第7話 眠りの妖精
さて、どうするか。ある程度の自我があれば私の能力は反映されるが……果たしてこの怨毒に自我があるかどうかだ。攻撃対象を決めて攻撃しているのなら野性的な自我が残っているはずだが、体温や呼吸、動きに反応して攻撃する怨毒だと私の能力は反映されないだろう。
“小さな女の子 素敵な夢を見てる
周りに集まってくる森の妖精たち”
私を中心に、くるくると周りながら歌っているのかいくつもの声が左右前後から聞こえてくる。その声は子守唄のようで不思議と落ち着くものだった。この歌い方……シェヘラザードが言っていた。昔は童話だけでなく、童謡も多く伝わっていたと。歌えるというなら自我はあるはず。
「ふむ、それだと私がその“小さな女の子”ということになるようですが……見ての通り、私は狼ですよ」
二本の剣を目の前にいる怨毒に向ける。白に染まった短髪に、光の無い紫色の瞳。そして闇夜に溶ける黒い肌……怨毒の症状だが、不可解な事に背中からは薄い四枚の羽が生えていた。その羽は薄緑色の淡い光を帯びており、円状の模様が入っている。そんな奇妙な姿をした怨毒が五人、私の前にいる。クスクスと笑う怨毒達は私の目を見つめた。
「狼でも昔はか弱い子犬」
「自分の名も忘れ、家族を失った迷い犬」
「利用されている事も知らない哀れな犬」
「ストーリアは悪しき軍団」
「怨毒の正体も知らない同族殺し」
怨毒達は口々にそう言い、剣の切っ先に触れた。そしてクスクスと奇妙な笑い方をしながら、薄緑色の粉を羽から撒き散らす。私は鼻を一度だけひくつかせると、視界が大きく波打った。怨毒の顔どころか、地面すらも直視できないほどに視界は揺れた。
一瞬で症状は収まったが、ほんの少しでも激しい吐き気にめまい……これをテュランに嗅がせるわけにはいかない!
「テュラン、ちょっと失礼しますね」
剣を背中にしまい、テュランを俵のように担ぐ。腰につけていたホルスターから拳銃を取り出し、怨毒の
離れた瞬間に、私はテュランを後ろに乗せてバイクで人の狭い路地裏逃げ込んだ。この辺りにいた住人のほとんどは避難しているはず……狭い路地裏に逃げ込むのは得策ではないが、人命救助が優先だ。
────────……
狭い路地裏を抜け、怨毒達を巻きながらやってきたのはツタや背の高い雑草で覆われた壊れかけの廃ビル。周りに家もなく、中央区のゴーストエリアなんて呼ばれて人のいない場所だ。隠れるにはうってつけだろう。
「テュラン、他部隊に連絡しておきますので隠れていてください」
「えぇー、そんなの嫌だよ」
光の速さで断られ、思わず私は目を見開いてしまう。確かに彼は気分屋だと思ってたけど、こうも空気が読めないとは……相手は怨毒。いくらエピソーダーとはいえ戦わせるわけにはいかない。
「それに、狼さんじゃあの妖精には勝てないよ」
「よ、ようせい? もしかして怨毒の事ですか? 」
「あー……そっか。あの童謡聞いたことないんだねぇ。あれは眠りの妖精、ヌック・マッティ。彼らに魔法の砂をかけられると眠りに落ちてしまう。っていう妖精だよ! だからさっきの薄緑色の粉は睡眠作用かなんかがあるんだと思うよ!」
テュランはニコニコと笑いながら小さなかぼちゃを出し、青白い炎を中に灯らせる。暗い夜道に青白い光が照らし、肌色に塗装されたテュランの肌を照らす。
驚いた。童謡を知る者がいるなんて……童謡は歌詞はあるものの楽譜は残っておらず実際はどんな歌だったのかわからない物が多いんだ。ストーリアに所属するエピソーダーでも童謡を知らない者もいるというのに……
そんな時、耳につけていた小型マイクから一瞬の雑音が入る。そして聞きたくなかった情報が耳に入ってくる。
「アルマちゃんっ!? ごめんだけど、まだそっちには行けないわ! ホワイト地区とブルー地区に怨毒が発生したの。それだけじゃないわ、羽の生えたおかしな怨毒が人々を眠らせているのよ!」
声の主はシルトだった。普段、声を荒らげない彼だが今回ばかりは苦戦しているようだった。ホワイト地区だけでなく、ブルー地区までもが妖精と呼ばれる怨毒がいるとは……そういえば、あの妖精。最初は一人だったけどいつの間にか増えていた。臭いもよく嗅がなければ判別できないほど同じだった。
「ヘイトリッドはブルー地区で加戦してくれているわ。倒しても倒しても消えないのよ。砂になって、またもとに戻るのよ! 怨毒達はどうもアルマちゃんの所へは行かせたくないみたいよ!」
「シルト!? しかし、こっちは────」
言葉は最後まで届かず、無慈悲にもプツリという音が鳴った。おそらく向こうのマイクが壊れたのだろう。
「ねぇねぇ、狼さん!」
話を聞いていたはずのテュランは重々しい雰囲気を壊しにきた。青白く燃えるかぼちゃのランタンはテュランの周りをくるくると周り、やがてかぼちゃの原型が無くなるまで燃え尽きた。ただの青白い炎は羽の生えた人の形となり、テュランと私の間で楽しげに踊る。
「妖精は自然の象徴。妖精が嫌うのは科学の象徴だって聞いたことがあるよ。例えば……鉄とか」
テュランは自身の手に羽の生えた人を自身の手に乗せ、もう片方の手で蚊を潰すかのように押し付けた。炎は消え、テュランの手には何も残っていなかった。
鉄に妖精……そうか、そういうことかっ!
