第64話 第一部隊の隊長

 睛ちゃんはそれ以来、何を質問しても答えてはくれず沈黙のまま家へと着いてしまった。子供なぁ、好きなんだけどなぁ、ここまで嫌われると心が砕けそうになるよ。


 龍の絵が彫られた家紋がついた門を叩く。この昔からの風習なんとかならないかな。面倒だなんて口が裂けても言えないけど。


蟒蛇うわばみには」


 門の向こうから男の声がする。この声はワイアットか。


八塩折やしおりの酒」


 そう言うと、門は開く。私と同じように青い軍服を着た隊員達が、各々が模擬試合を行っていた。その中で、ヘッドフォンをしたワイアットが気だるそうな目でこちらを見ていた。


「……誘拐?」


「違うわっ!! 怪我してるから連れてきたんだよ」


 ワイアットは薄く笑うと、睛ちゃんの頭を撫でる。


「マリーナさん、お風呂、行って。あとで手当する」


 片言ではあったが、ワイアットは返り血で濡れた私を指さしたあとに睛ちゃんを抱き抱える。すると、睛ちゃんはほっとした様な顔となり、ワイアットからの簡単な質問に答えている。まさか、話してくれなかった理由は血濡れだったから?


 やばい、いつも血と汗臭い集団に囲まれているから普通が分からなくなっていたのかっ!


 ショックを受けながらも、ダディにバレる前にさっさと着替えを持って少し離れた場所にある露天風呂へと急いだ。

 それにしても、この御殿を見る度にダディとその先祖がどれほど偉大だったか分かる。ただ、広すぎて部屋の場所なんて忘れそうになるし、夏場は暑すぎる!


 心の中で文句を言いながら歩いていると、いつの間にか女風呂、男風呂と書かれた暖簾の前まで来ていた。暖簾をくぐると、誰かもう入っているのか棚には着替えが置いてあった。しかも二人分。こんな真昼間から風呂ということは同じく血濡れか汗まみれになった隊員だろう。


「はぁ、お邪魔しまーす」


 ガラガラと戸を引くと、肌の白い女性と肌の浅黒い女性がいた。うちにこんな美人いたかな。裸のままじっと二人を見ていると、肌の白い女性の背後から、鋭利な刃物がついた細長い機械の尾が見えた。


「へ?」


 間抜けな声をだすと、黒い肌の女性が両腕を出す。しかしその両腕は、大型の爬虫類のように鋭い爪と固い装甲を持っているのが直ぐに分かる機械の腕であった。二人とも淀んだ瞳で、無言で私を威嚇してくる。


「え、あの、どちらさん、でしょうか?」


 すると二人は顔を見合わせ、首を傾げる。言葉がわからない? だった不法侵入? いや、他の隊員が見逃すはずないし……だとしたら、お客さん?


 威嚇してるだけみたいだから、さっさと頭洗って出るか。


 そう思ってバスチェアに座って、ぎこちない動作で頭を洗う。しかし妙に視線を感じる。ちらりと横を見やると、いつの間にか露天風呂から出てきた例の女性がこちらをじっと見ている。威嚇はしていないが、物珍しそうに見るその視線は痛い。


 気にしたら負けだ。目を瞑ってその場を耐え忍ぼう。シャープーをし、リンスをし、洗顔を……目を開けると目と鼻の先にまで近づいた二人がいた。もはやホラーだよ……


「おーい! ペイル! リーラ! はよ出なのぼせるで!」


 竹でできた柵の向こうから独特な口調の声が響く。男湯から聞こえたけど、隊員でこんな口調のやついなかった。というか、二人の名前そんな可愛い名前だったのか!?

 どっちがペイルで、どっちリーラ?


「おい、無視せんといて──────あ」


 柵の向こうから顔を出したのは、先程の男だった。湯気で顔は見えなかったが、あの位置だと確実に見ただろう。絶望と困惑、羞恥、色んな感情が巡っていると男はさっと柵の向こうへと帰って行った。それも叫ぶ間もなく。


「え、えぇ……なんだってんだ今日は」


 その後は体も洗って、露天風呂にも浸かったけどその間はペイルとリーラが何故かピッタリ寄り添ってくる。例の改造人間なのだろうが、敵意もないからどう対応するのが正解かわかんねぇや。結局、風呂場を出るまでひっつき虫となっていた。


「なぁ、あんたらなに? さすがに怖いんだけど」


 そういうも二人は首を傾げるばかり。


「あー……やっぱ人形姫のお嬢様やったか。いや、湯気でな、上手いこと体は隠れとったんやけど……いや、ほんま悪かった。せやから切腹だけは……」


「ジェスター、さん? とりあえず────ペイルちゃん、リーラちゃん殴ってよし」


 なんとなくそう言うと、二人は割と強めの力でジェスターさんを殴り飛ばす。いや、ごめん、冗談のつもりだったんだけど。二人はこちらを見ては褒めてと言わんばかりの顔をしている。懐かれてる。


「なんでや! お前ら! お兄ちゃんをもっと大事にせぇや!」


「兄さん、可愛くない」


 白い肌の女性がそう言い、私の腕を握る。浅黒い肌の女性も同じように握る。困ったな、モテ期はまだ来て欲しくないんだけど。


「なんでや! お兄ちゃんも可愛いやろ!」


「うるさいよジェスター! 水瀬さんに怒られるよ!」


 横から現れたのは橙色の髪が目立つテュラン・ジャックくんだ。さらにその後ろには鬼の形相をした花神さんまでいる。第五部隊が勢揃いだな。


「お嬢ー、第五部隊の……ってもういるのか」


 こんなに騒がしい中、卯月さんが廊下から歩いてくる。書類やらなんやらは部下に押し付けたな。


「風呂場で立ち止まるのも迷惑だから、こっちに来てくれ。組長も待ってんだぜ」


 騒がしかったはずの空気は、組長という単語一つでピリつく。それにしても、第五部隊が来るなんて珍しい……そしてジェスターさん、彼は元々敵側の人間であるため信用はしていない。そもそも、ダディがそう簡単に認めるだろうか。ここでは組長でありブルー地区の地区長でもある水瀬創一が全て。あの人が認めれば皆が認める。あの人が認めなければ……それは敵となる。


 黒い龍が描かれた障子を開ける。そこに水瀬創一が胡座をかいた状態で待っていた。相変わらず、顔も性格も厳ついダディだ。


「ようこそ、第五部隊。私が第一部隊隊長……水瀬創一だ」

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