第51話 地下に蔓延る機械獣

 教会の中はてっきり、かび臭くて水っぽい所なのかと思っていたが中は驚く程に清潔であった。外に転がっていた骨は中にはなく、あるのは色とりどりの花が飾られており、蝋燭の灯りが幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 首や腕の無い神像まで続く長いレッドカーペットを歩く。一歩、また一歩と進む度に響く靴音は静寂に飲み込まれていく。光の差し方、程よい静寂、橙色に灯る蝋燭……すべての条件が合わさって壊れた神像が美しく、そして儚げに私の目に映ってしまった。


「かつてこの国には創造神がいた。しかし、創造神は命の選別を行った。元々、この土地は我らが英雄である人の土地であった。なののに創造神は童話を授け、英雄と童話が戦うように仕向けた。そして我ら英雄は自国から追い出され、今まで細々と暮らしてきたのだ」


 後ろを歩くサンソンが大斧を持ちながら話す。やはり私達が知る歴史とは大きく異なっていて、あまりにもおぞましいものだ。創造神は戦争を起こす為にエピソーダーという能力者を意図的に創り上げたということになる。私達が聞いていたのはエピソーダーとそれを信仰する者だけがこの国を作り上げ、隣国と戦争が起きて多くの童話は焚書したと聞いているが……


 どちらも事実で、どちらも真実ではないということなのかもしれない。


 私が壊れた神像を見ていると、サンソンが大きくため息をついた。


「お前達が何者か俺は知らないが、英雄ヴォートルに入りたくて入った訳ではないな? 奴隷か? それとも復讐者か?」


 聞かれたとき、思わず息が止まったがバレてはいないようだった。さて、どう答えるべきか……私がなやんでいる間にジェスターは胡散臭い笑顔を浮かべた。


「いきなり詮索するなんて失礼な人だね。君こそどうなんだい? アダム様の犬か? それとも借りてきた猫か?」


「お前こそ失礼な奴だ。まぁ、この組織に所属する連中はエピソーダーに一矢報いると意気込む奴らが多い。家族が怨毒に変わり、目の前で殺されたという理由で入る一般人も多い。プライベートな話を聞いてすまなかったな。君達がこの地獄で生き残る事を祈っている」


 サンソンはそう言って教会の外へと出ていった。疑われてはいたみたいだが、なんとか関門は突破したようだ。しかし、この組織にはああいった理由で所属した人もいるのか。

 もしかすると私は、一度救ったヒトをこの手で殺めている可能性が生まれてしまったわけだ。先のない絶望と戦いに足がすくんでしまいそうだった。いっそのこと立ち止まってしまえば楽なのだろうか。


「同情してる暇はないよ。踏ん切りはつけておけ」


 ジェスターは何かを感じ取ったのか私の背中を叩き、神像の足元にある石扉を開けた。この男に同情されるなんて情けないな私も。


「お兄様に心配されるほど柔な女じゃないよ」


 ジェスターは小さく笑うだけで返事はなかった。


 石扉の奥は段差の低い階段が続いていた。天井には蛍光灯があって踏み外すことはないが、異質な空気感があった。二人の靴音だけが響いて閉鎖的な異界であるかのように感じられる。しばらく歩いていると、前からどこか見たことのある女が歩いてきた。


「こんにちは、私は水野。サンソン様から聞いてるわ、試験に受かって戦闘要員になったみたいね」


 その女は被っていた黒フードを外し、挨拶をする。やはり、私はこの女を知っている。

 花神と出会ったあの日、旦那になる予定だった男が怨毒となったあの日、泣き崩れていた女性だ。水野は目に光のない笑みを浮かべ、私達を見る。


「私はね、旦那となるはずだった彼が怨毒となったの。いっそのこと彼に殺されようとしたときに、大神アルマが現れて彼を殺した。私はそんな大神アルマが憎たらしくてこの組織に入ったのよ、人殺しの集団が英雄と崇められてるあの世界は毒よ」


「……世界が毒じゃない。ヒトが毒なんだよ」


 私がそう言うと水野はさらに不敵な笑みを浮かべた。それもそうね、と小さく呟いてついてくるように指示する。カレンという役に徹しながらも罪悪感と後悔が襲う。結局、私が救ったのは体裁のみで、見えない部分は救った気になっていた。

 ……絶望ばかりしてはいけない。ここからだ、私のこの命を変えてでもこの戦いに勝たなければ。


 水野はカツカツとヒールを鳴らしながら迷路のような道を歩く。曲がったり、そのまま進んだりするこの道を覚えるのは苦労する。侵入者対策のためだろうか。


「迷路みたいだけど、よく覚えてるね。さすが、ここにいるだけあるよ」


「リチャード、だったわね。敬語は使ったほうがいいわ。あと、別に私は覚えているわけじゃないのよ。分かるのよ」


 ジェスターの額に触れ、水野は怪しげに笑う。金色に光る目にやはり光はなく、蛇のように縦長の瞳孔が捕食者のようで悪寒が走る。本能のどこかで人間ではないと悟ってしまった。その冷たさも、笑みも、話し方も、行動も全てが……


