第68話 茨の森とダリア様

 一方その頃水瀬一行は──────


「本当にこの先にあるのか?」


「うん。知能ある怨毒が先の道を茨で覆っている。孤児院でも居場所のなかった子が集まってる。中には外国から逃げてきた子もいる」


 組長に抱かれた睛ちゃんがそう語る。話の内容はなにやら物騒だが、その光景は幼い頃の組長とお嬢のようだ。そこに奥さんも入れば良かったんだが……いや、お嬢はきっと怒るだろうな。


「そういえば、ジェスターはこの国の外から来たんだよな?」


「せやで。色々あって俺は英雄ヴォートルに、仲間達は管轄下であった孤児院・・・に一時的に入れられた。困ったことに、奴隷になる前の記憶は確かにあるんやけど、どこか薄い。まるで……小説でも読んだみたいに想像上でしかなくて、生々しい感覚とか詳しい記憶はないねん」


「えぇー? それ本当か?」


「嘘やあらへん! ほんまや! みーんなそうやねん。せやから夢の国ネバーランド以外の外国の話が学校でも、テレビでもあんまり出てこーへん。まるでこの国中心に回ってるみたいにな」


 ジェスターは仮面の中でくぐもった笑い声を上げる。やっぱり外国人の考えは理解が出来ないな。国際情勢は大事だけど、自分の国以外の国を映す必要性はないだろうに。


 迷ったら出てこれない、なんて噂のある森の中をかれこれ1時間は歩いている。最初こそマイナスイオンを感じていたが、今となってはいつもより寒さを感じている。マフラーでもしてくるんだった、ちょっと11月を舐めてた。後ろにいるジェスターの仲間、改造人間達は何も感じないのか平然とした顔だ。


 肌の白い女性がペイルちゃん、青白い瞳と金の長髪が特徴。肌の浅黒い女性がリーラちゃん、藤色の瞳と黒く不揃いな長髪が特徴。

 うん、女性はバッチリだ。だが、問題は男の方……


 両方とも肌は白いが、一人は黒のツーブロックの似合うツリ目は黒マスク野郎……じゃなくて、ブルーノ。身長が低くて片目が前髪で見えないのがグレイ。

 やべぇ、野郎に関しては渡されたメモを見ないと忘れるな。それにしても気味の悪い奴らだ、体の一部が機械化されてるなんてな。だが、収納可能なのか見た目は普通のヒトに見える。


 カシャンカシャンと小さくなる金属音が森の中で反響する。しばらくすると反響音が小さくなり、少し開けた場所に出る。しかし、茨の壁が立ち塞がっておりこれ以上先は進めなさそうだ。


「待って」


 踵を返した僕達を睛ちゃんが止める。睛ちゃんは茨の近くまで歩く。


「"いばら姫、糸車、100年の眠り"」


 3つの単語を淡々と告げる。すると茨は蛇のように不気味にしなり始めた。這うような地響きがより恐怖を煽り、思わず少しだけ腰を低くしてしまう。やがて茨の向こうから見えたのはどこまで続いているか分からない一本道が現れた。ご丁寧なことに左右には逃げられないよう、茨の壁まで出来ている。


「この道まっすぐいくと、ダリア様や皆がいる。道中で出会う怨毒にはなにも触らないことを約束して」


 蛇のような縦長の瞳孔はまっすぐ僕達を捉える。いや、捕らえるというのが正しいか? 蛇に睨まれた蛙のように硬直する体。10歳ほどの幼女に初めて恐怖した。だけど、僕達の組長は蛇ごときに睨まれて萎縮するような人じゃない。


「あぁ、約束しよう。行くぞ、卯月」


「……はい」


 藍色の羽織が妙に腹立たしい。奥さんが亡くなってからも組長は変わらない。ただ強く、億さず、不屈な精神を持つアンタに惚れた奴は腐るほどいるだろう。そういう所が僕は嫌いだけどね。

 下唇を少しだけ出して歩く組長を見ていると、後ろにいたジェスター達が声を揃えて不細工だと言ってきた。スクラップにしてやろうか、僕は顔だけはいいからな。


 茨の壁が両側にあることによって圧迫感はあったが、道は広いものであった。霧で少し先の視界が見えにくくはあったが、進めないものではない。妙な生暖かさを除けば恐怖はかんじなかっただろうに。


