そして悪魔の鏡のせいで、カイは未だに雪の女王が魅力的だと思っています」


『ゲルダよ。力イちゃんの仲良しのゲルダよ?』


「ゲルダの目から涙があふれて、カイのまぶたをぬらします。するとその涙が、力イの目から、悪魔の鏡の欠片を洗い落としたのです。心臓に突き刺さっていた欠片も落ちました。


 氷像が涙だなんて……まったく羨ましいものだ。私ですら自分の感情で泣いた事はもう久しくないというのに。少年はみるみるうちに顔色が良くなり、目に光が宿る。


『あぁ、ゲルダ。僕はここで、なにをしていたんだろう』


『良かった! もとのカイだわ!』


「二人は手をつないで、雪の御殿から出ていきました。そして家に帰るまでずっと手をつないでいました」


 童話語りを終えると、氷像達は踊りながらゆっくりと霧となって消えていく。林があった雪原ももとの更地へと戻っていた。

 住民達は私をじっと見つめていると思いきや、まばらな拍手が起こる。拍手の波は広がっていき、あっという間にパレード終わりのような歓声が轟き始める。


「ご静聴ありがとうございました。さて、お話というのはハッピーエンドが好まれますよね? ですが、あなた達はどうやらバッドエンドが好きな様子……部署まで来て頂けますか?」


 指を鳴らすと英雄ヴォートルの手足が凍り、その場で倒れる。住民は悲鳴を上げていたが、すぐにカプリスが住民達のそばに寄る。


「さすがねオデット。あなたが水の輪をつけてくれたおかげで奴らだけを拘束できたわ」


「いえ、私は尾真田さんの指示で動いていました。経験の差を見せつけられましたよ」


「あら? そんなことわかってるわよ。ただ、あなたが正確にかつ相手に悟らせないように水の輪を付けたことを褒めてるのよ?」


 そう言うと、オデットは少しだけ口角を上げて小さく、そうですか。と呟いた。褒められ慣れていないとはいえ、可愛い後輩を持ったものだ。ただ、今後の成長が見られないのは少し悲しいかな。


「こん、のっ! 厚化粧がっ!」


 メカメカしい獣の爪をした英雄ヴォートルの一人が私目掛けて突進してくる。恐らくこれが暗号文にもあった改造人間なのだろう。氷像を砕き、地面をも抉りながら走るその様は四足歩行の獣そのもの。


「ただの厚化粧じゃないのよ? 子猫ちゃん。爪を研いだら可愛がってあげるわ」


 そいつは水の玉に包み込まれて、身動きができなくなる。私はそいつの首を掴んで目を合わせる。


「私だけを狙ったのか間違いなのよ」


 水の玉が弾けると共に、そいつの体をじわじわと凍らせていく。さて、あとは鈴宮ヘレナとその他諸々の情報を吐き出してもらおうか。テュランちゃんがもとは誰だったかも分かっていない状況だし……今夜もまた寝られない。



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