第三章 第一部隊
第63話 隻眼
「なぁなぁ! 今日はおっさんとマリーナのどっちが童話語りしてくれるんだ?」
ガキ大将として有名な子供が期待の眼差しで見上げてくる。てか、また怪我してるし……どこで何をすればこうなるのやら。荒れてた私がたかが怪我で説教できないけど。
ガキ大将の周りには多くの子供が集まっては隣に立っていた卯月さんを軽く殴る。相変わらず子供に舐められてる。
「おいガキンチョ、僕は第一部隊の副隊長だぞ?
「うっせぇ! 肩書きを気にしてる男はちいせぇって言ってたぜ!」
「えげつないな……それ、誰から聞い
た?」
「孤児院にいる先生が言ってた!」
孤児院にいる先生、夏子さんか? そういえば卯月さんの元カノにも夏子さんっていた気がするな。ちらりと横を見ると、ダラダラと冷や汗をかいては顔を青くする卯月さんがいた。
「ガキンチョ、お嬢の前でその話はやめようぜ?」
「夏子先生言ってたぞ! 卯月は目移りしやすいクズだって!」
子供は素直だからこそ残酷なんだ。卯月さん、本当にあなたは浮気性のクズだ。そう言う意味も込めた冷ややかな目を送ると卯月さんは分かりやすく目を逸らす。ダディに伝えたら今度こそ指の一、二本は飛んでいきそうなネタだなぁ。ニヤリと私が笑う。
「く、組長には内密に……新作のわらび餅奢るんで」
「プラス前に私が欲しいって言ってた財布買ってくれるなら許す」
勢いよく頭を下げる卯月さんと、卯月さんに情けない情けないと口々にする子供達。彼にこんな口を聞けるのはダディと子供だけなんだろうな。
「あ、そうそう今日の童話語りは私が────」
その時、ドンと何かが背中に当たる。いや、痛くはないけどかなりの衝撃だからびっくりした。後ろを振り返ると、毛先がバシバシになった黒髪の少女が立っていた。左側には赤いメッシュが入っている……ここら辺では見たことのない子だな。
「お嬢」
卯月さんが私の前に出てきて、少女と目線を合わすために屈む。
「君はどこから来たんだ? 名前は?」
「……
卯月さんと顔を見合わせ、お互いに首を傾げる。これはなんと返答すればいいのか……腕を組んで悩んでいると、睛ちゃんはポケットから写真を取り出す。ようやく顔を上げた睛ちゃんの左の瞳は赤く、右の瞳は白かった。しかしどうしてだろうか、この子の瞳孔は蛇のように縦長で、一瞬だけ心臓が大きく波打った。
「双子なの。こっちのタレ目がもう一人の睛」
「あー、その子の名前も睛ちゃんなのか?」
「そう。私も睛、あの子も睛。私達は二人でいなきゃ駄目なの」
なんの感情もないその瞳はどこか不気味にすら感じられた。だが、こんな少女一人だけ残す訳にはいかないしなぁ……童話語りは違う奴にさせて家まで連れていくか。
私は睛ちゃんの手を取り、ニッコリと微笑む。
「とりあえず、私達の家に───────」
「来る」
「え?」
睛ちゃんが意味深なことを言った直後、ぐにゅりという音を立て、スライムのような物が人も通れない民家の間を通ってきた。それは形を保てないのか不快な音を立てては蠢いている。やがてそれは黒い肌をした巨大な四足の何かとなる。
首は長く、白く長い髪の毛以外は毛は生えておらず黒い体は肌を露出していた。尻尾のような部分は長く、垂れ下がっている。大人しく犬のように座るそれは顔を俯かせたままで襲ってくる気配はない。
「卯月さん、子供達を────」
私が後ろへと足を引いたその時。
それと目が合った。
濃い紫色の淀んだ瞳はひとつしかなく、口は大きく裂けていた。怨毒だ。
「"エピソード─────天の羽衣"」
