第9話 赤ずきん
パーティの準備は恐ろしく早く、賑やかであった。即興で作ったであろう陽気な音楽に合わせて赤薔薇を集め、純白なテーブルクロスを長い机に丁寧に敷き、美味しそうなタルトが机に並べる。通称頭のおかしな帽子屋……ハット少年が注ぐ紅茶は甘くほんのり苦味のある匂いを漂わせ、兎獣人のラビィが作るタルトは食欲を誘発させる。
気づけば日は落ちており、私を囲むかのように椅子が配置されていた。
「アルマ、先に童話語りを聞かせてくれないか。パーティ後だと、絶対アルコールという悪魔にやられる人が多いと思うから」
ルイスがそう苦笑しながら答える。確かに、パーティの後半には必ずお酒がやってきて、ジョッキで飲みほしたり、アルコール入りのタルトを食べて潰れる者も多い。酒あっての宴会と言うことだ。
「わかりました。では、先に語るとしましょう」
私がそう言い、右手の甲に触れる。
「"ストーリー──────赤ずきん"」
右手の甲が赤く光り、辺りをパーティ会場から青々とした森に変わり、夜から昼に変わる。全てが虚像でありながら、肌にかかる風や木々の香りはとても虚像とは感じられない。私の手元には赤い頭巾の少女と狼が向き合う紋章入りの本があった。本をめくると、周りの風景が変わり、ポツポツと木造の家が並ぶ緑に囲まれた村に変わった。村には子供や若い男女、農夫婦がちらほら見える。童話語りを聞く皆は辺りを見回し、木々や人に触れるが虚像であるため触れられた木々や人は蜃気楼のように揺らめく。テュランは目を大きく開け、空を飛ぶ鳥や地を這うトカゲに触れては自身の手のひらを見ていた。
「昔々のお話です。緑溢れる小さな村に一人の少女がいました。少女は赤い頭巾を被っており、皆から『赤ずきん』と呼ばれていました」
小さな家から赤ずきんの少女がバスケットを持って出てくる。バスケットにはケーキとワインが入っていた。
「赤ずきんはお母さんに寄り道せずにおばあさんの所に、ケーキとワインを届けるように言いました。赤ずきんは頷き、おばあさんの家がある森の中へと入っていきました」
少女は鼻歌を歌いながら森の中へ入っていき、木々の隙間から漏れる陽の光が赤いずきんを照らす。そんな木々の間からギラついた歯に鋭い目、大きな耳と尻尾……少女を狙う狼がよだれを垂らしながら待っていた。
「赤ずきんはお母さんに言われた通り、寄り道せずにおばあさんの家に向かっていると大きな狼に話しかけられました」
『赤ずきんちゃん、君は真面目くさって学校みたいにこの森を歩いているんだね。森には綺麗な花があるんだよ。おばあさんのお見舞いにピッタリだよ』
「赤ずきんは狼にそそのかされ、花を摘みに寄り道をしてしまいました。その間に狼はおばあさんの家に先回りしました」
ページをめくると小さな家が現れ、狼がよだれを垂らして裂けそうなほど口を上げ、何度も舌なめずりをする。
「狼はおばあさんのいる家の扉を優しく叩きました。そして狼は赤ずきんの声を真似し、おばあさんに話しかけました」
『おばあさん、私よ、赤ずきんよ。中に入れてちょうだい』
「おばあさんはそれを聞き、扉を開けた瞬間……」
狼は大きな口を開け、おばあさんを飲み込んだ。その様子は子供には少し刺激的であるため、影だけの表現となっている。
ページをめくると今度は少女が扉を開け、家の中へと入っていった。周りの風景は森から埃の待ってそうな古びた木造の部屋に変わる。
「狼はおばあさんを食べてしまいました。狼はおばあさんのふりをして、ベッドの中に入って赤ずきんを待ちました。ちょうどその時、花をたくさん持った赤ずきんがやって来ました」
『おばあさん、赤ずきんよ。お見舞いに来たのよ』
『あらあら赤ずきん。おばあさんは少し具合が悪いから、近くまで来てくれる?』
「おばあさんのふりをした狼は掠れた声でそう言いました。赤ずきんは疑問に思い、尋ねました」
『おばあさん、なぜ声が掠れているの?』
『それはね赤ずきん、風邪をひいてしまったからよ』
