第37話 確固たる意志
「何故このホワイト地区にやってきた。目的はなんだ」
強面の刑事が
「私は話さない。架空の世界、架空の国、架空の者達……そんなお前らに話すことなどない。我ら
伏せていた傷だらけの顔を上げ、憎悪という炎を宿した黒い瞳には刑事ではなく、僕が映っていた。あくまでも対象は僕達エピソーダーという事か。
「どうしてそこまで嫌う? 僕達がなにをしたというんだ」
「猫獣人、お前達エピソーダーは歴史に笑われる存在だ。無知を恥じよ」
「無知ねぇ……それがそうでもないんだ。ホワイト地区は様々な研究機関があるんだ。ストーリアに所属してるけど、名ばかりで基本は個々で動いている。ホワイト地区は単独でいろんな研究をしてるからある程度はわかるんだよ」
そう言うと男は顔を歪ませる。ただのハッタリだけど馬鹿には効くだろう。何か言いたげな刑事をどかし、刑事が座っていた椅子に僕が座る。
「知恵比べしよう。テーマは……童話戦争についてだ。あれが偽りだらけの戦争であった事は知っている。だから、話したいのは黒幕のことだ」
「童話戦争……忌々しき捏造された歴史よ。創造神がなんたるかを知らぬお前らに一つ教えよう。英雄は存在していた。
見事に乗ってきた男が汚らしい笑みを浮かべた。さぁ、そのまま話してくれよ? ニヤつく顔をしながら男が話すのを待っていると、次の瞬間には白目を向いて机に突っ伏した。
それもそのはず、刑事が男の隣に立ち何かの液体の入った注射器を手にしていた。この刑事……偽物かっ!
「このままなんも喋らへんかったら殺すつもりなかったんやけどなぁ。ま、自業自得ってやつやな」
刑事の顔をしていた男は手で顔を覆い隠すと、顔はいつの間にか奇妙な笑みを浮かべた白い仮面へと変わっていた。こいつ、大神からの報告があったジェスターという
「俺の名はジェスター。ま、ただの雇われた人間やけどなぁ。頑張ってくれよ? 俺は場合によっちゃあそっちにつくかもしれへんからなぁ……さすがに体も保たへんしな」
「どういう意味だ?」
「こっちの話しや。俺が言えるのはただ一つ。歴史を知れば自ずと見えてくるもんもあるんやで。ヒントなんてそこら辺に転がってるねんから。じゃ、また会おなー」
ジェスターは煙玉をまき、視界がクリアになる頃にはもうそこには影も形もなかった。だが、彼を追いかけようとした者は下っ端に打った劇薬が打たれたのか白目を向いて倒れている。
「してやられたね、さてどうシルトに報告したものか」
─────────……
オデットが意識を失って丸三日。医師曰く、何故助かったのかも分からない状態であったのにも関わらず、細胞が驚異的なスピードで分裂し、治そうとしていた……という。そしてこれは人間ではなく獣人特有の再生能力に近いとも言っていった。メルヘンズだからという理由もあるんだろうけど、新事実だったわね。
「まさかあんたが獣人だとは思わなかったわ。種族詐称は罪に問われるけど、多めに見てあげる。その代わり、ジャックとあったことを報告してちょうだい。寝てばかりだと氷漬けにするわよ」
そう言うも包帯が巻かれたオデットは未だ寝息を立てるばかり。そしてそれよりも面倒なのは……
「あぁぁぁっ!! イル! どうしたって君はこんな無茶ばかりするんだよぉぉぉっ!! いやね? 俺だって無茶するよ? レスキュー隊だからさ、人命救助が優先だよ? でも!」
涙と鼻水で汚くなった顔をした男が私の方を振り向く。
「イルがいないと生きていけないぃぃぃ!!」
「騒がしいわよジーク・フリートさん! ここは病院です!」
私が怒鳴ると一瞬だけ泣きやむが、またすぐに泣き叫ぶ。なんなんだこの女々しい男は……オデットの婚約者だと言っていたが、それも嘘なのではないかと疑いたくなる。
クソ! マシューさんはこれを知ってたから早々にこの場を離れたわけか。
「うぅ、うるさいなぁ」
流石の泣き声に起きたオデットがむくりと起き上がる。二、三度頭を掻き、泣きじゃくるジークを眉を下げながら見つめるオデット。あの目は面倒くさいと思っているな。
「ジーク、心配しなくても大丈夫だって言ったわよ? どうせまだ死なな──────」
「死ぬ死なないより! 怪我をして欲しくないと言ってるんだ!」
