第67話 双眸

 廃れたビルや住宅が建ち並んでいたこの場所も、地平線が見えるほどに更地となっていた。『成れの果て』と呼ばれる怨毒よりも強く知能もある怪物のせいでこうなった。あの時はシェヘラザード……いや、サミュエルが倒したみたいだけど、正直またアレが現れたらこの国も終わるのだろう。


 ゴーストタウンの入口に立てられた黒々とした慰霊碑には彼女の名前も刻まれていた。


「イル……」


 相棒はもうこの世にいない。他にも大神さんや多くの部隊の隊員の名前も刻まれており、いつもよりも乾いた風が頬を掠めた気がした。


「人魚姫、感傷に浸ってる場合ではないぞ? 故人を想い続けるのは非合理的だ」


「ちょっと、鈴宮さん!」


「こう見えても50年は生きてるババアだからね。年寄りからの忠告だよ。そうやって無駄な責任を背負って消えていく隊員を腐るほど見てきた」


 そう言えばそうだった。このヒト、自分を機械人形にまで変えて生きてるヒトだったわ。エピソーダーのほとんどはストーリアに所属する。中には自警団を作って活動している者もいるけど。でも、どちらにしても命を晒しながら生きているようなもの。


 死ぬのは当たり前。鈴宮さんの言葉は納得のものであった。第五部隊の二人は納得していないようだけど。


「他人の人生なんて背負えませんよ。ただ……仇討ちぐらいは許されるでしょう?」


「ふむ……不屈の精神を持つ男の娘もまたそれを背負うか。君の母親は心優しかったがな」


『心優しかった』その一言に全身を巡っていた血が頭に上る気がした。だが、手を出してはいけない。拳を強く握りながら殺意を込めて鈴宮を睨みつける。この女は知ってて私の地雷を踏んでくる。試しているのか? それともなにか? 人魚姫の娘は心優しく、穏やかで平和ボケした奴だと思っているのか?


「心優しいと自己犠牲は違う。私をあんな馬鹿と同じにしないでもらいたい。私は母のようにはならない……父のように威厳あるヒトになるんです」


「蛙の子は蛙なのだよ。事実、君のエピソードは自己犠牲が伴っているようにね。それと、憧れは結構だが自分の将来像は自分で描くものだ。水瀬創一は君ではないのだぞ?」


 どこまで私を煽れば気が済むのだ! このクソアマがっ!!

 余裕なのか目を細めて笑う彼女が余計に腹立たしく、蒼色の羽織で隠していたホルスターから銃を取り出す。それを見た私達二人以外の皆が慌てて銃を握ってきた。


「み、水瀬マリーナさん! 流石に銃は危険です! せめて拳で……」


「露さん!? 拳も駄目だからね!? と、とりあえず銃はしまおうよ!」


「テュランの、言う通り。銃、危ない、血、出る!」


「鈴宮さんもなんで煽るんすか!? 俺、あんたのそういう所マジで理解出来ないっす!」


 騒がしい、鬱陶しい、そして花神さんは拳なら許されるという脳筋っぷりが怖い。萎えたわ。

 分かりやすく大きなため息をつきながら、銃をホルスターに戻す。鈴宮は分かっていたかのように笑みを浮かべ、何故か用意されているジープまで近づく。


「あと言い忘れていたが、第一部隊のジープを借りているよ。あぁ、改造したからもう私のものか。例の子がいるのは少し先なんだ、早く乗ってくれ」


 そう言っては助手席に座る。運転しないのかよ、とツッコミを入れる前に借りた、改造したの二言にまた血管が切れる音がした。


「あんのクソアマ、一回泣かす」


 ピクピクとけいれんする頬は抑えられず、地面が凹む勢いでジープに向かって歩く。その背後で花神さんとテュラン・ジャックが引いた声を出していた。


「ワイアット、マリーナって元ヤン? それとも今ヤン?」


「元ヤン。だけど、昔より口悪い。だから、モテない」


「聞こえてんぞワイアット! 模擬戦でその綺麗な顔を凹ますぞ!」


 後ろを振り返ることなく言い放つと、二人が情けない返事をしていたのが聞こえてきた。いつの間にか隣にいた花神さんは、同情と申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた。なんなの? 第五部隊ってみんなこんななの?


 ───────────……


 胃の内容物が揺すられ、不快感が続く最悪なジープ。しかも薬品臭い。ガシャガシャとなる重い音は奥の方から聞こえ、そちらに目をやると肌色に塗られた機械の腕や足、中には胸の膨らみのあるボディまで吊り下げられていた。人間じゃないから、ヒトの心も分からないのかこの女は。


「悪趣味だな。人のスペアを観察するだなんて。君も何か替えたいパーツがあるのかな?」


「残念ですが、この体は自前でとても気に入っているんです。お気になさらず」


 バッサリとそう言い切ってやった。するとテュラン・ジャックが楽しげな声を上げて注文し始めた。


「子供用のパーツ増やしてくれる? ジェスターから前の僕の話されたんだけどびっくり! 僕めちゃくちゃ高身長のイケメンだったらしいよ! でもさ、子供のほうが色々と都合がいいからさぁ」


「ふむ、木製だと色々と改造しにくいんだ。機械に魂を移すのは危険だし……武器なら作ってあげよう。暗器は持っておいて損はない」


 和気あいあいと会話し続ける二人。もう疲れた。ため息をついて目を閉じた。眠るつもりはなかったが、ここ最近は怨毒の対応に追われていたからか、意識はストンと落ちていった。



『なんで魚なんかと繋がるの?』


 真っ黒な空間の中、睛ちゃんによく似た少女が立っていた。黒いパーカーには多くの血と塵がついていた。ふんわりとした外巻きの黒い髪が揺れる。睛ちゃんと違って髪が短いし、右側には赤のメッシュがはいっている。瞳も右は白く、左は赤い……全てが睛ちゃんと対になるような子だ。


 待て、その前に私を魚呼ばわりしたか?


