第75話 乙姫と人魚姫
お嬢が帰ってこない事に不安3割、やっぱりかという呆れ7割で待機していた。帰ってこない可能性を考えてワイアットを呼んでるところに向けてこれだ。
「今年は厄年か?」
悪趣味な監禁部屋だな。首絞めておいて骨だらけの真っ白な部屋に放置していきやがった。お嬢の姿が見えた気がしたが、大量の泡と骨の魚のせいでどこに連れていかれたかは分からなかったな。
「マリーナいない。アヤメ、どうする?」
「何も出来ないし、する気もない。卯月、マリーナ救えなかった罪で処刑?」
ツクルちゃんとアヤメちゃんも僕と一緒に監禁されてるのはかなり不安だ。何を考えているか分からない顔でじっと見つめてくるこの子達の扱い方が分からない。
部屋の中は寝転ぶことも不可能な程の量の骨が転がっており、檻も骨で出来ている。しかも肋骨辺りの骨なのかナイフ同等に尖っていて触れれば出血間違いなしだろうな。
「ツクルちゃん、アヤメちゃん。ここから出る気ある? 出るならそれなりに手伝って貰いたいなぁ……なんて」
「ツクルはあんまん」
「アヤメは肉まん」
嫌な餓鬼だ。別にあげるのが嫌とかではなく、子供と取引をするのがなんとなく嫌なのだ。この頃からこんな性格だったらろくな大人にはならないぜ。
仕方ない、この子達が怪我する可能性もあるし僕が壊すしかないな。
「"エピソード────天の羽衣"」
透けそうな程に薄く、綿のように軽い桃色の帯は無風なのにも関わらずゆらりゆらりと揺れる。なんでこんな女らしいエピソードを持ってしまったのか分からないが、十数年も経てば慣れてしまうもんだな。試しに檻に触れ、重力をかける。スチール缶がぺらぺらになるほどの重力をかけるが、骨の檻はカタカタと揺れるばかりでなんの変化も見せない。
「重力が効かないってことは、これらは生きているのか……骨のくせにしぶといやつだぜ」
「海は生命を生み出した原初の故郷。彼は浦島太郎という偽名を使っている。だけど、彼は浦島太郎という人物を受け継いではいない。どちらかといえばそれに登場する竜宮城へと運んだ海亀。だから、こうして
エピソードの能力が分かるというアヤメちゃんがそう言う。つまり、浦島にエピソードは使えないということか?
「竜宮城は誰のもの? それは乙姫のもの。竜宮城は数多の海洋生物が集まる原初の海に出来た住処。乙姫は海洋生物を、浦島太郎を虜にした人物。そこを倒せばここから出られるはず。まぁ、まずはこの牢屋から出ないとね」
ツクルちゃんはアヤメちゃんに鉄製の長い棒を手渡した。もしかして、伸縮自在の武器か? 恐ろしい子供だなぁ。というか、女児の力だけではどうにもならないんじゃ───
アヤメちゃんは大きく振りかぶって檻を破壊した。ガシャン、ガラン、なんとも軽快な破壊音だ……壊れた骨の一部を握ってみたが、これはどう考えても鉄並だ。僕はいつからゴリラと一緒に暮らしていたのだろうか。
「ツクル、卯月、早く行くよ」
「うわー、僕、心臓が痛いなー。そんなに残ってないプライドが傷付いちゃったなぁ」
「どうでもいい」
「そんな二人して言わなくたっていいじゃん……」
子供はやっぱり苦手だ。デリカシーがない。
牢屋から出ると、床は骨の埋め込まれた青いタイルが道となっていた。階段も、装飾品も、天井も、全てが魚の骨がビッシリ詰められており、時折カタカタと動いてはこちらを見ているようだ。海に連れ込まれたんだ、おそらくこの下は海底だろうな。建物の一部を重くして……と思ったが、そんなことすれば俺達はぺっちゃんこになって溺れるな。
「あんまり圧かけすぎてもダメってことか……うわぁ、戦いにくいぜ」
「何のための刀? それで殺ればいいじゃない」
「さすがアヤメちゃん、言い方が物騒。まぁ、刀は使うけど……肉体労働って汗かくし嫌いなんだよ。近接でいえばお嬢の方がちょい上手だよ。無能力者最強の娘は脳筋だからさ」
褒めたつもりだったが、あとで思い返すと貶しているようにも聞こえる。やばいなと思った時には既に遅く、二人はニタリと笑って先へ進み始める。これは、お嬢に言うつもりだな……まったく、これだから子供は苦手なんだ。
「浦島、ねぇ……アダム、じゃなかったティモシーの管轄下にあると思ったが違うのか。
──────────……
姿見に映っていたのは紛れもなく私だった。金箔が散りばめられた赤を基調とした着物には、金魚や鯉、そして彼岸花などの模様が描かれている。赤い髪も相まってあまりにもうるさすぎる格好だ。団子に結われた髪には黒の簪が刺さっていた。目が覚めるとこんなとっちらかった姿になっているなんて……
「どうじゃ? 気に入ったか?」
「気に入るわけないだろうがっ!! 色がえるせぇんだよ! あとここから出しやがれ!」
黒い髪をゆらゆらと揺らし、扇で口元を隠した乙峰姫花が笑う。
「実に愛いのう……そして羨ましいのう。お主は本物の人魚じゃが、わらわは違う。今はこうして肉体を持たぬ残骸だ」
「それは知っている。何度私の刀で斬っても殺せないからな」
使わなかった金の簪を握り、彼女の喉元を刺してみる。しかし、簪は突き刺さることなく透けた彼女を貫いただけであった。それもそうだ、空気に等しくなった彼女に物理的な攻撃が効くはずがない。
「はぁ、幽霊だのなんだのってまったく信じてなかったけど、こんなこともあるなんて思いもしなかった」
「幽霊……その考え方もあながち間違いではない。じゃが、どちらかといえばわらわは浦島……いや、
そう話す乙峰の顔は冷たかったが、悲しんでいるようにも見えたのは気のせいだろうか。だが、彼女も彼も悪しき者。彼女はウラシマの製造に携わった一族の娘、彼はホワイト地区の一部を更地にさせるように企てた
不屈の心で悪を滅し、自身が持つ正義に従う。だから……
「話を聞こう。内容次第では彼を救ってやらんでもない」
「は? わらわは一言もそんなことは……」
「顔がそう言ってんだよ。ただし、きちんと答えろよ? 場合によれば、彼はこちらで預かり、拷問……いや、尋問を受けてもらう。毒の苦しみを味わいながらな。シルト・セルバンテス隊長にバレでもすれば、それよりも酷い報復は受ける。どうする? 彼を救いたいのか、救いたくないのか? 二択だ。これ以上の選択肢はない」
そう尋ねると、乙峰の整った顔が少し歪む。辺りを泳いでいた骨の海洋生物が彼女の傍に擦り寄る。まるで、愛しい人の頬を撫でるかのように優しく。
「水瀬マリーナ、亀井を救ってくれ」
「分かった。私は契約を重んじる人魚だ。約束は果たそう」
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