第23話 ???の後継者

 ヘイトリッド達と分かれた後、私は女性の話を聞いていた。怨毒となった彼の事、今後のあったはずの未来について……色んな事を話してくれた。だが、エピソーダーへの憎悪はなくならずそのまま去ってしまった。

 怨毒を治す術も見つからず、ただ弔ってる姿は彼女にとって殺人同様なのだろう。


「……帰りましょうか」


 今の自分には何も出来ないと悲しくも悟り、部署へ戻ろうとする。しかし、ここで奴らの臭いがした。黒フードに紛れてウラシマの臭いまでしている……まさか!? ここでまた暴れるつもりなのか!?

 私は臭いがする路地裏の方へと走る。すれ違う人々が驚いて声を上げているが、そんなことを気にしている時間はない。早く取り押さえないと……


「まったく、鼻のいい狼ですね」


 頭上から聞いたことのある低い声が降りかかってきた。黒ローブの臭いにウラシマの臭い、そして……こいつはホワイト区の工場にやってきて怨毒を殺した男だ。また会おうと言っていたが、こんなにも嬉しくない再会があるだろうか。英雄ヴォートル、悪役、そんな到底理解の出来ない話していた男に間違いはない。

 男はフードを取り、素顔を晒す。


 焦げ茶色の短髪に、垂れた茶色の瞳。立ち振る舞いや言動からでは考えられない若々しい見た目だ。高身長なのも相まって威圧感があり、思わず後ずさりしてしまいそうになる。


「僕はアダム、とでも言っておきましょう。英雄ヴォートルのいわばリーダーみたいものです」


「ほぉ? そんなお偉いさんがなぜ私の前に?」


「君達があまりにも気づかないから僕自らが出てきたのですよ。童話戦争……かつてはエピソーダーだって英雄と呼ばれていましたが、神の力を扱えるはずもなく暴走して残酷にも人々を殺していった。『我々が正しいんだ』と唱え、首を縛っているのはあなた達です。現に怨毒についての理解も乏しい」


 アダムと名乗る男は私の額に人差し指で突き、煽る。こんなにも近いのに全く勝てる気がしないのはなぜだろうか。私と同じエピソーダーでもなく、かといって無能力者でもない。確信までにはいかないが、オーラが違う。獣人としてのは本能では警告音が鳴り響いているが、ここで引くわけにはいかない。


「あなた達は何が目的です? 怨毒となり死亡した者を人形に移し替え、あるはずのないエピソードをその人形を強制的にエピソーダーにしていますよね?」


「目的、ですか。それは……君達のような空想達が創るこの国を変える為です。所詮、君達がやっている事は次なる戦争を行う為の準備機関に過ぎません。君達は童話という空想を手に入れ、僕らは英雄達の記録を受け継いだ。この世界は一度滅んでいるのです」


 アダムは手袋をつけた手で私の頬を撫で、満足そうに笑う。私にとってそれがとんでもなく不快だったが、それを拒むこともできない。目が泳いで焦点がずれ、呼吸が徐々に荒くなっていく。


「焚書を免れたエピソードは全てあのシェヘラザードが記憶していますよね? 僕はその逆を覚えています。内容も全て……幸いにも神の力を持つ者は多くいるのでね。軍記物を創るのは実に容易い……シェヘラザードによろしくお願いします」


 アダムは黒いローブをは羽織り、フードで顔を隠すと路地裏の奥へと消えていった。

 なにも聞けなかった、なにも出来なかった。アダムが去った後に思わず地面にへたり込んでしまった。触られた覚えのない左手の甲には『JOKE』という文字が血で書かれていた。文字を擦ると切られていたのかJOKEという切り傷が残っていた。


「冗談? それとも私の事を道化だと皮肉っているのでしょうか……それにしてもあの男、格上どころの相手じゃありませんね」


 この国には私の想像以上に危険に晒されているのかもしれない。怨毒化を促すだけでなく怨毒の秘密も知っているはずだ。ホワイト地区であったあの赤薔薇の少女は元の姿へと戻りつつあった。なんとしてもあの組織を突き止めないといけない。

 立ち上がったその時、小型マイクからシェヘラザードの声が聞こえた。


「大神くん、今大丈夫かい?」


「はい、大丈夫です」


「ちょっと本部まで来てくれないかな? 厄介な事が起こってね」


「分かりました。すぐそちらに向かいます」


 私はそう言い、肌寒い路地裏を出た。


 ────────……


「やぁ、エリザベート。今日はおもしろいサンプルが取れましたよ」


 アダムは小瓶に詰めた赤い液体を金の髪に赤い目をした女性に手渡す。女性はそれを恍惚そうな顔で見つめる。


「これは誰の血なの!?」


「これは中央区にいる第五部隊の隊長……大神アルマ。いや、メイジー・シャルルの血です。彼女はとても特殊なエピソードを持っていますから、面白い物が造れますよ」


「じゃあ、中央区から責めるの? それはちょっと危険すぎない?」


 エリザベートは顎に指をおき、首を傾げる。アダムは手袋を外し、夢の国ネバーランドの地図の中央にあるストーリア本部を指差す。


「シェヘラザードに宣戦布告ですよ。完成品であるテュランには逃げられましたが、あの死神と呼ばれた鈴宮ヘレナのエピソードのおかげで、エピソードを埋め込む実験は成功しました。中央区に例の怨毒をストーリア本部には人形兵を送りましょう。さぁ、血の雨を降らせるときです」

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