第65話 駆け引き上手な道化師さん
水瀬家は代々『大沼池の黒龍』というエピソードを何世代にも受け継いできた。しかしダディ……水瀬創一の祖父にあたる
それもそのはず、家紋が龍になるほど続いてきた伝統をポイッと捨てられたようなものだからだ。だからこそ、第一部隊は礼儀を
「第五部隊所属、ジェスターです。本日はこのような機会を設けていただきありがとうございます」
不気味な笑みが描かれた白い仮面のジェスターが、正座をして頭を下げる。黒い龍がおどろおどろしい姿で描かれた金の屏風をバックに、威圧する水瀬創一の姿は貫禄あるものだ。仕事の時の顔をしている水瀬創一をダディとは呼べなくなる。いつもは過保護のめんどくさい父親なのに。
ジェスター以外にもテュラン・ジャックさんや花神さんも挨拶をする。男女合わせて四人の改造人間は外で待機することとなった。知能が低下していて、最近ようやく単語のみの会話が可能となってきたレベルだそう。かわいそうだけど、変に暴れられても困るしこれが一番なのかもしれない。
「ジェスター……お前さんはシェヘラザード様を侮辱するだけでは飽き足らず、エピソーダーを金の卵を産む鶏だと言っていたが?」
創一の顔は笑っているが、目は開いて声はドスがきいている。終わった、ジェスターさんそんなこと言っていたのか……フォローのしようもないなこりゃ。
「……せやな、確かにそう言ったわ。せやけどあれは血の女王の異名をもったエリザべート・バートリがおったからや」
何を血迷った? ジェスターさんの表情は分からないが、敬語からタメ語になっている。終わった。この後絶対機嫌悪いじゃん。
少し離れた所に正座する私と卯月さんは目を合わせ、二人して小さく首を振った。終わったな、という意味も含めて。
「血の女王……あの女か。お前さん、まだ明かしてない秘密があるのか」
「水瀬さんが思うとるよりはあらへんけどな。せやけど、シェヘラザードの真名は『サミュエル』で二神のうち一人だった。さらにアダムの真名は『ティモシー』で、まさかのお兄さんやった……ストーリアは内通者がおる可能性もあるし、今は不安定な状態。秘密なんて話せる状態やあらへんわ」
最もな意見だった。国民からの信頼はガタ落ち、ストーリア内部でも皆が疑心暗鬼となって居心地の悪い日々が続いている。
創一が眉間にしわを寄せたまま口を開く。
「確かにな。それで? お前さんがその話をする意味を教えて貰おうか。回りくどいやり方は好かん」
「……俺はこの中にある
まさか名前を呼ばれるとは思わず、体が強ばった。いやいや、能力を奪うってことでしょ? やったことないけど、無理なんじゃ……いや、相手の同意があって対価を支払われるのであれば出来なくはない、かもしれない。
「生き物以外の無機物や自身の体を対価として支払い、それに見合った武器などを生成することが私のエピソード。正直、エピソードを対価をとして貰う、なんてやったことありませんので成功するかどうかも分かりません」
「でも、可能性はゼロやないやろ? 創一さん、ここはやっすい取引でもしようや。あんた、随分前から
その言葉に創一は初めて表情を曇らせる。私でも知らなかったんだけど……でも、卯月さんは何か知っているのか同じような表情をしている。
「ヘイトリッドはアルマの件で仇討ちに燃え、シルトは相棒を失ったことで冷酷に……今のところ、信用できるのは一つの正義に燃えるあんただけや」
「……なるほど、情報を売る代わりに娘のエピソードの力を借りたいと?」
「話が早いやんけ。なぁ?
