第8話 レッド地区への訪問

 突然現れた謎の怨毒は解明できなかったものの、季節外れのハロウィンの主催者であるテュランは第五部署で見ることになった。ちなみに、私の右肩はなんともなかったそうだが、数日は絶対安静だと言われてしまった。


「こんな事で休みは取りたくありませんけど、久々の休日を満喫しますか」


「僕もお休みするー!」


「テュラン、あなたは……って!? 何故ここにいるのですか!?」


 少しダボついた黒いサスペンダー付きのズボンに大人を真似したかのような、白のワイシャツに黒ネクタイをしたテュランが私の後ろを歩いている。見た目は十二から十三歳程度であるため、彼といると通報されないか不安だ。

 そもそも、彼はヘイトリッドが面倒見る予定だったはず。


「あ、裸さんは面倒だからアルマについてけ。今なら駅にいるぞ、って教えてくれたんだ!」


「ヘイトリッドに苦情を入れたいところですが、とりあえず裸さんと呼ぶのはやめましょう。せめて赤髪さんにしてください。私達が逮捕されてしまいます」


「ねぇ! 僕も連れてってよ。球体人形になる前の記憶は何一つとして覚えてないんだよね。だーかーら、この夢の国ネバーランドについて教えてよ。もしかしたら、僕の記憶がほんの少し戻るかもしれないからさ!」


 テュランは橙色の髪を揺らしながら私の腕を引っ張る。確かに、彼について聞きたいことは山ほどあるが、彼曰く「気分が乗らない」との理由で知っている事すら教えてくれないのだ。彼にとって我々はまだ信頼に値しない人物なのだろう。


「はぁ、わかりました。ですが、能力を使ってはいけませんよ。あと、うろちょろしないでください」


「うーん、覚えてたら守るよ」


「いや、必ず守ってください」


 テュランは私の忠告を無視し、先へ先へと進んでしまう。帰ったらヘイトリッドを締め上げてやる。絶対に書類仕事なんて手伝ってやるものか。


 今日は久しぶりの帰省、と言っても地区長からの戻ってこいとのラブコールが来たのだ。中央区から故郷であるレッド地区まで電車約四時間ほどかかるというのに……まぁ、泊りがけになるだろうな。私は騒ぐテュランの腕を握り、半ば強引に電車に乗った。


 電車内はそこそこなヒトで溢れていた。獣人、機械人形、人間……様々な種族が静かに指定席へと座っていく。私もそこに座る予定だったが、テュランを一人残すわけにもいかずキャンセルしたのだ。自由席はポツポツと空いていた。平日で、しかもレッド地区に行こうとする者が少ないのだろう。窓際の席にテュランを座らせ、私は通路側の席に座る。その時触れた腕はやはり冷たく、硬いものだった。死んだ者が蘇る……そんなエピソードを持つ者は知らない。もしあるのなら─────いや、これ以上はよそう。私は今守れる者だけを守ろう、そう決意したんだ。


「ねぇねぇ、レッド地区ってどこにあるの?」


「中央区を中心として考えると、西にレッド地区。東にブルー地区。北に王立区。南にホワイト地区があります。今から向かうところはレッド地区の中でも、さらに西にある田舎町です」


「ふーん、夢の国ネバーランドって意外と広いよね。それにしても田舎町かぁ……かぼちゃはある?」


「えぇ、今の時期だとあると思いますよ。ジャック・オ・ランタンでも作ってみます?」


「えっ! 作る!」


 テュランは目を輝かせ、小声でジャック・オ・ランタンと何度もつぶやいている。かぼちゃを食べみてほしいが、人形にそのような摂取はできないのだろう。

 窓の外を眺めて喜ぶ姿はまるで少年のよう。微笑ましくもありながら、悲しくもなる。


 ────────……


 約四時間かけてようやくレッド地区にたどり着いた。ここから先はすぐに実家……と呼んでいいのかわからないが、懐かしの家に着く。テュランはさらに目を輝かせて、ぴょこんと出たアホ毛とともに橙色の髪が大きく揺れる。最初にあったときより元気そうで何よりだ。


