第71話 旧友

 現在 マリーナ達は─────



「"エピソード─────牡丹灯籠"」


「"エピソード─────けちんぼジャックとあくま"」


「"エピソード─────しっかり者のスズの兵隊"」


 まさか、こんな子供相手にエピソードを使うなんて……異常。この子の身体能力とずば抜けた洞察力。髑髏を出しても素早く花神さんの懐に潜り込んで本体を叩きに来る。かぼちゃを出してもあの子の早さに追いつく事が出来ない。武器で狙っても正直言って当たる気がしない。


 子供だから小回りがきくのか。それに、この子。私達の能力の弱点が分かっているようだ。


「骸骨はパワーもあって間合いも十分にある。そして本体も独立して動く事が出来るみたいだけど、離れられるのはせいぜい数メートル程度。あとは単純に戦闘経験が少なくて刀の動きにも無駄が見える。大振りなんてすっとろいことしてたらダメだよ」


「こいつ……!」


 花神さんはヤケになって刀を振るが全てかわされる。駄目だ、この距離だと助けに入ることは出来ない! ナイフでも何でも投げて隙を作れば!


 隠していた短剣を投げるが、睛ちゃんはそれが分かっていたのかこちらを見ずに剣で叩き落とす。普通なら対応出来ないスピードの短剣をノールックで叩き落とす? この子、化け物レベルに異常だ。


「っ! 戻れっ!」


 背後にあった髑髏は牡丹の花弁となって、辺りに散った。しかし花弁は風のように早く花神さんと睛ちゃんの間に入り込み、また髑髏の姿となる。睛ちゃんの剣は髑髏が受けるが、大きさが人程になったせいか押し返す力がない!


「優しいのね君達」


 鈴宮が白衣を揺らす。何を言っているんだ、そう思ったが直ぐにこの女の意図が分かった。車にあったあの大量の部品……全てがあの女のエピソードに使う材料だったのか。正気の沙汰じゃないけど、自分の魂を切り分けた奴だ。今更、自身の魂の欠片を入れ込むのは簡単な事だという訳か。


「やれ」


 その一言で鈴宮の背後にいた数体のオートマタが謎の白い閃光を放ち、鈴宮も同時に何発も銃声を響かせた。

 睛ちゃんは驚いて花神さんから距離をとって空中に逃げようとするがそれを読んで撃っていた鈴宮の弾丸が2発左太腿と左前腕に撃ち込まれた。


「人は誰しも植え付けられた弱者と強者という常識に従おうとする。例えば……子供の皮を被った化け物であるのに無意識に手加減するようにね」


「……手加減、じゃなくて本気でやるなんて」


「苦情なら受け付けていないよ。私はね、命を平等に扱う。命の価値は全て同等、それは魂を扱う私がよく知っている。だから、私は子供相手でも容赦はしない」


 地面に落ち、出血部位を押さえる睛ちゃんに対して再び銃を構える。まさか、殺すつもりじゃ……!?


「私は、私達には遂行すべき約束がある!! まずはダリア様の命令に従わなくてはならない。彼が死んでいようがいまいが、関係のないこと。彼の命令を書き換えるほどあなた達に資格は、ない」


 睛ちゃんは再び立ち上がり、真っ直ぐ鈴宮に向かっていく。おかしい、なにかおかしい。前にもこんなことがあった気がする。私は知っている、それがどれほど前なのかは知らない。それでも、どこかで見た気がする。


『私達はあなたに従う。あなたがこの世に生きる限り、私達は従う─────マーシー』


「資格がない? それはちゃんと見てから言え!」


 あの声の正体は分からない。分からないけど、あの声は母の名を呼んでいた。あの記憶は私の記憶では無い。母が遺したエピソードの記憶だ。今このタイミングでそんな馬鹿みたいにどうでもいい記憶が蘇るはずがない。母と睛は何らかの関係があったはず! 母の血を受け継ぐ私ならその資格はあるはずだ!


