第25話 手中の王様

 時間は少しの遡り、数十分前……


「そういや、今日は地区長が戻って来る日だな。手紙に"お前のラッキーアイテムならぬラッキーヒューマンを連れて帰るぞ" なんて書いてたな」


 中央区の地区長……ピーター・マシュー。シェヘラザードの仮の親であり、元第五部隊の隊長兼ストーリアの前総裁というとんでもない男だ。今じゃこの国をあちこち飛び回っているそうだ。


「なぜ地区長がここに来るのですか?」


「さぁな。いつもの気まぐれか、それとも何か良からぬ事が起きる前触れなのか……あの人が俺にラッキーヒューマンなんてものをくれるんだ。俺になんかあるのかもな」


 にこちゃんマークの描かれた可愛らしい便箋の裏にその事が書かれていた。表面は丸文字で世間話を、裏面は達筆な字で短く書かれている。あの人に予知能力はないため、シェヘラザードか王立区にいるエピソーダーに聞いたのだろう。ラッキーヒューマン、ね……これは少し用心したほうがいいな。果たして俺だけなのか、それとも部隊を巻き込んでなのかは分からないが……良くない事には変わりない。


「あの、少し疑問なんですか……なぜこの第五部署にテュランさん、がいるんですか?」


「えーっとね、確かに僕は今でこそ球体人形だけど、こうなる前は怨毒となって死んだ人なんだよ。死んだ人の魂を人形に入れて出来たのが僕なんだけど、全くその前の記憶はないんだ!」


 なんともシリアスで重たい話をテュランは笑みを浮かべたまま明るく話す。子供の姿も相まって狂気的にさえ感じるな。案の定、花神はどう返したらいいのか分からず、口篭ってる。


「あー……本来なら訓練学校を卒業した者だけが部隊に入れるが、テュランは例外だ。英雄ヴォートル側に一度は居た身だ、どうしても監視は必要なんだよ。あと、こう見えて頭は回るし、おそらくお前より年上だ」


 花神は目を大きく開けてテュランを見る。まぁ、言動とこの姿じゃそうは見えないよな。それにしても、アルマのやつ……遅いな。あいつの事だ、あの女性に色々気にかけているんだろう。


 その瞬間、サイレンがけたたましく鳴り響いた。嫌な予感がするな、二度目の出動か。しかも隊長が不在という最悪の時期に……!


「場所は……え!? ストーリア本部と住宅街、広場、中央区の中心に怨毒が発生してるよ! 避難指示は出てるけど、逃げ遅れた人は相当な数だと思うよ」


「は!? 本部とも連絡が取れねぇし……他地区には救援を要請しておいた。本部も気になるが、まずは人命救助が優先だ。住宅街へ行くぞ」


 ───────……


 住宅街は見るも無残な姿へと変わっていた。塵埃じんあいにまみれた道路、瓦礫の山に押しつぶされた家。コンクリートの臭いがする瓦礫の中には鉄の臭いがする赤い液体も混ざっていた。おそらく、瓦礫に押しつぶされて死んだ住人だろう。悲鳴を上げて逃げ惑う人々に逆らい、俺達は走るとそこには黒い二足歩行の狼が立っていた。


 頭から背中にかけての毛は白く、瞳は紫色にギラついている。両手と口周りは赤く染められていた。月でなく、太陽に向かって吠える怨毒は不気味で思わず一歩引いてしまいそうになる。それだけじゃねぇ、黒フードの連中もいる。どいつもこいつも様子がおかしいな……エピソーダーでもないのに、怪力な黒フードもいる。出来れば生かしておきたいが、無理ならば殺すしかない。汚れ仕事は俺が請け負うしかねぇか。


「花神、テュラン、お前らは住人の安全を守れ! 俺はあの狼型の怨毒と他の黒フードを相手する」


 テュランと花神は頷き、逃げ遅れた人の元へと急ぐ。


「"エピソード──────裸の王様"」


「"エピソード──────けちんぼジャックとあくま"」


「"エピソード──────牡丹灯籠"」


 金の王冠と赤いマント。青い火の玉と大きなパンプキン。桃色の牡丹の花弁と巨大な髑髏。俺達のエピソードが同時に発動され、怨毒は俺達のことを敵と見なしたのか白い牙を見せる。開かれた大きな口は赤い唾液が糸を引き、俺に向かって吠えると赤い唾液が飛び散る。


