第13話 深海の乙女

「本当はカプリスにやってもらいたかったんだけど、彼はスーツとかキチッとした服が嫌いなのよ。それに、売られた喧嘩は煽りに煽り倒して買ってしまう性格だからちょっと……」


「いやいやいや! どうして私なんかが潜入捜査に? それより潜入捜査とはいったいなんのですか?」


 シルトは私の腕を引っ張りながらどこかの部屋へと連れて行く。足の長い彼に歩調を合わせる事は到底無理で、コケそうになる。それに気づいたシルトはふと歩みを止め、私から手を離す。


「実はね、ホワイト区に黒フードの連中が現れたという情報があったのよ。警察はこれを隠したいのか、はぐらかされるのよ。それに、表沙汰にはなっていないけど、新人エピソーダーを狙った傷害事件がホワイト区で起きてるの」


「黒フードにエピソーダー傷害事件……まるで十六年前の惨殺事件を思い出しますね。で、どこに潜入捜査をするんですか?」


「それは……ホワイト区の大富豪、乙峰姫花おとみねひめかが主催となる舞踏会よ」


 シルトな目を細め、怪しげに笑う。乙峰姫花、二十七歳。乙峰家の当主で、他国への寄付に地域ボランティアへも活動する『良識ある区民』と呼ばれている。彼女の人気はそれだけでもなく、絹のように白く穢れのない肌に全てを包むかのような群青の瞳、何色にも染まらぬ漆黒の長髪。彼女のファンは老若男女問わず……そういう人こそ実に怪しい。


「それで、私がボディーガードのフリをしながら彼女の動向と黒フードを探すのですか」


「えぇ、そうよ。あなたは運動能力も高いし、冷静な判断もできる。それに、鼻が効くわよね? どうせ、あなたは黒フードの臭いを記憶しているわよね」


「……さすがですね。あの黒フードからはその人自身の臭いだけでなく、黒フード自体の臭いがあります。"猟犬"としては優秀である自信がありますよ」


 私の言葉にシルトは満足そうに笑い、衣装部屋に連れて来られた。あぁ、服をひっぺがされてしまうんだろうなぁ、と思っているとシルトは自分の着る服と持ち、私が着るスーツを押し付けた。


「あのね、私も男よ? 女性の服を無理矢理脱がせるなんてことできないわよ」


 私の心を読んだシルトはため息をつき、部屋から出ていった。意外だな、デリカシーの無い人だと思っていたが……そういう所はあるんだな。まぁ、こんなこと言えば殺されかねないが。

 しかし、まさか私が男物を着るとは……確かに、女性らしさの象徴である胸部は悲しいことにない。だが、こんな悲しいことがあっていいものだろうか。


「髪型だけでも変えましょうか。まとめれば少しは女性らしくなるでしょう」


 ────────……


 部屋の扉を開けると、彼の無駄のないタイトなシルエットが目立つ緑のロングドレスに、巻いた紺色の長髪を肩にかけたシルトが立っていた。ヒールをコツコツと鳴らしながら私をまたも舐め回すように見る。そして、満足そうに笑う。


「あら、美しきボディーガードかしら。あなた、ヘイトリッドの車に乗ってきたでしょう? あれ一台で家が建つ高級車なのよ」


「あいつ……はぁ、あれでもお坊ちゃんですからね。どうせあの車で行きたいと言うんでしょ? 早く行きますよ」


 私がそう言うとシルトは満足そうに笑う。エスコートしなさいと、ボディーガードには必要のないことまで強要される。困ったものだが、彼はこれでもトップモデルでストーリアの看板だ。赤い頭巾という認識でしかない私とは大違いだ。


 車には乗り、乙峰姫花の屋敷へと車を走らせる。やはりお嬢様地区なだけあって気品ある制服やお高めなアクセサリーをつけている女性が圧倒的に多い。町も塵一つないじゃないかと思うほど綺麗だ。


「そういえば、私はともかくシルトは顔が知れてますよね。警戒されませんか?」


「あぁ、それなら大丈夫。あなたの能力で別人に仕立て上げればいいのよ。だからあなたを選んだのよ」


 車の中で彼はそう答える。ルームミラーに映る彼の顔はなんとも悪い顔をしていた。なるほど、だから私を選んだ訳か。確かに私の能力は物体を違う物体に見せることが出来る……それは人の顔でも同じ。骨格や身長、声は変えられないが仮面のような役割を果たすことが出来る。自分に能力を使えるし、シルトにだって使える。相手が見破ればそこで能力は強制的に解かれるがな。



 しばらく車を走らせ、目的地に近づいたため近くの駐車場に止めた。シルトはなんだかんだと文句を言っていたが、そんな事気にしていられない。


 少し歩くと瓦屋根の大きな城のような屋敷が建っていた。本人が和名なだけあって、やはり建物も和風なのか。屋根の端には金の鯱が飾られている。三階建て、だろうか。白塗りの壁がよく目立つ。門の前には黒スーツの屈強な男が数人立っている。彼らに見えない位置で私は能力を使う。


「"エピソード──────赤ずきん"」


 シルトの顔は少し勝ち気な顔から大人しく、清潔感のある女性の顔となる。どこか男らしさのあった顔ではなくなっているが、髪型や目は同じ。私の顔は少し口角が上がっている程度にし、狼の耳をみえなくし人の耳に変える。そもそも私はさほど有名でもないため変える必要はない。狼の耳さえなければ大神アルマだと認識されないだろう。


 シルトは微笑み、どこから入手したのか分からない招待状を男達に見せるとすんなり中に入れてくれた。


「中に入ったあとはどうするんです?」


「とりあえず、乙峰姫花と接触するわ。大元から調べていくわよ」


 小声でシルトはそう言う。中に入るとそこは和風な城内部ではなく、洋風な屋敷だった。見た目だけ和風にしたのだろう。

 お高めな香水の香りがあちらこちらから臭い、鼻が痛くなる。食べ物、香水、人、獣人……今の所黒フードの臭いはしない。ジャズが部屋中に優しく響き、紳士淑女の皆様方は大人しめに笑いながら営業スマイルを浮かべる。着物を着ている者、スーツを着ている者、ドレスを着ている者。様々な人が賑わう。


「さて、乙峰姫花を探すわよ」


 シルトはごく自然にパーティーに潜り込み、時には怪しまれぬように短い会話をしながらもゆっくりと乙峰姫花を捜索する。


「見つかりませんね」


「はぁ、彼女本当にどこにいるのかしら。和風な城だというのに洋風な内部。ちょっと詰め込みすぎよね」


 ため息をつき、シルトが思わず毒を吐いてしまう。こればかりは私の能力では誤魔化せない。もし、これが本人に聞かれていたから……


「わらわを呼んだか?」


 妖艶な声が背後から聞こえ、後ろを振り返ると漆黒の髪に群青の瞳、絹のように穢れなき肌をもつ乙峰姫花が鯉が描かれた着物を着て立っていた。


「お主ら……実にういのう。わらわを探しておったのであろう? わらわ、媚ばかり売る奴らの相手はもう飽きてしもうての……話ぐらい聞いてやらんでもないぞ?」


 乙峰姫花は扇子で笑みを隠しながら答える。恐らく、勘付いているのだろう。背後には屈強な黒スーツの男がおり、逃げることは出来ない。有無を言わさず私達はVIPルームへと連行されていった。


「待っておったぞ。おとぎの後継者達よ」

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