第6話 エピソーダーとして

「エピソーダー? テュランという名のエピソーダーはどこにも……まさか、あなた最近目覚めたのでは?」


「わかんなーい! 目が覚めたらなんか球体人形になってたんだよねぇ。そしたら白い服の女が『君の名はジャックだ』なんて言ってきたけど、僕はテュランの方がしっくりくるんだ。あの女と話すのも飽きて部屋から飛び出すとたまたま絵本が落ちてたんだ。それに触れるとご覧のとおり! カブとかぼちゃを思いのまま動かせるんだ! 他にもこんな事出来るよー」


 テュランは一回だけ手を鳴らす。するとテュランのすぐ横に、手のひらに収まるほどの小さなかぼちゃが現れる。かぼちゃはゆらゆらと揺れ、私の前までやってくるとケタケタと笑い始めた。一体何をしたいんだ?

 癖でスンスンと嗅ぐ。かぼちゃの少し甘い匂いがしたのだが、何かが焼けている香ばしい匂いもしたため、驚いて後ろに下がってしまう。するとかぼちゃは急に笑うのをやめ、外から見えていた目と口の部分から青白い炎が揺らめいているのが見える。


「『ジャックは、盗んでは持ち歩いていた好物のカブの中をくりぬいて、残り火を入れました。その日から自分で作った“ジャック・オ・ランタン”の明かりを頼りに地球上をさまよい歩きました』」


 テュランは物語の一部を音読し、ニッコリと微笑む。その顔はとても生気の感じられる顔ではなく、人形の微笑みと変わらないものだった。


「今の僕みたいじゃない? ジャックは天国にも地獄にもいけない不確かな存在。僕も生きているのか、はたまた死んでいるのか断定できない不確かな存在。だからこのエピソードに選ばれたのかもね!」


 ワハハッ! と子供らしい無邪気な笑い声を上げるが、無邪気ゆえの狂気も感じられる。青白い炎を中に灯したかぼちゃは増え続け、夕暮れの町を青い火で埋め尽くされていく。

 中にはかぼちゃではなく、カブまでもが宙に浮いて奇妙な笑い声を上げる始末だ。


「ジャック・オー・ランタンは死者が持つ明かり。その明かりを頼りに死者は家族に会いに行き、その時期を見計らった有害な精霊や魔女から身を守るために仮面を被り、魔除けの焚き火を焚いていた。それがハロウィンの始まり……どうせなら一緒に遊んだ方が楽しいのにね!」


「子供は遊ぶことも大事です。しかし、これはやりすぎです。市民を巻き込み、中央区のシンボルでもあった噴水を壊し、季節外れのハロウィンを開く……その力は決して遊びで使うものではありません」


「だったらどう使うっていうのさ。それに、皆好きでしょ? 何かが壊れていく姿ってさ」


 テュランはそう冷たく言い切り、宙に浮いたかぼちゃやカブを完全な青白い火の玉に変え、私に向かっていくつか飛んでくる。

 普段から鍛えてる私からすれば、こんな火の玉を斬るなんて蚊をはたく行為に等しい。二本の剣で襲い来る火の玉を楽々と斬りつけ、テュランが乗る怪物パンプキンを破壊しようとする。しかし、火の玉がハエのように鬱陶しいと感じるほどに行く手を阻み、中々たどり着けない。


「全く、刃物を持った子供のように騒ぎやがって……少年! いや、テュラン。この力は創造神様の力を借りているだけのものです。神に程遠い我らエピソーダーが力を酷使するとどうなるか知っているのですか?」


 そう言うと途端に火の玉は私の目の前で止まり、花が枯れるかのようにゆっくりと燃え尽きていく。テュランが乗っていた怪物パンプキンも霧のように霧散していき、気づけばテュラン一人になっていた。いきなり大人しくなるなんて……ここに来るまでに力を使い切ってしまったのだろうか。


「神に程遠い? エピソーダーは神の申し子と言ってもいいんじゃないの? 昔から決まっているじゃないか、強者というのは偉いんだ。それこそ、神のようにさ」


 テュランは今までの子供らしい顔ではなく、光の無い瞳で冷笑する。彼に何があったかなんて私は知らないが、彼の内からは強者に虐げられてきた弱者の過去というものがあるのかもしれない。


 だが、私は否定しなければならない。我々は神でもその申し子でもない。


「違うな」


「え?」


「“偉い”と言っても威張るのが強者ではない。“偉い”というのはその強さに責任を持つことだ。悪戯に力を振りかざすのは独裁者のやること……我々、エピソーダーはその力に責任を持ち、正しく使わなければならない。でなければ───────新たな争いの火種となるやもしれない」


 目を大きく開けたテュランに対し、私はただテュランの瞳を睨むように見つめた。

 童話戦争の事は私も詳しくは知らない。しかし、我々エピソーダーが関与していることは容易に推察できる。焦土と化した大地に多くの血が流れ、多くの怒りと憎しみが埋まり、終わりのない泥沼の戦いに一筋の光もない。そう思うのだ。


「エピソーダーが争いの火種なってはいけない。ヒトから光を奪うわけにはいけない」


「……狼さん、口調も乱れるほどに真剣なんだね。なーんか圧倒されちゃったな。そういえば、だーいぶ昔にもこうやって戦意喪失させられたような……もしかして前世からの知り合い?」


「さぁ、前世なんて誰も覚えていませんから。テュラン、一度第五部署に来てください。力の使い過ぎで体に───────」


 胸を撫で下ろした瞬間、周りの街灯の明かりが一瞬にして消えた。日が落ちた今、一寸先は闇と化したが私の目にはしっかりと薄緑色の光がテュランの後ろを通ったのが見えた。


「テュラン!」


 テュランの胸ぐらを掴み、私より後ろに投げ飛ばす。すると近くから風の音が聞こえ、またも薄緑色の光が通る。頬からは生暖かい液体が流れ、鉄の匂いが鼻を刺激する。

 よく鼻を効かせると、対象は一人ではない。少なくとも五人いるな……なぜ、こんなに多く発生しているんだ? タイミングが悪すぎる。


「お、狼さん」


「もう間もなく第三部隊と第一部隊が応援に来てくれます。安心してください。応援が来るまで、怨毒から私が守ります」

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