第14話 怪物

 名前までは出されなかったものの、私達がエピソーダーであることを乙峰は見破った。そしてわざわざVIPルームに連れてきた……大元と話せるのは好都合だが、黒フードの捜索が出来ないのは痛い。

 乙峰はソファーに座り私達を見て朗らかに笑う。よくもまぁ、この状況で笑えるものだ。


「おとぎのものよ。名は明かさんでよいな? そこの狼娘の異能によって顔を作っておるのじゃろ?」


「えぇ、流石ね。何故そうだとわかるのかしら」


 シルトは隠そうともせず、鋭い瞳で彼女を見る。あの女、私の能力の仕組みを知っているみたいだな。この能力を知っているのはごく少数で、赤の他人が知るはずがない。乙峰は扇子で口元を隠し、目だけで笑う。


「人の子には人の子のオーラが、獣人には獣人のオーラ……おとぎの者にはおとぎの者のオーラというのがあるのじゃ。わらわはそれを見抜いただけの話……お主らがここに来たのは十中八九黒フードの奴らじゃろ?」


 途端に乙峰の顔が氷以上に冷たい顔となり、近くにあった煙管を蒸す。白い煙があがり、私の鼻が痛くなる。実に迷惑だよ、人がいるというのに堂々と喫煙をする神経がしれない。シルトは眉をひそめ、疑いの目に変わる。


「奴らがどんな組織で、どんな奴らなのかわらわも知らぬ。だが、このパーティーにお主らのように潜り込んでいるかもしれぬという話をついさっき聞いたんじゃ。わらわとしても乙峰家に不埒な輩を入れるのは困る。しかし始めたばかりでのぉ、やめるにやめられんのじゃ」


「では、あなたは黒フードについてもなにも知らないということですか?」


 私がそう尋ねると、乙峰は深く頷く。果たしてその情報はどこから得たのだろうか……あまりにもタイミングが良すぎる。


「それおとぎのお主らが来てくれて助かったぞ。黒フードが暴れてもすぐに取り押さえてくれるのじゃろ? 信頼があってこその仕事じゃ、他人からの妨害によって不利益になるのは勘弁じゃからの」


 乙峰はそう言い、笑みを浮かべる。今の所、探ってもなにも出てこないだろうが何か裏がありそうだ。それに、この女……臭いが薄いんだ。普通ならあり得ないことなのに。


「分かったわ。この会場を調べ─────」


 シルトがドアを開けた瞬間、私は思わず彼の腕を掴んでいた。煙管から漂う臭いで鼻がやられていたが、開けた瞬間、嗅いだことのある例の臭いがした。


「シルト、近くに黒フードがいます。しかもかなり近いです」


「なんですって? 案内してちょうだい。今ここで捕らえるわよ」


 事態を察した乙峰は出口に構えるようにボディーガードに伝え、私達に早く行くように指示する。私が先に出て、鼻をひくひくとさせる。臭いは強くなり、近づいてることが分かる。人の群れをかき分け、前へ前へと進んでいくと黒のコートを着ている男がこちらを睨んでいるのが目の端に映った。


 その男の方を向くと、男はニタリと笑う。コートから銃を取り出すと、周りにいた人々が悲鳴をあげて男から離れていく。男は私に銃口を向けるのではなく、一般人に銃口を向ける。


「やめろっ!!」


 私が飛び込むが、間に合いそうもなかった。クソッ! もう少し私の判断が早ければっ!


「"エピソード──────雪の女王"」


 木造の床に道のようになった霜が現れ、その先で作られた氷壁が銃弾とぶつかる。銃弾は一般人の目の前で止まり、最悪な事態は防ぐことができた。


「勝手にうろちょろしないで。首輪をつける羽目になるわよ」


「シルト! 助かりました」


「礼は後、今はあの男よ」


 男は舌打ちをし、デタラメに撃ちながら外へと走り出す。出口には多くのボディーガードがいたが、男の狂気的なオーラに怯んで外へと出してしまった。ヒールで足の遅いシルトを抱え、私達も外に出る。男は住宅街へと続く道を走る。あのまま発砲しながら行くと、負傷者が必ずでる。住宅街に着く前になんとかしないと……


「シルト、屋根に登ります」


「えっ? ちょ、ちょっと待って? このまま行くの? 私が氷で─────」


「それだと人々に被害が出る可能性もあります。いいですか? いきますよ!」


 私は彼を俵担ぎの状態で、三階建て程度の高さのある屋根を登り、その屋根から屋根を走りながら男を追う。踏ん張る時、足に力を入れるとたまに瓦が壊れて落ちそうになるが、なんとか踏ん張る。


「流石狼ね、足の速さは誰にも負けないわね」


「そんな事言ってる暇はありませんよ!私が先に彼を足止めします! この先にある路地裏は一方通行です。そこに誘導しますからそこに待機してください!」


 私は彼を降ろし、黒フードを追いかける。体力も尽きてきた黒フードは徐々にスピードが落ちていき、ようやく追いつく事ができた。私は屋根から飛び降り、男の行く手を阻む。男は何度か発砲するが、焦っている為当たることはなかった。

 ビースト化し、大きく空に向かって吠えると男は驚いて路地裏へと逃げ込んだ。そして、その路地裏は一方通行でシルトが待ち受けていた。


「諦めなさい。狼に騙されて食われるか、雪の女王に身も心も凍らされるか……選びな」


 シルトがライオンの氷像を作り出し、黒フードを威嚇する。黒フードは何度も私とシルトを見て、肩を震わせる。


「クッ、ククク……あぁっ! 英雄ヴォートルに栄光あれっ!」


「何をするつもりですか!?」


 黒フードは叫んだあと、首に何かの液体が入った注射器を刺し、何かを注入する。その途端、黒フードは急に苦しみだし、目が血走り始めた。獣ののように雄叫びを上げ、リミッターの外れた黒フードは血を吐きながらも私に襲い掛かってくる。


 驚いて腕をクロスにして攻撃を防ぐ。


 が、しかし、黒フードの蹴りはとても重く、ビースト化しているというのに膝をついてしまう。ミシミシという骨の悲鳴とアスファルトにヒビが入っていく音が聞こえる。

 これは、怨毒じゃあない! ウラシマを使った副作用、いや、それ以上の副作用だぞ!凶暴どころじゃない、これは……


「怪物……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る