鼻声で叫んだ言葉はオデットに深く刺さったのか、申し訳なさそうな顔をしている。確かに、オデットの考えは私も同じだ。メルヘンズはその運命から逃れられた者は例外なくいない。自殺、他殺、心中、孤独……身体機能が終了するという意味での死もあるが精神的な死も存在する童話。その童話に縛られた私達は運命がわかっている分、無茶をしてしまう。
「頼む、俺の大切な人はお前しかいないんだ……怪我なく生きてほしい、死んでしまうその時まで」
「……ごめんなさいジーク」
オデットはそれ以上は話さず、彼の水色の髪を撫でるだけだった。約束はできない、ということか。創造神は酷く平等なのだろうか、こうも愛し合い、生きようとする若者にこんな試練を渡すだなんて……不幸に死ねと言っているようなものだ。
「んん! お熱いところ申し訳ないけど、オデットの合否発表をするわ」
私はオデットの側に寄る。
「あなたが発する下品な言葉づかい、無駄な動き、自身の力を過信した浅はかな行動……美しいとは言えないわ」
「うぅ」
「だから一つ質問に答えて頂戴。あなたは何故、このストーリアに入ったの?」
オデットは困った顔から驚いた顔へと変わる。彼女を抱きしめていたフリートさんもようやく離れ、真剣な表情となる。そしてオデットはゆっくりと口を開き、一切揺るがない瞳を向ける。
「腐りたくなかったから。あのまま家にいたらくだらないドレス着て、くだらない奴と踊って、くだらないしきたりをして……私はそう長くはない。童話に出てくるオデット姫もまた若くして命を落としてる。だから、家に恨みはないけど誰かの運命を捻じ曲げたいと思った。それだけですわ」
青臭い理由だ。最初はそう思ったが、羨ましく思えた。未熟で不格好だが彼女には光るものが見えた。
真剣な眼差しのオデットを見て微笑む。
「怪我が治ったらビシバシ働いてもらうわよ。なにせ、ジャックの件もあるんだから」
「えと、それは……」
「おめでとう、合格よ。ようこそ第三部隊へ」
オデットとフリートさんの顔はみるみるうちに喜びへと変わり、再び二人は抱き合い始める。砂糖だらけで吐きそうだ……糖尿病にでもなったらどうするというのだ。
「あっ! そういえばなんですけど、ジャック・ザ・リッパーの顔が思い出せないんです。おそらく記憶が曖昧──────」
「なんですって!? 私だけじゃなくてオデットまで? これは奴の能力か……」
これはまた調べる必要があるわね。さて、そろそろカプリスからの連絡があるはずだ。何か問題でもなければだが。
「そろそろ連絡があるはず、と思ってたんじゃないかなにゃ?」
病室の扉が開く音と共にやってきたのはカプリスだった。絶対扉前で待機していたな? このあまーい雰囲気を見たくないが為に待っていたに違いない。
「悲報にゃ、ジェスターという
「真の人間……私達と彼らには明らかに違う点があるということね。ちょっとここを外すわ」
「にゃ? どこに行くつもりにゃ?」
「決まってるわ。中央区にある国立図書館よ」
────────────……
ここは中央区の国立図書館。休日だろうがここに人が来ない。人々はエピソーダーによる童話語りに興味はあるものの本に関心がなく、こうしていつも通り閑古鳥が鳴いているわけだ。
「すみません、司書の
「朝陽さんなら奥の禁書室ッス。鍵は……その、開けっ放しなのでどうぞ」
バイトとして雇われたであろう少年はそう適当に返す。珍しい、この私を知らないとは。変わった者だと思いながら首が痛くなりそうな高さの多くの本棚を抜け、二階へと登る階段までやってくる。確か、階段のすぐ横に……あったな。禁書室と明らかに手書きで書かれた張り紙が扉に貼られており、中からは僅かに物音がする。ノックをするも中からは物音がするばかりで人の声は聞こえてこない。
「朝陽さーん? 入るわよ?」
扉を勢いよく開けると、視界が白くなり埃の臭いが鼻を刺激する。肺に異物が入って思わず咳き込んで下を向くと、何かが私の足を掴んでいるのが見えた。暗いということもあって何も見えないが、声は聞こえた。
「……けて、たす……けて」
切羽詰まった掠れた声が不気味でおもわず後ずさる。しかし、その声の主は何か布のような物を引きずりながら這い始めた。
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