第24話 道化師の飼い犬

 ヘイトリッド達には遅れる事を伝え、ストーリアの本部へと向かう。何故だろうか、いつにもまして今日は落ち着きがある。落ち着きがあるのは良いことなのだが、どうにもおかしい。


「大神隊長、シェヘラザード様は上で待っています」


 黒スーツを着た女性がぬっと現れ、エレベーターに乗り込む。こんな女性をいつの間に雇ったのか……この女性も例外ではないが、動きが少し人形のようにも見える。たまにカクッと少し体勢を崩したようにも見えたが、女性は気にせず歩いていく。

 最上階にまでやってくると、いつも通りシェヘラザードが座っていた。やはり、やはりどこか変だ。全身の感覚が少し鈍いのかあまり鼻が効かない。


「やぁ、大神くん。どうしたんだい? 顔色が優れないようだけど……」


 シェヘラザードにそう言われ納得してしまう。ここ最近は色んな事があったし、さきほどのアダムという男に出会ってから気が動転しているのかもしれない。杞憂だったで済めばいいが、シェヘラザードの微笑みがいつも以上に引きつっているように見える。


「それで、どんな用です?」


「……君は、このストーリアをどう思っている?」


「急な質問ですね。ストーリアは、無ければならない存在です。怨毒が増えたことにより孤児が増え、人口も減少しているのが現状です。現時点では状況を打破するものはありませんが、怨毒化を止める手立てを握る連中はいました」


 私は拳銃を取り出し、ニッコリと微笑んだまま名前も顔も知らない彼の額に当てる。


「その連中の名は、英雄ヴォートル。お前の事だ」


「さすが狼やなぁ。鼻だけやなくて勘も鋭いな。ほんま敵わんわー」


 独特な訛りの口調で男は話す。シェヘラザードの顔はドロドロと溶け始め、皮膚であった部分はゼラチンのような塊となって床に落ちる。男は顔を両手で隠し、数秒後に両手をどける。黒い涙のマークがトレードマークとなった道化師の仮面を被った男が私を見て笑う。


「俺はジェスターっていうもんや。今回はな? アダムの旦那からの依頼があってあんたをここに呼んだんや」


「通信してきた時点で罠だったわけですね。シェヘラザードはどこですか?他の者は?」


 拳銃を突きつけながらにも関わらず、ジェスターは馬鹿にするかのように笑う。足音が聞こえ、後ろを振り返るとボタンの目をしたぬいぐるみの兵士がズラリと並んでいた。物も言わぬ綿の塊がここまで恐ろしいなんて……生気のないぬいぐるみなのに、一歩また一歩とカクンカクンとなりながらも歩み寄る。ジェスターは私の肩に両手を置く。見上げると、上から覗くようにして私の顔を見るジェスターが楽しげに仮面の下で笑っていた。


「狼さんよ、いつからここをストーリア本部やと思ってたんや? あんたはアダムの旦那に会ってから、もう俺の能力にハマってるんやで?」


 ジェスターは私の左手の甲に書かれたJOKEという文字に触れる。


「"回想録メモワール──────ジョセフ・グリマルディ"」


 エピソーダーでもなければ無能力者でもない。彼らは遥か昔に存在していた者を受け継ぐ……偉人の後継者だ。 体が途端に痺れ始め、立っているのもやっととなる。目がかすみ、鼻も効かない。なにかこの部屋に毒ガスでも蔓延しているのだろうか。


「今回は処分しろとは言われてないんや。せやからそこからお仲間さんが苦戦する姿見とき。今頃、ストーリア本部にはぎょうさん人形兵がおるんやろなぁ。ほんま、とんでもない宣戦布告やわ」


「な、にが目的なんだ」


「おっ! さすがは獣人族や! なかなかしぶといなぁ。目的ねぇ、ほんの少しの嫌がらせと新たなる戦争の火種を作る。機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナを復活させることらしいで」


 ジェスターは倒れた私の尻尾を突きながら答える。まさか、答えてくれるとは思わず、言葉が出なかった。機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナとは一体なんなんだ。それに、こいつは何故こんなことを話してくれるんだ?


