第69話 茨に隠された秘密

ダリアが案内したのはまるで小さなお城のような孤児院であった。しかし、城壁には蔦が張っていて外観を損ねている。こんな隠れ家のような場所に里親なんて来るのか? そもそも収入源はどこから? 疑問は尽きない。


「皆さん、お客様がお見えですよ?」


ダリアが大扉を叩く。扉はゆっくりと開かれ、そこで待っていたのは一列に並んだ白服の少年少女達だった。肌の色、目の色、身長、体格……全てが異なる彼らを見ればこの国のものでない事は明らかだ。彼らは声を揃えて小さく挨拶し、ダリアの元へ歩み寄る。


「よく出来ました。ご褒美をあげましょう」


ダリアが出したの何の変哲もない飴だった。この時期の子供にとって甘味はご馳走みたいなものだから、彼らも目を輝かせて喜んでいた。今のところはただの善人だが、きな臭いと思うのは僕だけか?


「こちらです。睛、私達大人だけで話をするので皆と遊んできなさい」


「……はい、ダリア様」


それまでダリアにくっついていた睛ちゃんはすんなりとその場を離れ、他の子と共に孤児院の中に消えていった。駄々は捏ねないのか。あまりにも年不相応な態度に違和感を抱きつつも、ダリアは応接室へと案内する。


落ち着いた雰囲気が漂う応接室は黒革のソファーとガラスの机、子供から貰ったであろう折り紙や絵が飾られていた。

アールグレイの香りが抱いていた警戒心をほんの少しだけ柔らかくした気がした。


「さて、本日この孤児院に来た理由はなんでしょうか? 見たところ、貰い手ではありませんね」


ダリアが首を少し傾げると、顔の前にある布もまた少し靡く。


「突然押しかけてすまない。なにせアポを取るのも困難な場所にあるもので……私達が来た理由ですが、あなたの事を睛ちゃんがよく話すもので興味が湧いたんですよ。こんな辺境の地にある孤児院から、ブルー地区までどうやって来たのか、気になりまして」


「なるほど、そういう事ですか。真実を述べても疑われ、偽を唱えれば明日の朝日は拝めません。いいでしょう、この孤児院の事を説明しましょう」


あっさりと受け入れたダリアは声色を変えることなく話し続ける。これは、本当に白のなのかもしれない。


「私からも一つお伺いしてもよろしいでしょうか」


執事の姿をしたジェスターがずいっと現れる。お前が出る幕ではないだろう、と睨むもあいつはただ笑っていた。その裏に何かしらの感情を隠しているのは明白なのに、道化師だからか感情を隠すのが上手い。


「なんでしょうか」


「今まで送り出した子の記録を見たいのですが、よろしいでしょうか」


「ふむ、それは個人情報ですが良いでしょう。ストーリアの皆さんですし、見せないと納得しないでしょう?」


ダリアは立ち上がって天井まである本棚へとジェスターを案内する。データがあるのは13年前……エピソーダー惨殺事件と重なるな。ジェスターはニコニコしながらもファイルを手にしてはじっくりと読み始める。なるほど、あいつの狙いはこれか。だが、自分の回想録メモワールを渡す気なんてあるのか? 話にも出さないなんて……


「水瀬さんも拝見なさりますか?」


「いや、その者に任せます。私が気になることとは別なので」


「そうですか。では、早速この孤児院について話しましょうか。着いてきてください。ここは全て彼女から始まったのですから、挨拶にいかないと」


ダリアは応接室にあった古びた鉄扉に手をかける。普通、応接室に外に出るための扉つけるか? センスが無さすぎて驚くぜ。

組長をちらりと見やると、こくりとだけ頷いた。ジェスターとその仲間は先に行ってろとでも言いたげだ。


嫌々ながらも薄暗く寒い茨の森を歩き続ける。奥へ奥へと歩く度に茨の量は多くなり、歩いている地面にさえ茨が張っていた。針のように尖り、針よりも太い赤い棘を持つ茨がまた少し動く。


「彼女の名前は誰も知りません。ただ、いばら姫、そう呼んでいます。どうかお静かに」


ダリアがそう言い、茨で出来た壁に手を当てる。すると茨は生き物のように動いては奥へと続く道を開けてくれた。木漏れ日だけが差し込むこの場所に、一人の女性がちょこんと座っていた。白く長い髪に黒く塗りつぶしたような肌、そして光のない紫色の瞳をしている。間違いなく怨毒だが、妙な空気があった。


神聖なもの、そう感じられた。精霊、守り人、聖女、言葉は色々出てくるもののどれも当てはまらない。今まで見てきた怨毒の中で明らかに異質なのは明白だった。


「いばら姫、エピソーダーであった彼女はこの場所を守るために自らを怨毒に変えた。そう言われています。目を開けていますが、100年の眠りにつくと言われている童話を受け継いでいるので会話は不可能。ごく稀に返答がありますが、寝言のようなものです」


「なぜストーリアに知らせなかったのです?」


「……怨毒といえど中身はヒトです。私は二人の兄がいます。昔は仲が良く、同じ夢を歩んでいました。ですが、この世界がなんなのか、自分という存在がなんなのか知ってからは二人の兄は変わってしまい、今では二人が別人のように思えるのです。私は兄とは違い、怨毒もヒトも同じ対応をしたいのです。全てを知る者として」


怨毒の肌に触れ、先程子供たちにあげていた飴を口に入れる。怨毒は無表情ではあったが、飴を転がしているのか頬が少し動いている。たまたまなのか、意図的なのか怨毒がこちらを見た気がした。