「よくやるぜ、王に牙なんか向けやがって。安心しろ、すぐにその痛みから解放してやる。創造神様の元へな!」


 怨毒はニタリと狐のような顔をして笑いやがった。狼の怨毒の後ろからは白い着物を着た女性の怨毒が現れた。白く長い髪は風もないのに揺れ、黒い肌であるのに首元には雪の結晶のような跡がついている。

 あの怨毒、花神の方を向いて……まさか!?


「花神! 避けろ!」


 俺がそう叫ぶと怨毒は地面から幾本もの氷の柱を突き出し、花神がいる地面にも突き出そうとしていた。花神はギリギリの所で避けることが出来たが、氷の柱によって出来た氷壁のせいで花神だけが隔離されてしまった。しかも厄介な事に、氷壁を作り出した本人である怨毒が花神と同じ壁の向こうにいる。


「テュランはそのまま避難誘導を! 花神は俺が行くまで持ち堪えてくれ!」


 大振りで殴ってくる狼型の怨毒の攻撃をよけながら答える。懐に飛び込めば黒フードの連中が殴り込んでくる。一体どうすれば……!


 その時、怨毒はテュランの方へと走り出した。最悪だ、なんでこうもアルマがいない時に狙われるんだろうな。部下ばっかり狙いやがって!

 走りづらい瓦礫の道を慌てて走り、腕を限界まで伸ばしてテュランの服をガッと掴む。持てる限りの力でテュランを後ろに投げ飛ばし、俺が怨毒の前に立つ。


 血濡れたヒトも握りつぶせそうな両手がもう目の前に迫っていた。避けることはもう無理だろう。だが、抜け出すことは可能だ。


「ヘイトリッド!」


 テュランの叫び声と同時に視界が暗くなる。獣臭いし鉄臭い、なんて……最悪なコラボだろ。


「愚策だな。手札がわからない相手を視界から消すなんてよぉ」


 手の平を隠していたナイフで切られた怨毒は驚いて俺を投げ捨てる。ミシミシと骨が悲鳴をあげていたが、今の所折れている感じはしない。が、しかし。皮膚に纏わりついた粘着性の血液が妙に生々しく胃から何かが込み上がってくる。


「こいつ……本当に怨毒か? 怨毒は傷を負えば大半は血じゃなくて塵が出来るはずだ」


「ヘイトリッド……! 良かった!」


 ほっと息をつくテュランだが、安心してる暇もなく黒フードの男が白目になりながらも襲いかかる。テュランは青い火の中から自身よりも大きい鎌を取り出し、刃の無い方で大きく振り、男の顎を砕く。なんともえげつない光景だ。


「いやぁ、ほんまザル警備やなぁ」


 突然、背後から男の声が聞こえた。後ろを振り返ると黒い涙マークが特徴的な不気味に笑う仮面をつけた男が立っていた。身にまとったタキシードは一切、血がついていない。


「いやぁ、ほんま十六年前と似たような試作品ができるなんてなぁ。エリザベートちゃんの力はほんまもんやったか」


「よぉ、おしゃべり君よ。一体何者だ? 一般人、な訳ないもんな」


「お! 申し遅れてしもたな。俺はジェスター。今の所は英雄ヴォートル側の人間やな。あんたはヘイトリッド・ハンスやな? ちょっと耳につけとる小型マイク、失礼するで」


 ジェスターはいつの間にか小型マイクを手に取る。マイクから、とんでもなくタイミングの悪い女の声が聞こえた。


「ヘイトリッド、帰りは遅くなります。今からストーリア本部に向かっていますので」


「おい! アル──────」


 叫ぼうとしたその瞬間、脇腹目掛けて怨毒の拳が飛んでくる。咄嗟に剣を拳に向けて剣を突き立て、勢いを殺そうとするがリミットの外れた怨毒は力を緩めることもなく俺を吹き飛ばす。走馬灯が見えるわけでも、スローモーションにでも見えるわけでもなく、気づけば瓦礫の山に埋もれていた。側にいたテュランが駆け寄るが、手の平を向けて静止させる。