「なんで話してくれるんやって顔してるな。別にな、話したらあかんことちゃうから話してんねん。この国の歴史をずーっと辿ってけば自ずと見えてくる創造神様の真の姿ってもんがあるんや。アダムの旦那はどんなヒトよりも残忍なヒトやで。ま、俺はそんな世界に興味なんてあらへんけどな」


 ジェスターはケタケタと笑い、白い壁に手をつくと壁に大きな窓ガラスが現れる。倒れ込んでいるせいで外の様子は見れないが、黒く細い煙が天に向かって伸びているのが見えた。本部にこのぬいぐるみ兵とは違った人形兵が向かっていること、宣戦布告の為にやっていること。こいつらの事だ、当然のように怨毒も生み出しているに違いない……しかし、体は痺れて動かない。


 ふと、左手の甲を見るとJOKEという文字が紫色に怪しく光っていることに気付いた。ジェスターの左手の甲にもJOKEと書かれて怪しげに光っている。彼の能力は全く分からないが、もしかすると関係性があるのかもしれない。袖の中に隠していたナイフを取り出そうと身じろいだその瞬間、ナイフを隠していた右手の感覚が消えた。それなのに右手はまるで意識があるかのように動き、右手はナイフを持ち、ゆっくりと私の喉元へと刃が向かう。


「危ない危ない、そんな物騒なもん隠してたらあかんやろ?」


 ジェスターの右手は何かを握っているようにしていた。ジェスターの右手が喉元へと向かう度に、私の右手に握られたナイフが喉に少しずつ食い込んでいく。冷や汗は流れ、ナイフから一滴の赤い液体が落ちていくのが見える。毒ガスを吸わぬように呼吸を落ち着かせていたというに、予想もしない恐怖のせいで荒くなっていく。


「……なーんちゃって。今回、狼には死をプレゼントするんやなくて、あんたが会いたがってたとある狼のレプリカを見て貰おう思ったんや」


 ジェスターがパッと右手を開くと、私の右手もナイフを手放し、感覚が戻ってきた。ジェスターは私の首根っこを掴み、窓際へと寄せる。窓を見ると、中央区で一番高いビルと同じぐらいの高さがあるのか住宅街がよく見える。よく見ると、体一つで逃げる人々と黒い軍服がいた。


「な、んで……あれは、花神?」


 白い髑髏が彼女の背後から現れ、逃げ惑う人々の盾となっている。目の前には怨毒と黒フードがいる。


「お! さっそくウラシマの効果が出てるみたいやな。なーんか絶望してるようやけど、見せたいものはこれじゃないねん」


 ジェスターが右手を窓につけ、スライドさせると景色が入れ替わり、今度はヒトと同じ高さの目線となる。崩れたビルに亀裂の入った道路……その先には十六年前に見た巨大なビースト化した黒い狼が立っていた。目は紫色にギラつき、口元と爪先は赤く濡れ、毛は逆立っている。


「あ、れは……!」


「見覚えあるやろ? さすがはシャルル家の血。十六年前の奴と同じ個体ができるなんてなぁ。いや、強さはそれ以上やな。あんたの血が手に入ったことによってあそこまでの怨毒へと早変わりや。エピソーダー様の血はほんま貴重やで」


「どういう事だ」


「えっ! おたくらほんまに何も知らんのな。まぁ、別に教えんでもええか。どうせあの十六年前のレプリカも長生きはせんやろ。それよりも、ほらっ! あの怨毒の横にいるのは誰やろなぁ?」


 ジェスターは顎に手を置き、いやみったらしく笑う。黒い狼の隣を見ると……金の小さな王冠に赤いマント。赤黒い髪が揺れる男。


「ヘイトリッド?」


 ヘイトリッドは剣を握り、テュランと対峙していた。テュランは何かを必死に訴えかけるが、ヘイトリッドは聞く耳を持たずテュランの出したかぼちゃを容赦なく斬っていく。

 ヘイトリッドの瞳は青色ではなく、怨毒と同じ紫色となっていた。

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