第27話 蹂躙する狼
エピソーダーの力は怨毒と同等で、エピソーダーは誰よりも怨毒に近い生き物だと言われている。味方につけば頼もしいけど、いざ敵に回ると厄介な相手になる。
ヘイトリッド、自我があるのかどうかはわからないけど間違いなく敵であることに変わりはない。アルマや露だと躊躇って気絶させようと試みるだろうね。でも、僕はそんな心のある生き物じゃなく、ただの球体人形。
「ヘイトリッド、君が殺意をもって僕に斬りかかるのなら僕もそうするよ」
交わった剣と鎌がカタカタと鳴らしながらも、僕が自分に言い聞かせるかのように話す。ヘイトリッドの瞳が揺れ動いた気がしたけど、またあの怨毒と同じ瞳となる。避難はかぼちゃ達に任せているけど、怨毒に対する恐怖のせいで足がすくんで動けなくなっている人もいる。
「くっ! ヘイトリッド、聞こえてるなら少し動かないでよ! 君だって、自分のせいで人が死んで欲しくはないでしょ!」
ピクリとヘイトリッドが肩を震わせる。するとヘイトリッドは俯き、剣で自身の足の甲を突き刺した。黒いブーツからは赤い液体が少しずつ流れていき、荒々しい息が聞こえる。目の前にいたのはもとのヘイトリッドだった。
「う、ぐ……いけっ!」
痛覚を自ら与えることによって、一次的に自我を取り返したヘイトリッドが叫ぶ。僕は宙に浮くかぼちゃ達の上を走り、怨毒の元へと急ぐ。怨毒の手には気絶した男性が握られ、今にも食われそうになっている。
「ほらほら! 悪魔が通るよ!」
かぼちゃから飛び降りて鎌を振り下ろす。僕の体重はないため、重力とスピードに任せて振り下ろしたから、手を斬り落とすほどの傷は負っていない。しかし、驚いて男性を手から離す。
犬の弱点は鼻だ!
僕の背後には先程まで足場として使っていたかぼちゃ達が、勢い良く怨毒の鼻を目掛けて飛んでいく。キャインッ! という悲鳴を上げて怨毒は後方にあった瓦礫の山にぶつかる。その時、違和感を覚えた。
あの怨毒は巨大なパンプキンも潰していた。いくら弱点とはいえ、ガードをする事は出来たはずだ。ヘイトリッドを洗脳した後からこの調子だ。もしかして、洗脳すると力が半減する仕組みなのかもしれない。
殺気を感じて後ろを振り返ると、剣を僕に向けるヘイトリッドがいた。その瞳はまた紫色に戻っている。かぼちゃを前に出し、慌てて後退する。振り下ろした剣はかぼちゃどころか道路にまで亀裂が入り、普段の何倍もの力で僕を殺そうとする。
「特殊な剣とは言ってたけど、道路にも勝つって……ちょっと卑怯くさいよねぇ。あの狼型に洗脳されてるということは、怨毒の力がヘイトリッドに流れてる訳か。どうりで強いはずだよ」
このままだと、ヘイトリッドは怨毒化してしまうのも時間の問題だ。その証拠として、少しずつではあるものの、肌に黒い模様が出始めている。狼型の怨毒に、ヘイトリッド、そしてビルの屋上から見下ろす
他部隊も来てくれているけど、最優先はストーリア本部だろうし、ここは瓦礫が多くてそう簡単には来れない。
「そして、生存者が多数。守りに徹したいけどそれは難しそうだね」
ヘイトリッドはまだ自我があるのか、僕に剣を向けるのをやめ、地面に刺している。やるなら今しかないか。
かぼちゃとカブを集めて、青白く燃える火の玉に変える。今の怨毒なら少しの時間稼ぎができそうだ。
「さてさて、僕の体がまだ動く前に倒さないとね。創造神様のもとへ還ってもらうね」
腕を振り下ろすと青白い火は、十字架の形となって怨毒を囲う檻となる。大量に連なった十字架の檻は硬い上に燃えている為、さすがの怨毒も手は出せないのか唸るばかりで何もしない。あとはヘイトリッドを──────
「さすがは成功体やな。威力も十分、エピソードの扱いにも慣れとるな。せやけどな? 所詮は木偶の坊や」
ジェスターは音も立てず僕の肩に手を置く。そしてするりと僕の横を通り抜け、見下した状態で仮面に手をかける。仮面の下は僕が良く知る人物だった。
「こいつは、前のお前を殺した奴の顔や」