「この物語は終わりを迎える。この世界、人、物、敵、神、全てが空想。世界は幾度となく姿を物語を変えて我らに運命を与える。それを知った我らに何が出来ようか。幸福を描こうが、絶望を描こうが始まりへと回帰する。キャラクター、この世界をどう生きる」


怨毒の冷たく無機質な声が響いた。誰もなにも言わなかった、いや言えなかった。理解し難い言動とその内容を何度反芻しても理解出来なかった。組長も眉間に皺を寄せては怨毒を見つめていた。


ただ、ダリアだけが冷静であった。


「最近、このように呟く事が多くなりましてね。寝言ですので、そこまで気にしなくても良いと思います。子供の脳内は自由で幻想的なものですから」


怨毒はもうこちらを見ていなかった。寝言、で終わらせるにはあまりにもメッセージ性の強いものであった。全てが空想、そしてキャラクター……何とも形容し難い恐怖と焦燥感が襲ってくる。前にも味わったようで、味わっていないようなこの感覚は非常に気味が悪い。


「ここは二人の創造神と一人の信仰者が暮らした土地なのです。世間ではアダム様ことティモシー様はヒトを怨毒に変えて、この国を貶めようとしていると言われていますが、ティモシー様もサミュエル様も私にとっては神なのです。あの方の指示に私は逆らえません。いえ、逆らう必要がないのです」


突然話し始めたダリアは怨毒の髪を整え、傷だらけの体に包帯を優しく巻く。


「孤児院も慈善事業ではありません。経営には資金が必要となります。ここが孤児院として成り立っているのはすべてティモシー様のおかげなのです。私はこの手を何度も汚し、他国から様々な人を攫っては売ってきました。もちろん、創造神に対する絶対的な忠誠心を誓わせました。そして出来上がったのが、回想録メモワールを持つ幹部達です」


布の中の顔は分からない。声色も正直分からない。だが、この男が相当なクズであることは分かった。子供を救うために殺し、攫い、挙句の果てには英雄ヴォートルに売っただと? ふざけているのか?


黒い手袋をしたまま拳をキツく握ると、組長が肩に手を置いた。顔こそ落ち着いているように見えるが、何年も付いてきた僕には分かった。あぁ、これはかなりご立腹だな。ピリピリとした空気が肌を刺す。


「真の奴隷は私なのかもしれません。これが良くない事だと私も自覚しています。私が死ねばこの孤児院にいる子供も彼女もただ死を待つだけでしょう。あの子達が幸せになるのなら地獄でいくらでも苦しみましょう。私はただ、幼少期にして欲しかったことをあの子達に与えているだけなのです」


布が揺れて僅かに見えたその顔はおぞましいものであったが、優しく微笑んでいるつもりなのだろうか。僕には酷く嘲笑しているように見えた。


「大事ならなぜ睛ちゃんがここから出ていったのです? しかも傷だらけで、あなたと出会っても駆け寄りはするものの嬉しそうな顔一つしなかった。それがあなたが幼少期に欲しかった関係なんですか?」


「……あの子達は突然ここにやって来ました。対になった髪色や瞳をした二人は童話に対して異常な程の執着を見せ、他者に一切の興味も示しませんでした。童話戦争時に現れた大蛇とよく似ている。もしかすると、あの二人はその末裔かもしれません。ともかく、あの子達が出ていったのは自分自身の意思・・・・・・・で私はなんの関係もありません」


途端にダリアは冷たく一線を引いたような言葉で睛ちゃん達を遠ざけた。なんだ、この違和感。あれほどまでに優しい顔をしていた男が布越しにでも分かるほど無表情であることが感じられる。


だが、そんな関心のない子に童話を見抜く力と童話の能力を見抜く力を与えるだろうか。童話に対する異常な程の執着も見られない、どちらかというと無関心に近い。ただ、生き抜く為に童話についての知識を得た、そういう風に僕は見えた。組長もそれに気づいたのか鋭い瞳でダリアを睨む。


「では、睛の力にも気づいているのか?」


「力? 一体なんのことでしょう?」


組長はついに鞘に手を置いた。戦闘は避けたい。避けたいが……矛盾が生じた今、こいつは黒だ。

その時、壁となっていた茨に無数の黒い文字が浮かび上がる。この文字は重なっていて見えにくいが、『JOKE』?


「俺はここに来ていないから知らないが、リーラ達にエピソードを使って孤児院で隔離されていた頃の話をしてもらった。ここに来れて本当に良かった」


茨の上に乗り、なにも描かれていない白い仮面をしたあいつがいた。普段のおちゃらけた態度も、馬鹿げた口調もなく、静かな怒りと怨毒の意思とは反する動きをする茨がダリアを追い詰める。


「リーラ、ペイル、ブルーノ、グレイ。どれも名前は載っていなかった。だが、子供は嘘を使わない。ちょっとばかし強引な手を使ったが、笛の音に従って答えてくれた。確かにここには俺の仲間がいた、と。まったく、俺も運がいいな。まさかとは思って調べてみればビンゴだったんだからな」


仮面から血が滴り落ちる。ダリアはなにも答えず、怨毒の肩に手を置いたままであった。


「おかしいよな。忠誠心の欠片も無く、逃げる気しかない俺の仲間が何もせずここで過ごしていたなんてありえない。お前がいつもご褒美として渡している飴……なんか仕組んでるだろ? ここにいる奴は全員、子供にしては目が据わってるんだよ」


茨がダリアの首に近づく。


「俺は道化師という演者だ。この茨は小道具。JOKEと書けば全ては俺の思うがまま……喜べ、聖人のフリして、子供売って金儲けしてる演者を探してたんだ」


そこに僕達が知るジェスターはいなかった。

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