第22話 桃色の軍団長

 全身が痛い、呼吸は楽になったが倦怠感に襲われて起きる気力も湧かない。


「ハンスくん、ハンスくん」


 聞き覚えのない声で名前を呼ばれた気がする。瞼を開けようにも重りでも乗っているのかというほど重たい。ゆっくり、ゆっくりと目を開けると、緑色の髪をした糸目の男性が俺の顔をのぞき込んでいた。


「ようやく目が覚めたようだね。体の調子は最高に悪いと思うけど、君の身に何があったか覚えているかい?」


「俺の、身に?」


 悪魔のような怨毒に掴まれ、食べられそうになっていた。そこに……そうだ、この男がやってきたんだ。男はエピソーダーで、怨毒の胸に俺の剣を差し込んだ。穴の空いた胸から燃えていき、怨毒は炭になって散ったんだ。で、俺はその途中で気絶して目が覚めると病院だったわけだ。

 白い壁に少し硬めのベッド。病院独特のアルコールの臭いがする。


「その様子だと思いだしたようだね。助けが遅くなって悪かった。僕はシェヘラザード、ストーリアの総裁だよ」


「総裁!? な、なんでそんな人が俺の所に……」


「君はあれから一週間も眠り続けてたからお礼を言いそびれてたんだ。メイジーと桃瀬くんを助けてくれてありがとう」


 シェヘラザードは椅子から立ち上がって頭を下げる。俺はどうしたらいいのかわからず、言葉にならない言葉を喋っていた。

 待て、メイジーって聞いたことがあるぞ。


「すみません、あの……メイジーって誰です?」


「あぁ、しまった。いつもの癖で……メイジー・シャルル。大神アルマの本当の名前だよ。彼女は忘れているようだけど、知らない方がいい。君だって知ってるだろ?」


 メイジー・シャルル。そうだ、どこかで見たことがあると思ったらあのシャルル夫妻の娘だったのか。二人はエピソーダーでありながら研究者だった。噂によれば危なげな組織を探っている事が向こうにバレ、十二年前のエピソーダー惨殺事件の時に殺されたと聞いている。アルマはまだ三歳の頃だったから何も知らず、大神家で保護されていたんだろう。


「これでも嫌な噂は入ってくる家の息子ですからね。何となくはわかります。名を教えないのは……彼女の為ですか?」


「そうだよ。彼女はまだ十五歳で冷静な判断が出来ない時期だ。そのうち、彼女は思い出して今回のように一人で突っ込んで行くかもしれない。その時はハンスくん、彼女を"正しき白"へと導いておくれ。彼女は……僕の幼馴染みでありながら妹のような存在だから」


 眉を下げて笑うそいつの顔は最高に腹立たしいものだった。それじゃあまるで、仕方なく俺らに任せてるって感じじゃねぇか。自分で守りたいなら守りやがれってんだよ。


「……元からそのつもりですよ。鬼平とアルマでチームを組んだんです。仲間は守るのは当たり前ですが、総裁、守りたい者はしっかり守らないと取られても俺は知りませんよ」


「君、中々言うじゃないか。残念だけど、そういう感情は一切ないよ。僕は守るべき者が多すぎるから。さて、病室の外で待ってる人がいるから、外野の僕は出るとしよう。ハンスくん、君がストーリアに来るのを楽しみにしているよ」


 シェヘラザードはそう言って病室から出ていった。守るべきもの、ね。異様な緊張感が消えたせいか、さっきまで感じなかった痛みが急に襲ってきた。無理して起き上がるんじゃなかった……