『だって、人魚なんてほとんど魚でしょ』


 は? 陸地でも生きていけるが?


『じゃあ両生類。蛙とおんなじ。なんで両生類と繋がったのかわかった。もう一人の睛がそうさせたのね?』


 もう一人の睛って、やっぱりあなたは……


『そう、睛だよ。そっか、睛は私を助けに来たんだね。残念だけど、私はダリア様の言いつけを守ってる。どうせなら睛も一緒に逃げ遅れればよかったのに』


 一切動かない表情で淡々と告げるその子に鳥肌がたった。子供のしていい顔じゃない。


『逃げるなら今だよ。戦闘に私は備える』


 そう言ってその子が背を向け、手を伸ばしかけたときに視界は黒から白に変わる。

 まだぐらつく脳内でゆっくりと目を開けると、そこにはワイアットのおそろしく整った顔がアップで映っていた。顔はいいな、おい。


「マリーナさん、着いた」


「……どのくらい寝てた?」


「15分」


 短いけど、まぁいいか。それにしてもリアルな夢だった。写真の通り、もう一人の睛ちゃんだったけど、話し合いでなんとかなりそうな感じじゃなかったな。アダムことティモシーがなにかを隠してる場所にいるということは……ダリアもなにかティモシーと関連してる?


「起きたか人魚姫。ここだよ、この屋敷にいるのを見かけたのさ」


 ジープの外から声が聞こえ、まだ痛む頭を押さえながらもジープから降りる。そこにあっのは豪邸ともいえる大きな屋敷であった。周りにはグチャグチャになった建物と不自然な程に隆起した道路があるというのに、その屋敷だけは形を保っていた。窓ガラスが割れる、門が無くなっている……そんな小さな破損はあったが、あまりにも不自然であった。


「なんでここだけ形を? まさか、ずっと誰かが守っていたとかありますか?」


 花神さんの問いに対して浅田さんが答える。


「いや、家主がいたんすよ。その家主というのがサミュエルっす。地下に閉じ込められている間、俺達は屋敷にサミュエルがいることを耳にしたっす。メルくんにも協力してもらって屋敷を虱潰しにしてたんすよ」


「そうさ。昔はここもそこそこに栄えた場所だったから屋敷はゴロゴロ見つかった。だが、どこもボロボロでね。半ば諦めかけていたらここにたどり着いたってわけだ」


 二人は冷や汗を流しながら屋敷を見る。色味が強い木材を使った屋敷は物々しさを醸し出しており、中からは鉄の臭いがしていた。一歩歩くと、しゃりりという軽い砂のような音がした。足元には怨毒であったであろう塵が散らばっていた。


「遅いよ。両生類」


 聞き覚えのある声が屋敷の玄関から聞こえた。あれは、夢でみたもう一人の睛ちゃんだ。


「ヒトを殺るのは好きじゃない。夢でも逃げるよう忠告したけど、来たってことはそういうことでいいんだよね?」


「私は、君を傷つけることはできない」


 そう、私はただ君を救いにきた。睛ちゃんの約束を果たす為に。瞬きもせずにそう言うと、睛ちゃんは短くため息をついて2本の短剣を取り出す。


「じゃあ、死んで」


 塵が舞ったと認識すると同時に、私の視界いっぱいに2本の剣があった。やばい、これ体動かな───────


 ドンッ


 乾いた銃声が響くと、睛ちゃんは空中で体を捻りながら私から離れていく。それでも少しは掠めたのか頬には血がたらりと流れ落ちた。


「子供相手に……なんて通用しないよ? 私にはね」


 銃を撃ったのは鈴宮だった。命を救われたという感謝の気持ちと、こんな奴に救われてしまったという複雑な感情がいり混じり、口から出たのは絞り出したような低い感謝の言葉だった。それを聞いて、鈴宮はニヤニヤとつきそうなほどの笑みを浮かべてくる。煽ることしかできねぇのかこの女!


「よそ見は厳禁」


 無機質な声が聞こえ、腰に携えていた刀を抜いて攻撃を防ぐ。火花散る剣と刀、睨み合った私と睛。鼓膜に響くのは鉄のぶつかる不快音。

 人間ではありえない滞空時間をもつ瞳ちゃんの足元は不自然な程に浮いていた。それはまるで無重力の中でもいるような……


 睛ちゃんは私から離れ、そのまま空中に浮く。黒い厚底ブーツだと思ってたけど、どうやらそうでは無いようだ。


「ホバーブーツ。睛が作ってくれたの」


「睛ちゃんが?」


「そう、あの子には知恵がある。私には力がある。私達は二人で一つ、一心同体、運命共同体……今も殺さないでって願ってる。でも、ダリア様の言葉は絶対。だから死なない程度に殺す」


 一瞬、苦悶の表情を見せたがすぐに無機質な表情へと戻っては再び剣を構えた。クソっ、どうすれば、傷つけずに確保できる!?

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