『まあ、おばあさん、とても耳が大きいわ』
『お前の声がよく聞こえるようにだよ』
『だけど、おばあさん、とても目が大きいわ』
『お前がよく見えるようにだよ』
『だけど、おばあさん、とても手が大きいわ』
『お前をよく抱けるようにだよ』
『だけど、おばあさん、おそろしく大きな口よ』
その時、狼はニタリと笑い赤ずきんなんか簡単に飲み込めそうなほど大きな口が、太陽を遮った。吐かれる息は生暖かく、粘着質な唾液の音が響く。それを聞いた子供達は怯え、抱きつき合っていた。
私は一息つき、少し低めの声で話す。
『それはね……お前を食べるためだっ!』
少女は吸い込まれるようにして狼の口の中に入り飲み込んだ瞬間、狼のお腹がポコンと大きなコブができた。
「狼はおばあさんと赤ずきんを食べて眠くなってしまい、そのまま寝てしまいました。そこへ、一人の猟師がやってきました」
窓の外に屈強な男が立っており、背中には使い古した猟銃があった。真相を知る子供達は猟師を見た瞬間盛り上がり、歓喜の声を張り上げる。
「猟師は狼がおばあさんの家にいるのおかしいと思い、猟銃を向けました。しかし、まだ中におばあさんが生きているかもしれないと思い、猟師は狼の腹を切っていくと……」
ここもまた刺激が強すぎる為、おばあさんと赤ずきんが腹の中から出て、さらに狼の腹が縫われて泣き叫ぶシーンに移る。
「お腹の中からはおばあさんと赤ずきんが出てきました。猟師は狼の腹を縫い、目を覚した狼にこう言いました」
『もう二度と人を襲わないと約束するか』
猟師の言葉に狼は何度も頭を下げ、祈るように両手を握ってこう言った。
『もうしません! 約束します』
「こうして、狼は人を襲わなくなり、おばあさんと赤ずきんは仲良く暮らしましたとさ」
本を閉じるとさっきまでいた少女やおばあさん、狼や猟師、全てが煙のように消えていった。青々とした森も赤薔薇の垣根に戻り、白のテーブルクロスが目立つパーティ会場の姿に戻っていた。パチパチという拍手が鳴り響くと同時に子供達の喜ぶ声も響いた。
これが童話語り。エピソーダーの声や思考に合わせてシーンが動き、まるでその場にいるかのような錯覚を起こす。
「へぇー! これが童話語りなんだ! すっごく綺麗だった」
テュランが駆け寄り、ブンブンと私の腕を振る。そして少し恥ずかしそうに小声でこうも言った。
「また、聞かせてね? アルマさん」
「ふふっ、もちろんです」
テュランは満足そうに笑う。辺りは大量のジョッキを掲げる人々が乾杯の合図と共に浴びるようにして飲み始める。テーブルには大量のケーキとタルト、酒が飲めない子供は紅茶を飲む。中にはありもしない即興の赤ずきんの歌を歌う者もいた。
「童話語りお疲れ様! アンタも今日は飲みなよ!」
「キャロルさん、私は飲みませんよ。いつ仕事が舞い込んでくるか分かりませんから」
「真面目だねぇ、酒は十六から飲めるんだよ? 法に引っかかりもしないっていうのにねぇ……でも、たまにはこういうのもいいだろ?」
キャロルが私の肩に手を当て、太陽のような笑みを浮かべてくる。なるほど、もしかしたら私を心配してここに呼んだのかもしれない。相変わらず、本当に良く人を見ている。酒は飲まないが、代わりに紅茶が入ったカップをキャロルのジョッキに軽く当てる。
その時だった、テュランがこの場にいない事に気づいたのは……
─────────……
「うん、やっぱり夜の散歩はいいねぇ!」
三日月が照らす川辺で一人呟く。ううん、一人ではないかな。本当はこうするつもりはなかった。エピソーダーに近づいて報告書をくすねるだけだった……
「残念だけど、僕はそっち側にはつけないや。楽しい事は実に興味深いけど、やっぱり安心する相手と楽しむのが一番だよね」
そう言うと僕に対する殺気が漂い始めた。僕は笑ったままこう答えた。
「報告書にこう書くといいさ……
乾いた銃声音が響き渡った。
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