赤黒い短髪につり上がった青色の強い瞳。間違いなく、ヘイトリッドだった。もし、それが真実だとしたら、こいつは僕がこうなる前の僕を知っているということだ。確かに、前の僕は気になるけど……別に知らなくてもいい事実だよね。
「だからなに?」
ヘイトリッドの顔をしたジェスターは驚いた表情をしていたが、すぐに仮面をつけて不機嫌そうにため息をもらす。
「なんや? せっかく教えてやったのに……」
「それが真実だろうが、嘘だろうが僕には関係のない話だよ。僕は僕、前の僕はもはや赤の他人。それに、僕は怨毒となって死んだんだ。エピソーダーであるヘイトリッドに倒されたのなら、僕の魂は救われたと思うよ」
「おもろないなぁ。仲間同士で殺し合えばそれなりに盛り上がったやろうに……しゃーないから俺が直々に殺してや─────」
ジェスターがそう言いかけた時、目の前にいたはずのジェスターが激しい音を立てて瓦礫の山に突っ込んでいた。何が起こったのか理解ができず、小さく声をもらしてしまう。横を見ると、黒く結った髪に濃い桃色の瞳。銀色に反射した義手の両腕。
「子供を脅すなんて笑止千万! お前が誰だか知らないが、殴らせてもらったぞ!」
「も、桃瀬鬼平さん!?」
「む? 俺の事を知っているのか? それはとても光栄だな!」
「い、いや、今はそれどころじゃなくてヘイトリッドが!」
剣を持ちながら唸るヘイトリッドを指差す。桃のお兄さんはなんの躊躇もせずにヘイトリッドに近づき、剣を強く握る。
「ヘイトリッド、良く頑張ったな! 話はピーター・マシューさんに聞いているぞ! さて、お前のことだまだ自我があるんだろ?」
ヘイトリッドは深く息を吸い、桃のお兄さんの肩を掴む。瞳は紫から青に変わっており、額には青筋がたっている。
「あったりまえだ……心底気持ちの悪い悪夢を見させられてるがな。テュランと鬼平はあの怨毒を相手しろ、俺は、市民を逃がす。俺を洗脳している間はただの怪力型の怨毒だ。頼んだぞ」
「任せろ!」
桃のお兄さんはそう言い、刀を抜く。タイミング良く檻から抜け出した怨毒が咆哮し、桃のお兄さんに狙いを定めて殴ろうとする。しかし、桃のお兄さんは刀でそれを受け止めるばかりか弾き返していた。馬鹿力にも程がある……
ヘイトリッドはフラフラとしながらも、大きく息を吸って叫ぶ。
「"王様の言うことは"!!」
今までに暴れる怨毒とヘイトリッドに恐怖していた市民がすんっと真顔となり、片膝をついて頭を垂れる。そしてその返答はいくつにも重なり、どこか狂気的にも思えた。
「"絶対です。国王陛下"」
「怪我をしている者、子供、老人に気遣いながらシェルターへと目指せ! 決して振り返るな! 戻ってくるな!」
洗脳から逃れるために、何度も唇を噛んでいたのか血がダラダラと流れている。しかし、ヘイトリッドは意識を失わず、苦痛に耐えている。
「テュラン、ジェスターは?」
「それが……逃げられたみたい。アルマがどこにいるのかも分からない」
「いや、それでいい。どうやら、俺にとってもラッキーヒューマンは鬼平だったようだ。アルマは必ずここに来る……」
そう言ってがくんとヘイトリッドは膝から崩れ落ちた。洗脳を解かれた? だったらあの怨毒は元の強さに戻ってしまうんじゃ!
嫌な予感は的中してしまった。
優勢だった桃のお兄さんは本来の強さに戻った怨毒に押され、地面をゆっくりと滑っていく。額に流れる汗と震える刀身が負けを物語っている。
「援護するよ!」
僕は青白い炎の紐を作り、怨毒の体に巻き付かせる。熱くて身動きのできない怨毒は苦しげな声を上げる。
桃のお兄さんは常人離れしたジャンプ力で飛び、怨毒の胸を狙って刀を突き刺した──────ように思えた
怨毒は霧となって消えた。血を流していた怨毒が急に消えた? そんな事があるのだろうか。
ベチャリ。
そう不快な音が背後から聞こえた。呼吸をしないはずの人形が、死の恐怖を知らない人形が初めて悪寒が走る感覚が襲う。油の刺さっていない機械のようにゆっくりと後ろを振り返ると、よだれを垂らした怨毒が立っていた。
「あぁ、最悪だ」
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