 下駄の音、少し回転の早い靴音、ブーツの音、金属の鳴る音……そんな音さえ無意識に聞き流しているとまた違った足音が前からやってくる。


「誰かきたな」


 ジェスターがそう呟くと、お仲間達がジェスターを守るようにして前に出る。組長も鞘に手を当て、いつでも抜ける準備をしていた。霧の向こうには黒い人型のシルエットがぼんやりと浮かぶ。


 コツ、コツ、ゆっくり鳴る足音に心拍は大きくなる。


「おや? 睛ではありませんか。その人達は……お友達ですか?」


 霧の向こうから現れたのは物腰柔らかそうな男性であった。ただ、顔は黒い布で隠されている。白のコートに身を包んだ男は僕達に近づいて会釈する。その時、近くにいた睛ちゃんの息遣いが少し早まった気がした。それは喜びか、恐怖か……まだ判断材料には至らないか。


「私はこの孤児院の責任者、ダリアと申します。隊服を見る限り、ストーリアの方々ですね? いやぁ、こんな辺境にいるせいかエピソーダーにお会いするのは初めてなんです」


 ダリア、その言葉に組長と僕には緊張が走ったが、物腰柔らかな態度や優しく撫でるような声に戦意は削がれそうになる。


「あぁ、布は顔の傷を隠す為でしてね。子供達を怖がらせない為にしているのです。あと、ちゃんと見えていますよ?」


 近くに寄っていた睛ちゃんの片手で隠し、もう片方の手で布を上げる。


 ヒュッ─────


 人の顔見てこんな反応は駄目だ。駄目だが……軽い吐き気が襲った。

 赤みの強い桃色の瞳は綺麗ではあったが、あらゆる箇所が皮膚移植をした跡が大きく残っていた。顔の右側は耳まで大きく口が裂けており、そこから白い歯と桃色の歯茎が丸見えだった。ダリアが横を向き、少し口を開いて舌を伸ばす。裂けているからから常人より長く見え、寒気がした。


「おや、少しイタズラが過ぎましたね。ここでは彼女の眠りを妨げてしまう……どうぞ、案内しますよ。ゆっくり話ができる部屋に」


 ダリアはまたも霧の中へと入っていく。


「お二人さん、俺といいダリアといい胡散臭い人に好かれる体質なんか?」


 何故か後ろで隠れていたジェスターが、お疲れ様とでも言わんばかり置かれた手が腹立つ。というか、自分で胡散臭いって自覚してたのか。


「自覚はあるんだな……だが、あのダリアという男、ドミニクとは似ても似つかない」


「なんや、やっぱりドミニクのこと知っとるんかいな」


 ジェスターの平然とした声にただ、ぽかんと情けない顔をして見つめることしか出来なかった。


「ドミニクがダリア様ねぇ、それやと俺の能力どころか命まで持ってかれる。てなわけで、俺は今からお二人さんが信用してる部下っていう設定にしといてくれ。名前も適当でええわ」


 ジェスターは仮面を外すと、髪色も仮面の中から見えていた瞳の色も全て変わり、別人が出来上がっていた。僕の次にクッソイケメンなのが腹立つな。


「ほら、早く行きますよ?」


「んんー? 僕達の組長に近づくなよー? 胡散臭いのが服に移るだろ?」


「おやおや、これは失礼しました。天ちゃん」


 胡散臭い仮面男から、胡散臭い執事になったな。その後もギャイギャイ言い合いを続けながらもダリアの後を歩いた。組長は呆れてなにも言ってはこなかった。それにしても、なぜ後ろに隠れてた? ドミニクの事も知ってるし……やっぱ重要な何かを隠してるな。しかも、あの変装は回想録メモワールの能力だろう。吐血するとは言っていたが、なぜ能力を使う?


 歩きながらも顎に手を当て、考えているとジェスターが顔を覗いてくる。


「眉間に皺を寄せて何を勘繰っているのです?」


「さぁ? 重要なことを隠してる執事くんには教えてやらない」


「卯月、ここで聞いてもそいつは答えないぞ」


 組長にそう言われてもうこれ以上聞くのはやめた。ジェスターはニッコリと笑みを浮かべて後ろを歩く。まったく、気味の悪い男だぜ。その時、背後から何かを重たいものを引きずるような草木の音が響いたが、後ろにあるのはじわりじわりと微かに動いている茨の壁だけであった。

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