 シェヘラザードと入れ替わりにやってきたのは左足に包帯とギプスが目立つ松葉杖のアルマだった。やっぱり折れてたか。


「ヘイトリッド! やっと目が覚めましたか」


「だいぶ長い時間眠ってたみた─────おい、なんで鬼の形相なんだよ。狼だろ? お前は」


 眉間にシワが寄り、鋭利な歯が見えている。


「あなたという人は……私達に強制的な洗脳をかけ、囮になるだなんて蛮勇にもほどがあります。完治したら一発殴らせて頂きます」


「酷えな! まあ、そんだけ怒れるって事は大丈夫そうだな。そういえば、鬼平は?」


 アルマは顔を歪ませ、耳と尻尾を垂らせる。何かあったのだろうか。アルマは震えながら口を開け、衝撃的であまりにもむごい事実を突きつけた。


 ────────……


「鬼平!」


 点滴のスタンドを杖代わりにしてやってきたのは鬼平の病室だった。鬼平は驚いた顔をしたが、すぐに花が舞い散りそうな笑顔を向ける。だが、素直に俺は喜べない。隣にいるアルマだって同じだ。


「ヘイトリッド! もう大丈夫なのか?」


「いや! 俺の事なんてどうでもいいんだよ。鬼平、なんで……お前、それ……」


 鬼平の肘から下の両腕が、鉄で出来た義手に変わっていた。鬼平の能力は手の平から刀を出すことだ。だが、鬼平の腕は機械となって左手の平にあった紋章がなくなったという事はもう二度と、能力は使えないと言うことだ。


「む? あぁ、これは俺の新しい両腕だ!

 俺の両腕は既に壊死していたから切断せざるを得なかったんだ。紋章も消えたからエピソードは使えないし、童話語りもできないんだ! だが、最近の義手はすごいぞ! 神経と繋げるのは少々、いや、かなり痛かったがスムーズに動くぞ!」


「鬼平……」


「いやぁ、あのとき刀を出したままにしておけば刀は失わずにすんだのにな!」


 俺は布団のシーツを鬼平に被せ、頭であろう部分に手を置く。あんな、あんな泣きそうな顔で笑うなんてらしくもない。


「ヘ、ヘイトリッド?」


「……俺はただ英雄が居心地のいい空間を作っただけだ。桃太郎軍団は抜けるつもりはないぞ」


「私も同じです。そもそも、私が突っ走ったせいでこうなったのですから……狼にもけじめというものがあります」


 アルマもベッドの上に座り、鬼平の肩であろう部分に手を置く。鬼平は鼻声になりながらも小さな声で話す。


「俺、本当に使えなくなってしまった……! ヒトも怨毒もあの刀で救うのが、俺の役目だった! 俺は、俺は!」


 被せていたシーツにしわが出来る。


「……弱い、俺はまだまだ弱い。仲間も自分も救えなかった」


「ばっかやろう。弱くて当たり前だ、最初から強い奴なんていねぇんだよ。次は、俺もお前も強くなって……ヒトも怨毒も守るんだよ」


「強くなるためにここに来たんです。怨毒化する謎を解き、平和な国に変えるのが夢なんですよね? 我らが軍団長の夢、叶えるその時までついていきますよ」


 アルマがそう言うと、鬼平は肩を震わせる。そして鼻声のまま大きな声で笑い、シーツを脱いで俺達の肩を義手で掴む。その顔は涙と鼻水で汚れていたが今までにないほどの笑顔だった。


 今思えば、この時から桃太郎軍団なんていう三人組の名前をつけられ、俺達は筆記と剣術は常にトップスリーで三強とも呼ばれていた。


 ─────────……


「─────とまぁ、俺達のこの思想は我らが軍団長から始まってるんだ。恨み、憎しみは消えないが、それを抱く者が少なくすること出来るだろ?」


 昔の思い出をずっと花神とテュランは聞いていた。花神は納得してくれたのか深く頷き、テュランも頷いた。アルマの名前とシェヘラザードの事は話してないがな。


「なんかいいねぇ! 僕は会ったことないけど軍団長さんにも会ってみたいなぁ。真面目な狼さんと酒飲みの赤髪さんの思考を変えた人だから余計にね!」


「まぁ、あいつは童話で言えば主役と言っても過言じゃない。俺なんかよりよっぽど"正しき白"にいるよ」


 デスクに飾った三人の集合写真を見ながら笑う。

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