第26話 哀しきエゴ

 入隊初日に、怨毒に遭遇したかと思えば今度は中央区の危機とは……あぁ、私はなんて恵まれているのでしょうか。


「私の名前は花神露。エピソードは牡丹灯籠……名もなき毒の者よ、創造神様の元へと還らせて差し上げます」


 着物を纏った女性は袖で口元を隠し、目を細ませる。なにがそんなにおかしいのでしょうか。怨毒は氷柱を幾本も作り出し、私に飛ばすが刀で弾いてしまえばただの氷。


「懐かしい、実に懐かしいわ。花神露、ご両親はお元気?」


「……両親は怨毒の出現による混乱で、何者かに殺されました。お前、何か知っていますね?」


 厭味ったらしく聞いてきた怨毒は氷のように冷えた紫色の瞳で私をあざ笑う。自我のある怨毒であったとしても、現時点では死者。どんな理由があろうと私はこの怨毒を鎮魂しなければいけません。もし……もし、こいつがあの時の殺人鬼であるのなら、話は別です。創造神様に還す前に、地獄に叩き落とすまでで。


「知っているもなにも、あなたのご両親を殺したのは私よ。あなたの両親は私の正体を知り、絶対に秘密だと契りを交した。もし、破ればお前とその娘も殺すとな」


「両親は真っ直ぐで濁りなき正義を持つ人でした。あなたは私の両親以外にも多くの人を殺していました。人は秘密と正義に弱い生き物です。あなたはそこに漬け込み、両親が警察に告白するのを待っていた……娯楽感覚で人を殺す理由を作って自分を正当化していた。違いますか?」


 怨毒は見下すような目に変わり、上がっていた口角も不機嫌に下がる。なんと傲慢で腐った奴なのでしょうか。こんな奴に両親は見るも無残な姿に……


「両親の死後、孤児院に入れられました。金のない子供に興味のない彼らは殴り、蔑み、快楽の材料として私達を使いました。ハンスさんは怨毒も同じ人なのであるから殺意を見せるな……そう言いましたが、私が真に恨んでいるのはお前のような人の皮を被った鬼です」


 人々を黒フードから守る為に上半身しかない髑髏が骨を震わせる。もう限界ですか、いいでしょう。髑髏はこちらに、人々を逃がすには灯籠で道を作ればいいでしょう。


 私は髪飾りを外し、刀の鞘につける。人々を守っていた髑髏は桃色の花弁に変わったかと思えば、桃色の牡丹が描かれた灯籠に瞬時に変わる。灯籠は黒フードが近づかぬように炎を纏い、近づけば炎の花弁が黒フードに向かって放たれる。宙に浮いている灯籠は避難シェルターへと一直線に並び、人々を誘導する。


「皆さんは灯籠に沿って避難してください! 避難シェルターへと続いています!」


 人々は悲鳴や怒号と共に灯籠に向かって走り出し、黒フードは痛みに喘ぎながら燃えている。


「この人殺し。お前も所詮、魂は私と同じ……殺しの魂を持つ者だわ」


「お前と同じ? なんとおこがましい人なんでしょうか。人であれど、我々の敵となる者は排除対象です。それに、あれは薬物を投与されたケダモノ同然、大を救うには小を切り捨てる他ないのですよ」


「それでも人を救う者たる象徴であるストーリアの一員なの?」


「ストーリアにとって私は異分子でしょうね。私はあらゆる地獄を見てきました。なにせ孤児院を抜け出した後、ストーリートチルドレンと呼ばれる存在でしたから。私はもう、善良なる市民に地獄は見せたくないだけです」


 背後には桃色の花弁と共に三メートルほどの髑髏が現れる。人魂のような青い炎が凹んだ目に宿り、怨毒に向かって咆哮する。


「神や悪魔が作った地獄には行かせはしません。私と、あなたに対する恨みの象徴である髑髏が作り上げた地獄に落としてあげます」


 私の首筋に牡丹が描かれた紋章が桃色に光る。怨毒は舌打ちをした後、幾本もの氷柱を作り出し、最後には髑髏と匹敵する巨大な九尾の狐を作る。

 睨み合う髑髏と狐の間で、私は母が遺した牡丹の髪飾りを揺らしながら怨毒に切りかかる。


 ドガンという髑髏と狐がぶつかる鈍い音が街中に響き、刀と刀が鳴らす金属音が私達の鼓膜を震わせる。こんなにも不快な二重奏は初めてです。氷で作られた刀を握る怨毒の顔は酷いものですね。


「あの時……! お前を殺していればっ!」


「こうはならなかった? 違いますよ。悪しき者が裁かれるのは当然です。お前が選んだ道に私がいなくとも、誰かがお前を裁いていたはずです」


 パラパラと頭上で戦う髑髏と狐から氷と骨の欠片が降る。怨毒は私から離れて先程作っていた氷柱を私に向けて飛ばす。風切りながら飛ぶ氷柱を刀で弾き、私は牡丹の花弁を怨毒に向かって飛ばし返す。当然、怨毒は氷の刀で花弁を切るが、背後には注意はしていない。


「貴様に痛みなき死を、終わらぬ復讐の炎で焼かれなさい」


「いつの間に!? でも、甘いわ!」


 私が怨毒の胸を突き刺すと同時に、九尾の狐が飛ばした氷の欠片が私の横腹を突き刺す。刀から伝わる内蔵がうごめく感覚、自身の腹から流れる生暖かい血が流れる。九尾の狐は髑髏に首を締められ、ただの氷の欠片となって崩れる。


