第77話 好奇心、その先に愛

 星海の中、彼はあまりにも美しく舞った。星を撫でるように、水を纏うように、一筋の光を抱くように……黒い布で隠された顔なんて気にする暇もなく、指先一つの動きも洗練されたその姿は芸術そのものだ。


 見惚れている、というのとはまた違う。戦場において形を崩さず戦うその姿に気圧されているという方があっている。視界も制限され、吐く息は白く、寒さで手足に制限されているというのになぜあれほどまでに舞うようにして戦えるのか。星を抱くように優しく、見せつけるように力強く、狂気ともいえるその敬愛に体の芯から冷えていく。


「お前、これは演舞じゃないんだぞ。観ている奴なんて一人もいないのに何故舞っているんだ?」


 それは好奇心からくる質問。動きを止めたそれは黒い布に手をかける。


「全ては乙峰様の為、全ては竜宮城を作る為、物語を完成させなければならない。完成させればあの方は乙姫として存在できる! 私は……あの方を──────」


 黒い布を外すと、顔に大きく入った亀裂が目に入る。刺激を与えれば崩れそうな顔からは透明な液体が流れていた。


「傷つけ、壊し、どのような顔をして死んでいくのか、どのような声を上げ、どのような言葉を遺し、どのような行動をとるのか知りたい!! 今まで犬のように従っていた私に裏切られ、恐怖して今度は自分が私に屈服する情けない姿を見たいのです!」


 叫ぶ度に亀裂は大きくなり、透明な液体が大きな水溜まりを作っていると分かるほどに興奮していた。違う、これは敬愛でも純愛でも狂愛でもない。これは、無邪気な好奇心。


「好奇心は猫を殺すという言葉があるんだが……お前の狂った頭に叩き込んでおくことをオススメするぜ。なんなら、今ここで叩き込んでやろうか?」


「結構です。どうせ私は怨毒となるか死ぬかの二択の運命。それに、英雄ヴォートルに始末されるのもそう遠くない未来ですしね」


「始末?」


「そう、始末ですよ。乙峰様を殺害し、乙峰珠也となって姿をくらましていたアダム。最初は彼を殺害する計画でしたが……知れば知るほど馬鹿らしくなっていたのですよ。王子が生き、国王が死ぬように、オオカミが死に、村人が生きるように……世界はそうやって出来ています。どうやったって脇役が主人公を殺すことなんて出来ないんですよ」


 くつくつと笑い声を上げては崩れかけた頬を押さえる。このまま、こいつに話させれば有力な情報が得られるんじゃないか? 僕が得られるものは極わずかで偏りがあるし、上手く誘導していければ───────


「そう焦らないで。私は全て話すつもりですよ? あなたが今後、どちらにつくかどうでもいいですが……一言、伝えておきましょう」


 近寄ってきては耳元で囁く。


「───睛は殺しておけ」


 ──────────……


「アヤメ、それでラスト?」


「うん、ラスト」


 アヤメは尾鰭を失って泳ぐことすら困難になった骨の鮫を足で潰す。パシャリという音が静かに鳴り、煙となって消えていく。2人の体は擦り傷はあれど出血はしておらず、着いた埃をはらっていた。


「卯月は上に行ったみたい。追いかける?」


「えー、面倒くさい。卯月だけで対処できるはずだよ。厄介なのは更に上。たぶん、乙姫となった人がいる。ツクル、上に行くか下に行くか」


 アヤメが黒パーカーの袖を捲り、ツクルに渡されていた白と黒のツートンカラーが目につく剣を手にする。10歳の子供には到底持てそうにもない剣だが、アヤメはそれを難なく振るう。ツクルは一度天井を見上げたが、直ぐに床に触れる。


「下、下にいくつかのエピソードが混ざった何かがいる。たぶん、怨毒……ウラシマがあるんじゃない? 例の薬物」


「ウラシマ、それで怨毒を飼ってるわけ?」


「今回みたいに人を攫ってきたんじゃないなな。竜宮城って時の流れが止まっていて、やってきた者をここに閉じ込めることが出来る。なにせ海の中だからね、逃げも隠れも出来ない。でも、怨毒の量は多くない」


「怨毒を倒すことも私達の使命。行くよツクル」


 アヤメは鯨骨と瓦礫によって床に出来た大きな穴に向かって飛び込んだ。それを見たツクルは大きくため息をつき、同じく穴へと飛び込んだ。穴はそれほど深くはなく、着地さえ成功すれば怪我はしない程度のものであった。しかし中は驚く程に暗かった。


 一寸先も見えないような暗闇の中、生暖かい息遣いやジュクジュクとなにかの液体を踏みながら歩く音、硬い何かで床をゆっくりと引っ掻く音が響いた。常人ならば見えないが、アヤメとツクルはよく見えた。


「怨毒が五体と……浦島が創った海洋生物が二体。いや、あの化け物えらく大きいね。アヤメ、いけそう?」


「さぁ? まぁ、何とかなるよ。ん? ちょっと待って! 奥に誰かいる」


 アヤメがそう言うと、突然明かりがつき辺りを照らした。そこにいたのは瀕死となった怨毒と蛸の頭をした緑色の体の化け物、そしてヘッドホンを首にかけたワイアットだった。


「"フェンリル"」


 吹雪のような色の毛皮を持つヒトの数倍はある巨狼が突然現れ、瑠璃色の瞳を覗かせる。真っ白な牙を剥き出しにし、蛸の頭を持った化け物を喰らう。フェンリルと同格の怨毒が果敢に襲いかかるが、フェンリルはその鋭い牙と爪で怨毒の肉体を裂く。それでもなお、動き続ける怨毒はフェンリルを押し退けようとするも一発の銃弾によって怨毒の体はピタリと固まり、サラサラと砂のように消えていった。


「ツクル、アヤメ、怪我……ない?」


 ワイアットは片言になりながらも銃を直してから2人の傍に寄る。しゃがんで、垂れた白い瞳で2人を慌てたように見る。


「私達は無事。でも、上に卯月とマリーナが多分いる」


 ツクルの答えに対して、ワイアットの眉間にシワが寄る。


「怨毒、数多い。まだいる」


 ワイアットの背後には蜥蜴の姿をした怨毒、半魚人のような怨毒、腕が鎌のようになった怨毒など大小様々な怨毒がわらわらと集まってきた。


「二人、後ろいて。俺、片付ける」

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