創一はフッと鼻で笑い、吸っていた煙管をトンッと灰皿に当てる。雰囲気作りと威圧は完璧だ。
「確かにな、どちらにもやすい話だ。マリーナ、エピソードでこいつの中にある
「は、はい!」
正直自信はない。このエピソードは厄介なうえに扱いづらい。成功したとしても、何らかの障害が残る可能性だって────
その時、閉めていた障子が音を立てて開いた。
「それ、ダリア様なら取り除ける」
そこにはお風呂上がりで髪が濡れてる睛ちゃんが立っていた。その後ろではアワアワと狼狽えるワイアットがいた。睛ちゃんはぺちぺちと音を鳴らしながら、ジェスターの前までやって来てはじっと見つめる。
「ジョセフ・グリマルディ……それが
一瞬、時が止まったかのように思えた。まだ10歳ほどの少女が名前も知らない人のエピソードや
この子は普通の子じゃない。
「……お嬢ちゃん、一体誰なんや?」
ジェスターの口調は優しいが、どこか警戒しているようにも見えた。睛ちゃんは臆することなく平然と答える。
「睛、10歳。同じ名前で同じ歳の双子の睛がいて、私はそのお姉ちゃん。5歳の時に孤児院から出てダリア様に拾われたの」
「そのダリア様って誰なんや?」
「ダリア様は創造神に最も近い信仰者って言ってた。ダリア様は私達に童話を見抜く目をくれた。だから怨毒を見てもどんな童話か分かる。もう一人の睛は童話の能力が何かみえる」
創一の顔はより一層厳しいものとなり、何故か卯月さんとアイコンタクトをとって頷いていた。まただ、この二人はいつも何かを隠している。二人に不信感を抱いていると、ワイアットが近くまで寄ってきて何度も頭を下げる。
口下手なのにこんな役回りまで……かわいそうに。睛ちゃんを抱き抱えて出ていこうとしたワイアットに対し、卯月さんがトントンと肩を叩く。
「ワイアット、ちょっと待ってくれ。睛ちゃん、ダリア様の所まで案内してくれるか?」
「もう一人の睛を探してくれないと嫌」
子供らしく断る睛ちゃんに対し、卯月さんはニッコリと笑みを浮かべる。俗に言うあれが甘いマスクだろう。
「そこのお姉ちゃんと白髪のお兄ちゃん達が明日探してくれるって」
「じゃあ、明日案内する」
ちゃっかり私とワイアットは巻き込まれてしまった。それにしても、なんで急にそんな話になったのだろうか。
創一は一息つき、煙管を専用の盆の上に置いた。もう吸う気はないようだ。
「ジェスター、テュラン、花神……今日は止まっていくと良い。ちょうど中央区には若い奴らを派遣として何人か送っている。気にする事はない」
「お、ということは水瀬創一さんを俺の事を──────」
「認めてはいない。だが、利用価値はある。明日、その睛とともにダリアに会いに行く。お前と改造人間達は付いてこい。マリーナ、ワイアット、テュラン、花神はもう一人の睛を探せ」
そう言って、卯月さんと創一だけが部屋に残って私達は廊下へと追い出された。駄目だなぁ、今日はダディに戻ってきてはくれなさそうだ。最近ゆっくり話せてないのに。
「はぁ、ごめんなさい。組長と卯月さん、最近なんだか余裕がないんですよ。まぁ、それはいいとして部屋まで案内しますね」
強制的に与えられた任務に備えるため、私達は部屋を案内した。改造人間達は雛のように付いてきていて、感情のないその表情に少しゾワッとしてしまった。
──────────────……
「どう思う、卯月」
深刻な顔をした創一が問いかける。ロウソクの明かりの付いた屋内用の灯篭が二人の顔に明暗をつける。
「ダリア様、創造神に近い信仰者。可能性は高いと思いますよ。睛のあの能力はエピソードとよく似ているが、紋章がない。そしてエピソード名を言わずに能力を使用していた」
「……内通者を早めに割り出す所だったが、まさか向こうからヒントをくれるだなんてな」
創一は眉間にしわを寄せた。
「ダリア様とやらは……ドミニクの可能性が高い。明日、確かめに行くぞ」
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