「あっははは、どう? 恨んだ相手と共倒れする気分は!」


「……ほんと、可哀想な人です、ね。怨毒になってまで人を殺したかったのですか? 毒に蝕まれながらあなたは人を殺したかったのですか?」


 突き刺さった氷は抜かず、肩で息をしながらもそう尋ねる。もう、こうでもしていないと意識が飛びそうです。まだ避難は済んでいませんし、氷壁の向こうにはこの怨毒の比にもならないほどの狼型の怨毒がいました。ハンスさんとテュランさんの声も微かに聞こえていましたが、今では全くです。助けに行かなければなりません。


 そう考えていると、怨毒は血の涙をボロボロと流す。


「じゃあ、どうすればよかったのよ……殺さなきゃ生きていけなかった。そういう組織に縛られていたから。酷く、あなたが羨ましかったわ。血に濡れた私を救ってくれたのはあの両親だけ……でも、二人は私の事を話してしまった。あなたの両親が実験体になる話を私の主人から聞いてしまった。だから、私は─────」


 怨毒は徐々に、黒い肌から痣の目立つ白い肌に戻り始める。紫色の瞳も少し青みがある白い瞳に戻り、髪も艶のある黒い髪に戻る。


「殺したのよ! あの二人が実験体になるくらいなら私がなるわ! あの優しい顔がこんな私のような化物顔になるのは耐えられない!」


 怨毒ではなく、普通の女性に変わってしまう。怨毒化は治す方法はまだ見つかっていないはずなのですが……もし、大神さんやハンスさんならば、すぐさま応急処置を施すんでしょう。ですが、この女性も私も救いようのないクズですね。突き刺した刀をさらに強く刺すと臓物を突き破ったのか、つっかえていた物がなくなった気がした。 口からと血を出し、悲しげな顔を浮かべる。


「たった数時間会っただけのあなたに私の家族はめちゃくちゃになりました。もし、あなたと出会っていなければ! もし、両親が血濡れたあなたを見つけなければ! もし、あなたが人の外れた道を歩んでいなければ─────悲しいことにそんな『未来もし』はないんですよ」


「がはっ、ごめんな、さい」


「頭ではわかっているはずなんです。あなたを救わなければなりませんが、一度燃えた復讐の炎は中々消えないのです。あなたが行った事は善でも悪でもなく、ただのエゴ。私が行ったこともただのエゴ。許してとは言いません……なので」


 そう言いかけた時、彼女は血のついた手で私の頬に触れる。自然と流れていた涙をすくうかのように指先を動かしながら、笑う。


「私は……あなたを許します」


 それだけ言い、氷像となって砕け散った。氷像から流れていたはずの血はただの水となる。しかし、私の頬についた血はまだ赤く生暖かいものだった。水たまりに映った私の顔は涙の筋ができており、彼女の血が混ざった涙が頬を伝っている。


「酷い人です。一人、十字架を背負って神が作った地獄へ落ちるなんて……私の罪まで持って逝かないでくださいよ」


 牡丹の花弁となった髑髏が彼女の所にやって来て、魂を運ぶかのように風に花弁が運ばれていった。


 脇腹に刺さった氷もいつの間にか消え、出血が酷くなる一方……しかし、困ったことに生き残りである黒フードがよだれをたらしながら迫ってくる。刀を構えるが、カタカタと手は震えて初めて凶器を持つ子供のようになってしまう。


「うっ、おぇっ」


 刀を持つと臓物が蠢く振動が思い出され、急に胃から食道を通って食べた物が吐き出される。あぁ、入隊初日で死亡なんて。本当に私は役に立ちませんね。


「ぎゃぁぁっ!!」


 黒フードの叫び声と共に赤く燃え盛る炎が私を取り囲む。近づく黒フードは燃え、それに怯えた黒フードは一歩また一歩と下がる。しかし、後ろに行っても柱のように伸びた炎があるため黒フードは叫びながら燃えていく。


「戦場に慣れていない所を見ると新人さんかなぁ? んー、色々あったみたいだけどまずは救護ねぇ」


 白い短髪に大きく長い兎の耳。ルビーのように。輝く赤い瞳をした眼鏡の女性が屋根から地面まで飛び降りる。赤い軍服に炎と兎が描かれた紋章の一部が右手の甲にある。レッド地区の第ニ部隊隊長、火山ひやまデリット。右肩から右手の甲まで伸びた紋章は珍しくて、覚えていました。


「中央区、荒れてるねぇ。こっち側は君がなんとかしてくれたおかげで避難誘導ができているけど、問題は向こうだねぇ。ピーター・マシューさんに連れられたかと思えばこれだし、桃瀬ちゃんは鬼の形相でどこかに行っちゃうし……困ったもんだよ」


「あ、あの」


「大丈夫、大丈夫! 第ニ部隊と第三部隊が救援にきたからねぇ。あと、第一部隊と第四部隊は中央区から漏れ出たウラシマを使用した黒フードを着たゾンビ集団を倒してる。本部はシェヘラザード様とシルトっちがなんとかしてるから、あんたはもう寝ても大丈夫だよ?」


 しかし、という言葉も出せずダラリと火山さんにもたれかかってしまう。もう指先一つも動かせないところを見ると、エピソードを使い過ぎたようですね。灯籠に導かれた人も残りわずか……大神さんを、ハンスさんを、テュランさんを助けにいか、ないと。


 そこで意識は途絶え、視界が黒に染まっていった。

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