「狼さん! ここから先はどう行くの?」


「あぁ、空を飛びます。このグリフォンで」


 持ってきていた高い音の鳴る笛を加え、息をふく。すると“ヒジュクルル”というしゃっくりにも似た音が鳴り響き、ほんの数十秒でグリフォンがやってきた。上半身が鷹、下半身がライオンという中央区では見ない生き物だろう。グリフォンは私の前で犬のように座り、撫でろと言わんばかりに首を捻る。私よりも大きいグリフォンの頭を撫でるなんて到底無理であるため、頭を下げるように指示する。


「へぇー、グリフォンって聞いたことあったけど本当にいるんだね」


「いつから存在し、何故この姿なのかは謎なんですが童話の中でも出てきました。研究者の中では突然変異による生き物で、ここレッド地区の気候と相性が良くて繁殖した。エピソーダーの能力によって創り出された生き物だ。そんな仮設がいくつもありますね。さて、後ろに乗ってください。大丈夫です、ちゃんと躾けましたから」


 私はテュランの手を握り、鞍を掴ませた。グリフォンは鷹のような大きくたくましい羽を何度か羽ばたかせ、やがて空を駆けるかのように飛び始める。テュランは驚きと恐怖のあまり声を発せなくなっているのに気づいたのは、目的地に近づいてからだった。



「テュラン、着きましたよ」


 目的地である畑の広がる町。林檎の木が多く植えられ、街には造花である赤薔薇が垣根の役割を果たしている。本当にこの町は赤しかないな。何かにつけて赤に塗ろうとする。しかし、今日はやけに赤いな……目がチカチカする。


 グリフォンがこの町で一番大きい屋敷の庭に降り立つ。するとその屋敷から赤いハートのペンダントをぶら下げ、麦わら帽を被った女の人がやってきた。


「アルマ! お帰り! みーんなアンタの帰りを待ってたんだよ!」


 土の匂いを纏わせ、汚れた作業服をきたその女は私に抱きつく。


「痛いですよ。テュラン、こちらレッド地区の地区長のキャロル・ハートさんです。隣にいるのはキャロルさんの旦那さん、ルイス・ハートさんです」


 キャロルの後ろから現れたのは少し気弱そうな細身のルイス。ルイスは軍手をしたまま後頭部を掻く。テュランは笑顔のまま名名乗り、ハート夫妻の母性を鷲掴みにした。


「やだっ! アンタの子かい!? 可愛らしいじゃないか!」


「違いますから! 狼を不埒者と一緒にしないでください。はぁ、どうせ今日は何でもない日のパーティーを開くんですよね? 彼も参加させても?」


「もちろんだよ! いやぁ、注文したケーキよりも多く届いてしまったんだ。町のみんなが集まってケーキを処理するついでにアルマの童話語りを聞きたくてね」


 キャロルの代わりにルイスが答える。パーティを開くだけなら別に私を呼んだりしないはずなのに……まさか童話語りがメインだったとはな。ため息をつく私に対し、テュランが服の裾を引っ張る。


「狼さん、童話語りってなに?」


「あぁ、童話語りとはその名の通り童話を語り聞かせるんですよ。エピソーダーは自身が持つエピソード、つまり童話を語り聞かせて後世に繋ぐんです。私だと『赤ずきん』を、テュランだと『けちんぼジャックとあくま』を聞かせるんです」


「エピソーダーってそんなこともするの? それって大切?」


「大切ですよ。童話は面白く、楽しいだけではありません。その中には教訓や善悪の判断、想像力を養う、などの目的もあります」


 私がそう話すとテュランも興味ありげに返事をする。童謡は知っていても誰もが知っている常識は知らない……果たして童謡などの知識は球体人形となったときに知ったことなのか、それとも生前から知っており球体人形となったときに一部だけ反映されたのか……本人から聞かないと分からないな。どう話を聞き出そうか悩んでいると、キャロルがテュランを抱きかかえ、頬をすり寄せる。


「テュランくん、アンタもアルマの童話語りを聞きなよ! 放送だけで聞くんじゃ本当の童話語りは味わえないからねぇ!」


「そんなに期待されても困りますが……今日は何でもない日のパーティです。皆さんが楽しめるよう語らせていただきます」

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