透けた桃色の帯が見えたと思いきや、怨毒の体には瓦礫がのしかかっていた。
「お嬢。大型の怨毒は僕に任せてくれ。子供達を安全な場所に」
「……分かった」
私は戦闘向きのエピソードではない。ダディのように刀で大型の敵を討てるほど強くもない。引きたくはないが、市民の安全が優先。
「みんな! こっち!」
子供達は半泣きになりながらも、シェルターのある方向へと走る。シェルターに入れば大体の怨毒の攻撃は防ぐことは出来る。孤児院の近くにもあってよかった。
だけど……
「なんなんだろうねぇ、最近の怨毒は群れでも作り始めたのか?」
子供達がシェルターに入る直前になって、先程見たスライムのような怨毒が複数体現れる。それらはくっついて二本の腕と四本の足を持つ黒く不気味な怪物となる。 さっきのより強そうじゃんか。
でも、子供達はシェルターに入ったから動きやすくなったな。
「怨毒、童話の型にはまらなくなってきた。やっぱり自分で創ってる」
「ん!? 睛ちゃん! なんでシェルターにいないの?」
「なんとなく?」
その瞬間、怪物が目の前まで距離を詰めていた。無意識的に抜いていた刀で攻撃を受けるが、物の見事に吹っ飛ばされる。
「いったぁ……気味の悪い面しやがって。睛ちゃん! そこの物陰に隠れてて!」
大型相手だと苦手なんだけどなぁ。でも、ほかと比べれば中型、ぐらいか。斬れなくもない。
「"エピソード────人魚姫"」
喉元に入った青い人魚姫の紋章が光る。毎度思うけど、なんで主人公じゃなくて悪役なんかに選ばれたんだろうな。
「対価は私の血と刀。二本の剣を」
刀とポケットに入れていた自身の血が入った小瓶が消え、手元には赤い剣と黒い剣が現れる。さて、対価の量は少ないし、血も新鮮なものではない。五分、いや三分ほどしか維持は出来ないな。
「三分で斬る」
ダッと駆け出し、まずは動きが早い腕から切り落とす。刃はすんなりと通ったが、左腕が私の足を掴む。宙ぶらりん状態だが、掴むなら腕だった。
「一つ目で長い髪、そしてヤスリみたいな歯。どうすればそんな醜くなれるんだろうな」
赤い剣で思いっきり一つ目を刺すと、怨毒は私を手放して暴れ始める。体重で下まで裂けるかと思ったけど、顔の部分だけは固いとか! これ離せば瓦礫とぶつかって死ぬじゃん!
暴れる度に飛び散る血が私の顔や服、地面を赤く濡らす。
「ちったぁ大人しくなりやがれ!」
もう一本の剣を口の部分に突っ込み、横に大きく引く。すると怨毒はスイッチの切れたロボットのように止まり、大量の血を流して地面に突っ伏した。
まだ塵にならないところをみると、生きてるみたいだな。刀で首を切断すると、叫び声上げながら塵と化す。
「さすがお嬢。血に濡れても美人だぜ?」
「卯月さんはいいですね、汗ひとつかかなくて。煙草はやめてほしいけど」
なにも汚れていない姿に腹が立つし、また私が嫌いな銘柄の煙草を吸ってるのも腹立つ。そしてなによりも絵になるのも腹立つ!
顔だけはいいのになぁ、顔だけは。そりゃあのヘイトリッド・ハンスさんと仲がいいわけだ。
「あの、終わりました?」
「あ、睛ちゃん。終わったよ、とりあえず後のことは卯月さんに任せて私の家においで。怪我の手当もしないとね」
ニッコリと笑みを浮かべると、睛ちゃんも薄くではあるが笑っていた。それにしても、この子がさっき言っていた『童話の型にはまらなくなっている』とは、どういうことだろうか。
私達は嘆く卯月さんだけを置き去りにし、家へと急いだ。
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