第10話 王様の言うことは……

 嫌な予感はしていた。だが、それを確信に変えることができなかった。今思えばアルマに話せば良かったと後悔している。テュラン・ジャック……調べれば調べるほど出る不可解な点と英雄ヴォートルとの関連性。そして謎の白服の女。今ここで死なすわけにはいかねぇんだよ。


 乾いた銃声音が鳴り響き、左太腿に激痛が走る。あまりの痛みに声が少し漏れてしまう。

 間に合ったか、グリフォンに乗ってきて正解だったな。


「赤髪さん!?」


 テュランがそう叫ぶ。クソッ、左太腿に銃弾が残ってやがる。アドレナリンが出てるせいでまだ動けるが早めに対処しねぇと俺の足がもたねぇ。


「よぉ、テュラン。アルマの童話語りを聞いてこっちに寝返ったんだな? そりゃあ良い選択をしたな。俺は正式にお前を友人に迎える事ができるからな」


 金の装飾が施された剣を顔の前に構え、目の前にいる黒フードを睨みつける。テュランに盗聴器をつけていたことも正解だった。久しぶりに俺が有能なんだ、後からアルマの名義で高い酒を買ってやる。


「な、なんでここに」


「その話は後でな。今はあの黒フードだ、お前はグリフォンに乗って逃げろ」


 そう言うとグリフォンがやってきて、テュランを咥えて空へと逃げる。黒フードは何度か発砲したが、もうすでに届かないことを知って銃口を俺に向ける。対人戦だとシェヘラザードの許可がねぇといけないが……緊急事態だ、別にいいだろ。


「"エピソード──────裸の王様"」


 そう言うと小さな王冠と赤いマントが現れ、おとぎ話に出てくるような王様の姿へと変わる。さて、さっさと脅して能力を使わせてくれよ?

 黒フードは何度も発砲するが、どうも初心者なのか全く当たる気がしない。だが、何かがおかしい……わざと俺を誘導しているようにも見える。近づきすぎるのもよくな───


 黒フードから距離を置こうとした瞬間、背中からサソリのような尻尾が出てきた。ギリギリ避ける事はできたが、体勢は崩れる。


「なっ! てめぇ、サイボーグかよ!」


 うねうねと動くサソリ型の尻尾は月によって怪しく照らされ鈍く銀色に反射される。黒フードのせいで表情は分からないが、ただ一つ分かることがある。


「なるほどな、殺す事に躊躇いは存在しないみたいだな。お前ら、テュランとなんの関係がある? ラットってどういうとこだ? テュランの事か? それとも……別の実験体の事か?」


「……貴様らはなにも知らない。童話はただの偶然の産物にすぎない。元ある形に戻さねばならん。神の力は神のもとへ、童話はただの本へ……エピソーダーは新たな争いへの火種だ。だから、殺さねばならん」


 駄目だな。聞く耳を持たねぇ……意味深なことばっかり言いやがって。あの銃声音を聞いてアルマはすっ飛んでくるはずだが、間に合わねぇだろう。腕の一本や二本は覚悟しなきゃならねぇな、まぁ左腕なら持ってかれてもいいけどよ……


 サソリ型の尻尾は怪我をした足を重点的に狙ってくる。剣で弾き、何度か接近を迫るが銃口を向けられ仕方なく後ろに下がるしかない。突っ込むしかないか。

 向かってくるサソリ型の尻尾で剣で弾く。


「馬鹿め。近づけば撃たれるぞ」


「どうだか」


 無慈悲な銃声音がなるが、それは肉体に埋め込まれることなく弾き返される。


「お前……! その左腕は義手かっ!」


 左腕の皮部分である肌色のシリコンがめくれ、内部の機械が丸見えになる。あんまり見せなくはないんだがな。


「ご名答。首を落とされる覚悟はできたか?」


 その言葉に恐れ、雑に発砲したりサソリ型の尻尾を動かすが全て当たることなく黒フードの首に剣を当てることができた。銃も弾切れ、尻尾は俺の義手によって封じられている。そして、黒フードは俺に恐怖心を抱いた。勝ったな。


「お前、俺に恐怖心を抱いたな?」


「ひっ……」


 耳元でそう囁き、剣を少し強く押し当てる。カタカタと黒フードは震え、剣に映る俺の顔は悪魔のように笑顔だった。


「よく言うだろ? "王様の言うことは"」


「……"絶対"です。国王陛下」


 黒フードは大人しくなり、片膝をついて頭を垂れる。これが俺の能力。相手が俺に恐怖心を抱いた瞬間、俺の命令に従う。裸の王様がなぜ、裸だというのに誰も止めなかったのか……最大の理由は『周りにイエスマンしかいなかった』ということだ。まぁ、結果的に裸で出歩いた訳だが、誰も彼に反抗する勇気はなかったという事だ。


「さて、洗いざらい吐いてもらおうか。お前は誰だ」


「私は英雄ヴォートルの─────」


 次の瞬間、赤い液体が俺の服や顔に飛びかかった。むせ返るほどの鉄の臭いが鼻を刺激し、生暖かい血の感触が頬から伝って吐き気をもよおす。目の前にいる黒フードの胸には……矢が貫通していた。そこから流れ出る血は心拍に合わせて量が増え、黒フードは口から血を吐き、痛みに喘ぎながら倒れてしまった。


「くっそ! どこからなんだ!?」


 剣を構えるが、左太腿からの痛みが全身に走ってまともな構えになっていない。まずい、このままだとこの黒フードと同じ目に……!!


 アオォォーン!!!


 静かな月夜に轟くような遠吠えが上空から聞こえ、上を向くと二足歩行の銀色の狼が降りてきた。狼は尻尾で俺の体を包み、満月と同じ色をした瞳で矢が放たれた方向に向かって低く唸る。ギラつく歯に、大きな口。立派な耳とゴワゴワとした銀の毛皮。あーぁ、これじゃ、赤ずきんに出てくる狼そっくりじゃないか。ビースト化なんかしてまでやってくるとはな……

 俺は狼の背中に手を当てる。


「俺なら平気だぜ。アルマ」

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