第76話 演舞
竜宮城の中はまるで水槽のない水族館のようだった。骨の中に光を宿した魚が辺りを静かに照らし、小魚は群れてゆっくりと泳ぐ。海に使っている訳でもないのに骨だけじゃない魚やサメ、などの海洋生物がゆったりと泳いでいた。
足元には小魚と海底を泳ぐいわゆる根魚が何事もなかったかのように僕達を通り過ぎていく。イルカに触れても逃げられることもなく、骨となった魚に触れても特になにも起こらなかった。まるで僕達だけがその場にいないような感覚となり、じっとりとした恐怖心が内部から侵食されるような感覚に鳥肌が立った。
「デートスポットに最適」
「ツクルちゃん、遊びにきたんじゃないからね? ほんとに、お嬢には早く戻ってきて欲しいぜ」
「慌てても仕方がない。だったら落ち着いて周りを見るべき」
アヤメちゃんが据わった目のまま平然とした態度で魚を握り、指で突き刺す。なんとも倫理観に欠けた行動だし、そもそも生きた魚を指で刺せるのも謎だ。
エラに指を突き刺すと、魚は血を流しながら何度も痙攣した後ついにはピクリとも動かなくなっていった。死ぬということは普通に生き物なのか。
「卯月の力が影響されない時点で生き物であることは分かってたけど、やっぱり生き物だった。魚が住める環境かつ私達も呼吸が出来る環境に海を変えた。もはやファンタジーだよ」
「アヤメちゃん、僕の服で血を拭くのはやめようぜ? この隊服意外とするんだぜ?」
僕の言葉なんて聞こえていない彼女達は辺りを警戒しながらも先へと進む。骨の魚が生きてる……なんて思いたくないが、エピソードが発動しない以上どうにもならないな。
試しに骨の魚を捕まえ、肋骨の中、目の中、至る所を探した。肋骨の中にあった淡い光の中にだけ何やら妙なものが入っていた。
「これは……卵? しかもちゃんとした形となっていない未熟なものだ。まぁ、確かにこれも生きているとはいうな」
じゃあ、全体ではなく、骨のみに重力をかけてみるとどうなんだ?
試しに肋骨の1つに触れる。胸辺りに刻まれた月と帯の淡い黄色の紋章が光っていることだろう。
ガシャンッ!!
1つに重力をかけたのにも関わらず、光は蝋燭が消えるかのようにして消えて骨は全て床に落ちてしまった。やがて骨は元からなかったかのように白い煙となって霧散していった。手元にはぬらぬらとしたビー玉にも満たない小さな卵だった。
「なぁ、これって浦島のエピソード……じゃないよな?」
「……違う。これは本物。ツクルはどう?」
「エピソードの名前は見えない。アヤメの瞳でも能力が見えない。つまりこれは本物で、魚かなにかから奪ったもの。骨の魚に付けたということは卯月対策だったのかも」
なるほどな。孵卵器のような機能を付与した骨の方が他の生き物に襲われる危険性もないし、竜宮城内で繁殖が可能となり、食料だけでなく本物の竜宮城に近づくというわけか。漁獲量減少の原因はこれだったのか。
ブルー地区では顔役でもあるせいか、僕の事はかなり広く知れ渡っている。対策されても仕方ないが、タネさえ分かればどうってことない。
どこまでも続きそうな朱色の橋を歩き続け、また骨の埋まった青いタイルが続く。さっきから同じような光景、同じような生き物、まさかグルグルと回っている?