「人の力には限界がやって来る、ならば変えてしまえばいいのよ。だからあなたのようにただ戦闘に特化した一般人に見えない物も見えてくる……さぁ、喜び合いましょう。新たなる進化へ」


 水野は目を爛々とさせて私達の手を引く。私達はただ引っ張られるだけであった。抵抗など虚しく、握られた手首は潰されそうな勢いで思わず声が出そうになった。

 迷路の先にあったのはコンクリートばかりの壁には異質な木扉があり、水野は勢いよく扉を開けた。


「皆さん! 新しい仲間ですよ!」


 そこにいたのは体の一部が機械となった改造人間達がだった。ある者は片手のみが巨大な機械、ある者は獣のように尖った機械の手、背中から折りたたまれた翼のような機械、顔を覆い隠すペストマスクから下は光に反射する機械。ここにいるのはすべてヒトから逸脱した兵器だ。


「ようこそ、進化した人類へ。話は聞いている。早速で悪いが、進化するか、一度考えるか決めてくれないか。上がそろそろ戦闘準備に入るんだ。あまり迷ってられなくてね」


 角の生えた改造人間が机に足を置きながら話す。煙草のキツイ臭いが刺激し、思わず咳き込んでしまいそうであった。

 ジェスターはこちらをチラリと見てきたので、改造人間にはならないという意思を目で訴える。


「あぁ……実に興味を唆られる話だけど僕ら兄妹は互いの体を愛しているんだ。互いに依存し、互いを求める」


 ジェスターが私の腰に手を回すどころか、顎を持ち上げ、顔を近づけてくる。妙に色っぽいその仕草に吐き気がして思わず突き飛ばしそうになるが、これも仕事の為……私も負けじとジェスターにくっついては首に両手を回す。瞳に写る女の顔をする私は実に気持ちが悪く、正気に戻ってしまいそうだった。


「お兄様、こんな大勢の前では駄目だよ。ということだから、進化の件は少し待って」


「あぁ、待つとしよう。だからその気持ちの悪い近親愛をなんとかしてくれ! お前らの部屋はここを出て一番左にある。業務については明日、説明するから今日は帰れ」


 嫌気がさした角の生えた改造人間は虫でも払うかのように片手で早く出るように払う。私達は挨拶をして部屋から出た。そして無言かつ早歩きで一番左までただひたすらに歩き続けた。そこにはまたも階段があり、頑丈な鉄扉があった。風と草の匂いがするため、おそらく外へと繋がるものなのだろう。


 頑丈な鉄扉を開けると、既に日が落ちて暗くなった外に出た。そこには緑のツタが生えた不気味な建物があった。本来なら心霊スポットとして有名になる場所だぞ……

 ただ、チラホラと灯りは見えていた為私達のような新人がそこには住んでいるのだろう。


「教会の後ろにシスター達が泊まっていた寮があるんだよね。僕はお得意様だからいい部屋だったけど、こんなお化け屋敷に寝泊まりするのはちょっとねぇ」


「なら野宿でもする?」


「それは結構。んで、実は水野から鍵を貰ってたんだけど一個なんだよね。しかも騒ぎ過ぎないようにって釘刺されたし」


 ジェスターは青い顔をしながら苦笑する。そう、つまりは一緒に寝泊まりして一週間暮らさなければならないということ。さらに水野は私達が夜にいかがわしいこともすると思っている。ジェスター、なぜこんな異質な兄妹に変装しようと言ったのか!


 確かに、カレンは身長こそ少し足りないがヒール履いてるとでも言えば私の身長には届く、平均的な女子だ。そして、新人であるため奴らも深くは情報を知らない為、変装にはもってこいだが。もっと何かあったのではないか!?


「手を出したら殺す」


「不穏! まぁ、部屋に入れば違うかもしれないしね」


 ジェスターがそう言った。しかし、いざ部屋の中を見て絶望した。ベッドが一つ、机が一つ、冷蔵庫が一つ、ユニットバスに小さなキッチンという小さな部屋であった。


「おぅ、なんやこのラブコメみたいな展開……さっきまで不穏な空気決めてたはずやのに」


「喋ったら殺します。諦めてください。これは仕事です」


「目! 目ぇが死んどるがなぁ。やっぱ、疑われとんのかぁ。俺らどっちかが」


 ジェスターは雑に靴を脱ぎ、カーペットすらない床に寝そべる。まぁ、普通に考えそうだ。大抵は一人一つの部屋だが、わざわざ一人の部屋にした。どちらかが偽物であるといつ事を疑っているのなら監視も含めての二人なのかもしれない。


「疑われるとしてはあなたが一番可能性は高いですね。英雄ヴォートルはあなたのその変装能力を知っていますから」


「まぁ、せやろな。誰もあんたと手を組んで来るなんて思ってないやろな。リスクを考えると侵入捜査に来るのならジェスターだけやって思うからな。まあ、いざとなればあんたは俺を殺してここから出ればいい」


 ジェスターは笑い飛ばすが、やはりこいつは好きにはなれない。結局、この男もまた自己犠牲の塊でどうしたって救われない男なのだ。

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