これなら私の能力が確実に反映される。なんたって子供は素直なのだから。
「テュラン、一般人であるあなたに協力を申し込むのは気が引けますが……協力してくれますか」
────────……
“小さな青い妖精が 彼女のそばで
手をとったり飛んだり跳ねたり”
“小さな女の子はすっかり満足して
ヌック・マッティの世界を楽しんだ”
妖精達はすごい速さで飛び回り、私達がいる廃ビルを壊し始める。もとから脆いというのに……全く迷惑な事だ。しかも歌も歌うあの余裕っぷりだ。怨毒なのかと疑いたくなる程だ。
「さて、ここは人のいないゴーストエリア……惜しみなく力を使うことができますね。創造神様の元へ還る準備はできましたか?」
私は二本の剣を持ち、妖精の前に現れる。妖精達は絵に描いたような気味の悪い笑みを浮かべた。一人が羽を大きく動かすと、そこから薄緑色の砂が舞い散る。
はずだった。
その一人は羽を動かす前に銀色に鋭く光る鉄の槍が突き刺さっていた。隣にいた四人の妖精はぐにゃりと姿が歪んだが、すぐにもとの姿へと戻り私に向かってくる。
しかし、砂の使えない妖精なんて私にとっては虫同然。剣で一人は首を、一人は体を、一人は顔を横に斬る。四人目はもう一本の剣で胸を突き刺す。四人の妖精は薄緑色の砂となり、その場に砂の小さな山が出来上がった。
私はおそらく本体であろう一人の妖精の前に立つ。鉄の痛みにもがく妖精は私をキッと睨みつけ、なんとか意識を保っているようだった。一撃で還らすつもりだったが、申し訳ないことをしてしまった。
「鉄……! なんで知って……」
「あぁ、それは彼から教えて頂きました」
かぼちゃにカブを宙に浮かせ、ワハハッ! と楽しそうに笑うテュランが柱の影から現れた。テュランは私の隣に立ち、少年らしい笑顔を浮かべる。
「妙だったんですよ。あなたとそのお仲間さんはほとんど同じ臭いをしていました。どんな生物であれ、体臭まで同じであるものはいません。それと、斬られても撃たれても砂となってまたもとに戻れるなら何故、私の銃を避けたのか……これらのことにより、あなたは羽を動かすことによって砂を作り出し、そこから自分の分身を作った。私の銃を避けたのはあなたが本体で砂からもとに戻れないから私から離れた。違いますか?」
「……合ってるよ、全部。もう私は何も出来ない。殺すなら殺せ。でも、この槍だけは抜いてくれ」
妖精は泣きながら懇願してきた。この怨毒も元はヒトだ。誰だって死は怖い、ならば最期くらい願いを聞き届けてやっても罰は当たらないはずだ。私は刺さった槍を抜き、妖精から痛みを開放する。
そして拳銃を向けた。
しかし目の前にいた妖精は血相を変え、私の肩を握り潰す勢いで掴む。もはや悪魔と言っても過言ではない。
「グッ……!」
ミシミシと明らかに鳴ってはいけない音が鳴り響き、腕が痺れてきた。やはり、こうするしかないのか。最期くらい、痛みなき死をと思ったが……それは彼が許さなかった。妖精と私の影を飲み込み、月明かりを遮る何かが青白い光とともに現れた。
「うん! 堕ちるとこまで堕ちたね! そんな君には鉄のパンプキンを上げるよ!」
怪物パンプキンの上に乗ったテュランは、ブカブカのとんがり帽子が飛ばされぬように両手で持っていた。その時、彼の手首には橙色に淡く光るかぼちゃの紋章が見えた。
怪物パンプキンは巨大な口を開き、妖精を食おうとしている。
「あのまま素直に従えば苦しい思いはしなかったはずです」
私の右手の甲が淡く光る。怪物パンプキンは銀色へと色が変わり、逃げようとする妖精の下半身に食らいついた。怪物パンプキンの口からは妖精の上半身だけが飛び出た状態だ。
「ああああああああ!! 熱い! 熱い!」
妖精は叫びながら手をばたつかせるが、もうどうにもならない。せめてもの報いだ、その苦痛から解放しよう。
拳銃を妖精の額に当て、妖精の手を握りながら引き金を引く。乾いた銃声と小さな悲鳴だけが響き、妖精の体は一度だけ大きく揺れた。しかし、そのあとはなんの色もついていない、ただの砂へと姿を変えた。
「創造神のお導きがありますように」
怪物パンプキンは消え、ホワイト地区とブルー地区にいた妖精の分身である怨毒は、砂に戻って眠らされた人々も目を覚まし始めたという一報が届いた。
テュランは……消えた怨毒の砂に触れ、三日月を眺めていた。そのとき、球体人形である彼が今までで一番人間らしい表情をしていた。
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