「また同じような場所。面倒になってきたな……そこの壁でも壊してみるか?」
飽き始めていた2人は俺に抱えられている。子供とはいえ、2人を抱えるのが意外とキツいというのもあり、迷路にハマってるなら壁を全て壊してやろうという気持ちになっている。冗談混じりにそう言ったが、困ったことにアヤメが腕から抜け出し、近くにあった朱色の柱をかなりの勢いで蹴る。
すると、周りにいた骨の魚達がカタカタと骨を鳴らしながらこちらを見る。上下左右、全ての視界に骨の魚だらけとなった。全てに重力をかけたとしても、量が多すぎる。範囲外にもいるから全てを押さえることは不可能だな。
「ツクル、アヤメ、来い。振り落とされるなよ?」
そばにいたツクルとアヤメを抱えると、案の定骨の魚は噛み付くためなのか突進してきた。
「こんな刀の使い方したら怒られるだろうな」
組長の怒り顔を思い出してしまったがもう遅い。刀は勢いよく宙に浮かび、僕は二人を抱えたまま鞘を掴んだまま宙に浮かぶ。骨同士のぶつかる音が響くと同時に、薄く透明な帯が大きく揺れる。一箇所に集まってくれるこの時を待ってた。
「堕ちろ」
バキャッ、というなんとも気持ちの良い音が鳴り響いては煙となって消えていく。アヤメが持っていた伸縮自在の棒を無重力にし、二人をそこに乗せる。刀の上に乗るなんてことしたくないが、近くにある無機物といえばこれしかないからな。
「さて、あとは僕が──────」
「卯月は浦島を叩いて」
「ツクルと私が雑魚を狩る」
ツクルとアヤメがそう言うと、僕の返答も待たずに残っていた骨の怪物達に向かって落下していった。白煙を切り裂き、背中合わせで蹴散らすその姿はまるで熟練の戦士。
「おいおい、僕が出る出番ないじゃん。これは早めに浦島ぶっ飛ばさないと無理だな」
中々に情けないが、ここは2人に任せて僕は先に進むとしよう。数はかなり減らしてあるし、耐久力がある訳でもない。あの2人ならいけるだろう。
いつまでも浮いている訳にもいかず、走って道を見つけようとするが……階段やそれらしき物は見当たらない。そういえば、ここの建物は何階まであるんだ?
ピタリと足は止まる。
普通、牢屋は地下だよな? 僕達は一度階段を登った。建物の大きさ的に平屋ではないはずだ。そもそも、階段なんて必要か? こいつらは縦横無尽に泳げるし、浦島もそれらの力を借りればこんな場所自由に動けるだろう。ならば─────
「上か」
天井は乙姫と思わしき美しい女性が大きく描かれていた。しかし、目の前には大きな
全てを飲み込んでしまいそうな程に大きく開けた口に飛び込み、刀で骨を刺しながら背中まで這い上がる。デカイな、浮かせることは不可能か。頭蓋骨、頸椎、脊柱、骨の峰ばかりで走る事は困難で何度か振り落とされそうになるが、ようやく天井に触れる事が出来た。たった指1本、指先、触れたかどうかも怪しいが発動した。
天女の加護は我にあり。
「"エピソード─────天の羽衣"」
紋章が光り、心臓が大きく波打つ。一瞬だけ暗転する視界、弛緩する筋肉、どろりとした赤い涙が頬を伝う。範囲がデカすぎたか。
天井の一部は大きな円のように亀裂が走り、押し出されるかのようにして崩れ始める。それは鯨骨を埋める程の大きさで、到底僕が扱える範囲よりも大きいが仕方がない。崩れた天井は口を大きく開けた鯨骨と共に落ちていき、僕は目から流れた血を拭いながら上の階へとやって来ることが出来た。
「キまシたか」
壊れたラジオのような声が聞こえる。暗い青で包まれた深海のようなこの場所に、一人、なにも描かれていない黒い天井を見ながら立っていた。
「いい所デしョう? 私達はホしをみることはできマせん。あなたガ床を壊したおかげで、ヒカリが入り、ここはようヤく海のなかのホしとなりました。乙峰様もよろこブでしょう」
黒いベールのようなものに姿を隠したそれは顔を見せようとはしなかった。それの言う通り、ここは星のような場所だった。床や天井、全てに大小様々な白い点が散りばめられており、息を飲むほどの美しさだった。
「ようこソ、竜宮城へ。天衣卯月、共に舞い踊りまショう。乙峰様のタめに」
「断る。お嬢を返して貰おうか。大事な大事な姫様なもんでね」
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