「マーシー、睛ちゃんはこの名前を知っているはず」


 その瞬間、睛ちゃんの動きはピタリと止まる。やっぱり、なにか知っている。まったく母となんの関係があったのかは分からないけど、賭けるしかない。睛ちゃんも私達も誰一人として失わない方法に、賭けるしかない。

 荒くなる呼吸を抑え、ゆっくりと睛ちゃんに近付く。以前として変わらない読めない顔をしたまま、彼女もまた近づいてくる。


「マーシー、記憶は欠けていて良く覚えていないけどダリア様よりも良い指導者だったことは分かる。でもそれがなにと関係ある? 血の繋がりがあったとしても資格が無いことには変わりない」


 二本の剣を出し、戦闘態勢をとる。母は温厚で慈悲深すぎる人だった。勝ち負けで相手を支配出来るはずはない。そんな自己犠牲たっぷりな母がとった行動は……


「えっ!?」


 私は彼女が持っていた剣を握る。かなり痛いが、まだ耐えられる。流れ出る生暖かい血液が剣をつたい、地面をピチャリピチャリと濡らしていく。彼女の顔は困惑で埋め尽くされていて、ようやくその鉄仮面が外れた。


「こんな屋敷、守る必要はない。子供なら子供らしく反抗しろよ……契約は対等で無ければ意味が無い。自分の感情を抑え込んでまで命令に従うのはただの奴隷だ」


 彼女の顔は迷っているようにも見えた。しかし剣から手を離すどころか、より力を込めてどんどん食い込んでくる。血はさっきよりも多く流れ、垂れるのでは無く数センチ遠くの場所に飛び散り始めた。

 食い込めば食い込むほど熱くなっていく切り口に軽い吐き気を催す。後ろでは鈴宮がもう銃を構えている。どうするべきなんだ!


「待って睛!」


 違う、少女の声が荒れた土地に響く。これはもう一人の睛ちゃんの声だ。後ろを振り返るとダディと卯月さん、そして睛ちゃんがいた。ジェスターやその仲間は見えないけどこちらに向かってきていた。


「ダリア様は2年前からドミニクに変わっていた。私にも気付けなかった。確かに、彼女に資格があるようには思えない。だけど、秘めていると私は思う。もしかしたら、私達の道を照らしてくれるのかもしれない」


「睛……彼女はどこか懐かしい。睛もそう思ったということは、この判断は二人でしたということ」


 睛ちゃんは剣から手を離す。そして、そのまま睛ちゃんは地面に座り込む。少し頬を膨らませ、左太腿にあいた穴を見つめていた。


「痛い。手も足も痛い。さっさと病院に連れて行って」


 涙の膜を張った色違いの瞳をこちらに向け、子供らしく痛みを我慢しながら怒っていた。キッと鈴宮を睨みつけるも、そこにはもうおらず気づけば屋敷の中に入っていた。あの女、逃げやがったな。


「マリーナ、聞いてるの? 痛いと私は言っているの。早く治して。それかおぶって車まで運んで」


「いやいや、私も睛ちゃんのせいで怪我してるからね? 結構深くやってるから全然血が止まらないの! 怪我人に怪我人を運ばせないで!」


「運んであげてよマリーナ。私達はまだほんの10歳の子供だよ?」


 今度はツリ目の方の睛ちゃんが隊服をクイクイと引っ張る。なに? なんだっていうんだ? 急に子供みたいなことしてきて!さっきまで私らの息の根止めようとしてただろうが!


 花神さんもテュラン・ジャックくんも呆れた顔をして鈴宮と浅田さんの後を着いていくし、卯月さんは子供が子供を世話してると笑ってくる。ダディも何が何だか分かっていないのか、首を傾げて固まっていた。


「私達に認められたいんでしょ? だったら仲良くしようよ」


「それは仲良くじゃなくて、ただのパシリじゃねぇか! こんな10歳いてたまるか!」


 二人は相変わらずの鉄仮面のまま隊服を握って離さない。彼女達が何者なのかダリアとどういう関係だったのか、母となんの関係なのか聞きたいけど、出血は止まらないし両側は睛ちゃん達が引っ張って重いし、頭も痛くなってきた。また、エピソードの……母の記憶が見えそうな気がする。


 頭の痛みと出血により視界は周りから暗くなり、何度か目を必死に開けようとするも重りでも乗せられたかのようだった。ついに暗転した視界には、好きでもない母の若い頃の姿が見えた気がした。

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