 ここでテュランまで巻き込まれれば確実に詰みだ。それに、できるだけあのジェスターとかいう道化師と合わせたくはない。ジェスターはテュランを見るが、目的は俺らしくこちらに向かって歩く。


「あぁ、アルマ。こっちはお前が返ってくるのを待ってるよ」


 ジェスターは自身の喉に触れ、俺の声とそっくり……いや、で返事をしたんだ。その後ジェスターは小型マイクを踏み潰し、一枚のジョーカーを取り出す。


回想録メモワール。あんたらがおとぎの後継者なら、俺らは英雄または偉人の後継者や。あんたの大事な狼はもう俺の飼い犬同然や。能力でシェヘラザードの声で、呼び出し、今はこの一枚のカード中で彷徨ってる。そのうち……あまーいあまーい夢の中に溺れて出てこれへんかもなぁ?」


「この道化師が。腐れ縁を舐めちゃいけねぇよ。アルマが暴走すれば俺とあいつが止める。その逆も然り。俺はな……一人で戦っててんじゃねぇよ!」


 ジェスターの首をナイフで斬ろうとするが、当然ジェスターは後ろへと逃げる。しかし、後ろにはテュランが待ち構えており、青い炎で檻を作る。


「ありゃ、まんまと引っかかってしもた。ま、戦力だと俺は勝てへん。声真似、変装は得意やけど、流石に幻想を見せるのはちょっと条件が厳しいからなぁ。だが! 大神アルマことメイジー・シャルルの能力も備わったこいつなら別や」


 ジェスターは仮面を口元が見えるまで上げ、ピュイッと短く口笛をすると怨毒がかぼちゃを相手するのをやめ、こちらによだれを垂らしながら歩いてくる。


「いやぁ、ええもんやな。材料が獣人族ってのは……扱いやすく、強力。けど少々脆いのが残念や。俺は、高みの見物とするわ」


 怨毒はテュランの側により、紫色の瞳をさらにギラつかせる。アルマの能力、本来は幻影を見せて相手がそれを信じる事によって、真実に変える。信じなければ、剣で刺されてもただの霧となって消え失せる。だが、先に幻影を見せるのはかなり力を使う為、あいつはやらない。もし、この怨毒がそれと同等……いや、それ以上の洗脳に近い幻影を見せることができれば……


「おい! こっちを見やがれ!」


 俺がそう叫ぶと怨毒はニタリと笑い、紫色の瞳でこちらを覗く。少し見ただけで頭の中でキィンという高い音が鳴り響き、怨毒の顔が揺れ始める。


「テュラン! られる前に、れよ」


 俺がそう言うときには、もう視界は暗くなって意識は眠るかのように落ちていく。自制が効くのだろうか、テュランは俺を止められるのだろうか。そう考えていると、この世で一番憎い人物が暗闇の中から顔を出す。


「ハハッ、最高に不快だな。偽の両親揃って現れるとはな」


 ──────────……


 ヘイトリッドはがくんと頭を下げ、気を失ったかのように見える。しかし、ヘイトリッドは頭をゆっくりと上げ、今までにないほどの冷たい表情で剣をテュランに向ける。瞳は怨毒と同じ紫色のギラついた瞳であった。


「あー……まさか僕がヘイトリッドに殺られるって事ね? 球体人形なのに、心が痛むからしたくないんだけど?」


 テュランはかぼちゃを創り出し、鎌を持つ。しかし、ヘイトリッドはテュランの訴えも聞かず、いきなり攻撃を仕掛けて来た。金属と金属の弾き合う音が響き、テュランは苦しげな顔をする。


「全く手加減してないね! 殺しはしないけど、適度に傷つけるよ? ここで君から逃げれば、人々を傷つける可能性があるからね! 僕は……手加減はしないよ。だからヘイトリッドも早く目を醒ますことだねっ!」


 二人が戦う様子を檻を抜け出したジェスターがケタケタと笑う。左手には黒い文字でJOKEと書かれていた。


「……ほんま地獄やな。裏社会で生きていくってのは難しいわ」


 ジェスターは仮面の中で悲しげな声で呟いた。

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